4-22 裏オークション 男の戦い
次話で! 次話で終わりかその次で4章終わりです!多分
目が覚めたら冷たい床の上であった。
どうやら椅子から崩れ落ちはしたようだが頭を打ったわけではないようだ。
そして日差しを見ると案外すぐに目が覚めたらしい。
これもMPが増えたおかげだろうか。
次の日だったら笑えないが。
そしてなにより良かったと安心できたのは、以前と同じように気絶してMPが尽きての繰り返しにならなかった事だろう。
延々MPを注ぐマンになって廃人となるかもしれないと思ったのだが、どうやら魔法陣の方が焼ききれたようだ。
これは失敗したからなのか?
材料を確認してみるが、減ってはいないようである。
何故失敗したのか原因は今のところわからない。
考えられるとすれば、俺が目処をつけた材料以外の素材が必要だったか、あるいは特定の条件で必要MPが足りなかったか……。
だがMPは魔力回復ポーションで回復済みであったのだ。
となると、材料か?
もう一度魔法空間を開き、異変が無いかを探す。
すると、随分前からずっと入れっぱなしにしてあった素材がなくなっていることに気がついた。
そういえばこれをアイナ達から回収した覚えは無い。
だが、ずっと初期から持ち続けていて、何に使うかもわからないものであった。
それがないということは、一回目の時になくなったのだろう。
これは隼人に霊薬を渡すついでに聞いてみるしかないな。
となればもうここに用はない。
霊薬もできたし、早いところ隼人の所へ行って話を聞こう。
俺は錬金術師ギルドの受付嬢に挨拶をしてから表に出る。
「「むうーー」」
……。
待ち構えていたのは二人して膨れっ面のウェンディとシロであった。
「あー……おはよう?」
「おはようございます!」
「ん、おはよう」
ちゃんと挨拶はしてくれるものの眉は逆ハの字のままであった。
「ご主人様? どうして私たちを置いていかれたのですか?」
「いや、錬金術師ギルドに錬金しに行っただけだしさ。二人もたまには羽をのばしたいかなって……」
「別にどこだっていい。主と一緒ならどこでも楽しい」
「そうです。シロの言うとおりです!」
いや勿論嬉しいんだけどさ。
せっかく王都に来たんだから好きに楽しみたいかなって思うじゃないか。
わざわざ俺に付き合ってつまらない錬金を見てもしょうがないだろうし……。
「えっと……。じゃあどこかいく?」
「行きます!」
「ん、行く」
ひとまず二人の行きたいところに行こう。
隼人に俺が霊薬を作ってみせる! と言ったわけでもないしな。
それに今は不機嫌なお二人さんの機嫌を直さねばならない。
クリスには悪いが、後で確実に治してあげるから勘弁してほしい……。
さて、まずはウェンディの要望の服屋である。
「せーの」
「「「いらっしゃいませー!」」」
元気に挨拶をする店員さんに軽く会釈を返すと、片っ端から真剣な眼差しで男物の服を選ぶウェンディ。
どうやらウェンディは俺の服を選ぶのがお気に入りのようだ。
基本的に服に無頓着な俺にとっては喜ばしいのだが、できればたまには自分の服を選んでほしい。
ということで今回はウェンディの服を選んでみる事にする。
と言ってもセンスなどわからないし、なんとなく似合いそうだなで決めるしかないのだが。
「お客様」
「ん?」
こそっと話しかけてくれたのはこのお店の店長さん。
せーのっと小さく合図をしていた人だ。
「もしかしてお連れ様の服をお探しですか?」
「ああ、そうだけど」
「でしたらおすすめのコーナーがございますよ。是非こちらに!」
なんだろう。俺が店に入ってうろうろしていると声をかけられやすい気がする。
カモか。カモりやすそうなのか。
だが俺は財布の紐はきっちり締めてあるので、納得せねば買わないからな!
「こちらでございます」
案内されたのは暗くカーテンで遮られたコーナー。
壁の色は濃いピンクで、ところどころに魔導ランプが置かれている。
BGMをつけるならばサックスで奏でられる定番のBGMだろう。
あれだ。とあるお店のカーテンの向こう側をもっと濃くしたような空間である。
「ほう……」
なるほど。下着というわけではないのだな。
確かベビードールだったか。
ふむ。悪くない……。
「こちらなどいかがでしょうか……」
店員が示したのは薄い生地でほぼ透けていた。
「……彼女のサイズと違うようだが?」
「っは! 当然同じデザインで各サイズをご用意してあります」
「よろしい。それで、これだけなのか?」
「まさか……。まだまだございますよ?」
「ふむ。良い店だな。目利きも悪くない。よし。どんどん持って参れ」
「っは! 仰せのままに!」
ノリのいい店長さんである。
そしてひっそりと声をかけてくれた辺り気配りもできるようだ。
こうして俺は、ひそかに数着のせくしぃらんじぇりいを買うこととなった。
当然もしものために人数分である。
名前の由来はとある転生者発案で作られたものらしい。
是非その転生者とはお近づきになって酒でも飲み交わしたいものだ。
……まさか隼人ということは無いだろうな。
まさかな。
装飾に宝石なども使われていて合計で70万ノールと高い買い物であったが満足のいく品であったために、値切りなど行わず会計を先に済ませ元の店内に戻る。
すると、ウェンディがたたたっと駆け寄ってきた。
「ご主人様。選定が終わりました!」
「お、おう」
ウェンディは満面の笑みである。
だが、何故だろう。
悪いことをしたわけではないのに、後ろめたい気持ちが出てくる。
大丈夫だ。
あれは下心があって買ったわけじゃない。
いやまあ下心はあるんだが、やらしい気持ちではない。
ただ純粋に似合うと思ったから買っただけである。
それにしてもウェンディさん興奮気味やしないですか?
「た、たまにはウェンディも自分の服を選んだらどうだ?」
「そうですか? ではお言葉に甘えて。こちらにしますね」
今見ないで取ったよね!
サイズとか合ってるの?
大丈夫!?
「さあ、ご主人様! お着替えの時間です!」
「いや、ちょっとまって! 自分でするから! せめて試着室で! アーッ!」
結局、その後3店舗を周り最後の店になるときには、俺はただ服を着るだけの状態になっていた……。
ウェンディさんは俺の腕を取りご満悦の様子で抱きついて歩いている……。
もう数年分の服を買ったんじゃないだろうか……。
それとも、これが普通なのだろうか……。
「次はシロの番」
「お、おう。手加減してくれよ……」
これ以上は体力的に限界が近い。
「大丈夫。シロはご飯を食べるだけ」
「そうか。よし。それくらいなら……」
「来る途中で屋台が出てた。全店舗制覇する!」
はて……。
全店舗……?
それは俺は応援すればいいの?
それとも俺も全店舗制覇するの?
「ちなみになん店舗くらいあったんだ?」
「んー虫のお店は除いて20くらい?」
20……。
俺は当然無理なのだがシロのような小さな体で本当に入るのだろうか。
「主? 早く行こう?」
「あ、ああすまん。えっと俺たちは流石にそんなに食べられないぞ?」
「そうですね……食べられても二つ、三つくらいでしょうか……」
「んーじゃあ食べられるだけでいい、シロも我慢する」
「いや、せっかくだしシロが食べたいだけ食べていいぞ。美味そうなのは俺らも頼んでわけるからさ」
「はい。そうしましょう」
それなら無理せずに食べる事が出来るし、シロが仮に全店舗食べたとしても屋台の値段ならば大して高くは無いし、服よりも安いだろう。
それでシロの喜ぶ顔が見れるなら安いものだろう。
「いいの?」
「ああ。シロはやりたいことを口に出して伝えてくれたんだから、俺は応援するよ」
「ん。じゃあ食べる!」
今日一番の満面の笑みである。
どうやら先ほどの不機嫌はどこかに行き、これから訪れるご機嫌が待ちきれないようだ。
俺の手を取り、慌てるように手を引いて歩き出すシロ。
「主、早く行かないと売り切れちゃう!」
「まだ昼過ぎだし、大丈夫だと思うけどな」
それこそこの世界の屋台の人も生活が懸かっているから夕方くらいまではやっているだろう。
まあ人気過ぎる屋台があったら別の話だが、まあそれはそれで後日ということで。
シロに連れられて一本横の通りに来てみると言われたとおり屋台が並んでいた。
そして縁日のように人も多く、中々盛況なようだ。
「ん? なんだ?」
「どうぞ是非お取りくださいー! と言っても本日までですけど」
入り口付近には運動会で使うようなテントが張られていてそこには何やらチラシが置かれていた。
受付の人に勧められるままにチラシを見てみると、どうやら今回の屋台はイベントらしい。
各種のご当地食品を取り扱った屋台らしいのだが、各店舗にて印を貰いある程度集めると賞品などが貰えると書いてある。
さらには複数人での参加も可能で、一つの屋台につき一つ商品を買えば印を貰えるとの事だ。
「どうせなら参加するか?」
「んー。する」
見ると印の数は15個。
シロは全部食べると息巻いているが、流石に多すぎる。
だが屋台の匂いに刺激されたのか俺のおなかも少しは入るようになってきていた。
「じゃあ、賞品目指して頑張ろう」
「おー」
一店舗目は一番近いところから回っていく事にする。
ここは肉を串で焼いて食べるシンプルな串焼き屋なようだ。
肉にたれを塗って焼く。
シンプルながら美味そうな匂いを放つ屋台の代表格である。
幸いにも3,4人程度しか並んでいない為俺たちも並ぶ事にした。
「へいらっしゃい! おや、ご家族さんかい? うちはチョカドリの串焼きだぜ。1セット5本でお得だから食べてっておくんな!」
「シロ、5本も大丈夫か?」
「ん、余裕」
「じゃあとりあえず1セットいただこうかな?」
一店舗目だしまずは程ほどに。
小さめの串に刺されたそれは焼き鳥くらいの大きさにカットされ、特製のたれをたっぷりと塗られて焼かれていた。
値段は5本で1000ノール。
ただの焼き鳥ならば高いかもしれないが、地方の特産な上に縁日だと思えばこんなものか。
「串焼き屋は多いがね。うちのは絶品だぜ? 美味しかったら帰りにも買ってっておくれよ」
「あいよ。そういえば入り口で貰ったんだが」
「おう。イベントシートな。まだ一個目か。がんばれよ!」
そういってオヤジが何かを取り出してイベントシートに押し付けると赤い跡がつく。
どうやら判子を押したらしい。
それにしてもこの匂いは反則的だ。
ジューシィーな鶏肉の油が溶け出して火に当たり、ジュウっと音を立てて蒸発して腹を刺激する匂いを放つ。
やはり串焼きはずるいな。
こんなの食べる前に美味いとわかる。
「主。これ美味しい!」
「へえ、じゃあ一本貰うぞ」
「ん。これは、止まらない」
「お、そうか。へえ良い匂いだな。ん。これは美味いな! ウェンディも食べるか?」
「そんなに美味しいのですか……? では一口だけ……あーん」
「はいあーん」
ウェンディが小さく口を開けておねだりをするさまに興奮を覚えずに串焼きを差し出す。
小さな一口なので一片だけだが、それを横に咥えて串から引き抜いて食べると、口元を隠しながら咀嚼していた。
「あふ、美味しいですね。このたれどうやって作ってるんでしょう?」
「流石に聞いても教えてくれないだろうな。いや待てよ。ウェンディがお願いすればあるいは……ん?」
くいくいっと袖が引かれてソッチを見ると、シロが最後の一本を持ってこちらを見上げていた。
「どうした?」
「あーん」
「くれるのか? あーん」
シロが持っていた串焼きの一片をパクリと食べる。
「うん。やっぱ美味いな」
「ん」
「ん? 全部くれるのか? お腹一杯になったのか?」
そんなわけは無いだろうけど、どうやら何かを訴えかけているようだ。
シロは少し悩んだ様子の後に首を横にプルプルと振るう。
だけど串は俺の方に向けたままである。
「ああ、そういうことか」
シロが意図していることに気がつき、俺はその串を受け取ってシロのほうに向ける。
「あーん」
「ん、……あーん」
嬉しそうにパクリと残った串焼きを食べるシロ。
どうやらウェンディとのやり取りを見て自分も、といったところだろう。
はぁ、可愛いなあ……。
「ご馳走様。凄く美味しかったよ」
「こっちもおたくらの食べっぷりでいい宣伝になったよ! 幸せオーラ振りまきやがって! 串はそこに捨ててくれていいからな!」
見れば先ほどよりも列が少しだけ伸びていた。
どうやらシロの嬉しそうな顔が人を呼んだらしい。
そろそろ邪魔だろうから早々に次の店に行くとしよう。
「次はお隣。お豆……野菜は無し」
「だーめ。いいじゃないか。さっきお肉だったし、基本的に屋台は野菜は少ないだろうからここで食べておこう」
「そうですよシロ。私も野菜なら食べたいですし」
「むう。わかった」
「へい! いくつにしましょうか!」
その店は少し変わっていて店先には木でできたコップのような容器が並んでいる。
その中に緑色のマメが入っており、軽く塩茹でしてあるだけのようだ。
つまみには丁度良さそうであるが、気になったのは別の事だ。
とりあえず鑑定スキルを使ってよう。
『アンドウマメ 硬いさやの中に入った緑色の豆。ラシアユ王国東部で採れる。中のマメは濃厚で風味豊かな味わい。昼間は二足歩行で歩き、夜になると蔓に帰る』
……。
えんどう豆かな?
枝豆だったら大豆の存在を期待できたんだがな……。
そろそろ日本食が少し恋しくなってきている。
隼人にこの世界には大豆や醤油なんかがあるのか聞いてみよう。
「とりあえず1つかな。皆でつまみながら食べよう」
「あいよ! ああ、イベントシートを持ってたら判子を押すぜ」
「ああ、それじゃあお金と、イベントシートな」
「あいよ! 丁度だね毎度あり!」
毎度というほど買っていないのだけど、まあ細かい事はいいか。
それにしても1カップ結構入っていて500ノールとはお得だな。
これとあとは冷たい缶ビールに、扇風機があれば甲子園を見ながらの夏の三種の神器が完成である。
完全にオヤジとか言ってはいけない。
これはこれで充実した一日なのだ。
「お、塩味が軽くて豆の旨味も濃いな」
「そうですね。これならペーストにして料理に使うのも良さそうです」
一番初めに思いつくのはポタージュスープとかかな。
詳しい材料なんかはわからないが、工夫すれば作れない事も無さそうだ。
「シロはどうだ?」
「少しでいい……」
「じゃあ少しな。ほれ、あーん」
「あーん」
爪楊枝のような小さな串に2つ3つ刺して差し出すと素直に食べる。
俺が極端に虫が嫌いなのとはちがい、肉が好きすぎるだけで野菜もちゃんと言えば食べるのである。
基本は言う事を聞くいい子なのだ。
「どうだ?」
「んー……野菜……でも美味しい」
「そうかそうか。ん、やっぱ美味いな」
「ご主人様。私ももう一口いただけますか?」
「はいよ。シロもまだ食べるか?」
「食べる」
野菜の嫌いなシロがもう一度食べたくなるような豆である。
なんというか、ぼーっとしながら食べていたらあっという間になくなってしまいそうな、後を引く美味しさなのだ。
シンプルながら、奥が深い。
この世界、基本的に食べ物が美味しいのは素晴らしいと思う。
これだけ色々美味しいと地方に遊びに行く楽しみが増えるというものだ。
空間魔法のレベルを上げたら是非とも転移が使えるようになってほしいな。
食べ終わると木のコップは返却式らしく、後でまとめて洗うそうなので返却場に返した。
俺たちは店主にご馳走様を伝えてその場を後にする。
この後は飲み物を買って、から揚げ、骨付き肉、野菜と小麦粉を練った物を焼いたパンのような物などをシロは食べ進めていった。
俺とウェンディはちょくちょくつまみぐいをする程度で、今はもう満腹であった。
「ふう。満足」
イベントシートの最後の一つを埋めたところでシロも満腹となり、俺たちは入り口付近の受付にシートを提出する。
「おお、まさか一日で制覇するとは凄いですね。ですけど、賞品は無料券三枚なんですが……まだ食べられます?」
「これ以上は……無理だよな?」
「少し時間空ければいける。だからお土産に持って帰る」
「そうだな。隼人達にもお土産に持っていくか」
魔法空間に入れれば温かさもそのままにいただけるしな。
こうして、シロが食べて美味しかった物ベスト3を持ち帰ることにしたのだが、
『おお! また来てくれたのか! お嬢ちゃんのおかげで売り上げが上がったよ! こいつもサービスだ持って行ってくれ!』
『いやあいい食いっぷりだったね! 料理人冥利に尽きるってもんだよ! ほら、こいつも持って行っておくれ!』
『あら、また来てくれたの? うふふ。こんな可愛い子に気に入ってもらえるなんて幸せだわ』
と、無料券を渡した3店舗のおじさん達が皆サービスしてくれたおかげで今夜の夕食に大量のお肉が並ぶことになったのだった。
当然、誰が一番食べたかなんてのは言うまでもない。