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4-8 裏オークション 旅路

俺達はごとごとと馬車で街道を進んでいる。

その御者台に乗り、隼人から遠目に見える魔物のレクチャーを受けながら王都に向かっていた。


「あれが、普段食べられているブラックモームですよ」

「おおう、結構ごついんだな」

「闘牛みたいですよね。それに獰猛なので、見つかったら突っ込んできますよ。あ、そろそろ三分の一くらいは来ましたね」

「早いなあ、隼人と話してるとあっという間だったよ」

「いえいえ。こちらも楽しくて時間が過ぎるのが早かったです」


俺たち二人で御者台にいるということで、荷台には、レティ、エミリー、ミィ、ウェンディとクリスの女性陣でガールズトークに華を咲かせていた。

内容は主に俺や隼人の事で恥ずかしくて居た堪れなくなり俺は御者台に逃げて来たというオチである。


どうして馬車が一台しかないのかと言うと、昨日ギリギリ滑り込みアウトで間に合わなかったのだ。

ヤーシスに先に説明をして大量のバイブレータを置いていったあと向かったら閉まっていたのである。


完全に順番をミスった形だが、ヤーシスに説明せずにいなくなるとバイブレータの契約上怖い事が起こりそうなので優先したのはしょうがないと思う。

そのあと、家に帰り風呂上りのアイナ達に


『我々は護衛をするから歩きで構わないぞ。野営の時の寝具は主君が魔法空間に入れておいてくれればいいしな』


と、言われたのだ。

なるほどとお言葉に甘える形になり、隼人の馬車の荷物も全部魔法空間に入れてしまえば後ろに6人は乗れるとのことで今に至るのである。


ちなみにシロとアイナ達は魔物狩りで勝負すると言っていたのでどうせならと魔法の袋を渡してある。

解体も含めて素材や食材を取ってくるよう頼んだのだ。

勿論、虫類はいらないと釘を刺してあるので袋がいっぱいになれば帰ってくるだろう。


「それにしても、結構整備されてるんだな」

「アインズヘイルが商業都市に成り得た最大の功績ですね。地方の特産品を集める為に各方面への街道の整備を行っているんです。これはオリゴール様が推し進めたらしいですよ」

「ってことはここ最近なのか?」

「いえ、領主になられてから既に10年以上経っているそうです。他の領と比べて決断と業者の手配が早い為、信じられないくらい進んでいますね」

「はぁー。結構やるんだなあいつ」


意外と言えば意外だが、ヤーシスやダーウィンの昔からの知り合いと考えると妙に納得できてしまった。


「あのあたりで少し馬を休ませましょうか。周囲を見渡しやすいですし、シロさん達が戻ってきたらわかりやすいと思いますし」

「そうだな。ちょうど甘い物を持ってきてるんだ、食べようぜ」

「いいですね。少し疲れてきたところでしたし、お茶にしましょうか」

「了解。椅子と机は不可視の牢獄に布をかけて使おうか」

「なんというか、イツキさんのスキル変なところで便利ですね……」

「使い勝手がよくて助かってるよ」


不可視の牢獄は透明な箱を出せるようなものなので、ちょっと机が欲しい時や、物をおきたいときにも使えるうえに宙に浮くという貴重な体験も出来る素敵スキルなのだ。

テラスから階段状にした不可視の牢獄を登って町を一望した時は感動したものだ。

さらにこれでレベルもいずれ上がるのだから、もう普段から使うしかないだろう。



街道の少し脇に馬車を止め、隼人が馬に干草と飲み水を桶に用意している間に俺は机と椅子、更にお茶とお菓子の用意を始める。

本来なら女性陣がすることなのだが、まだガールズトークは終わらないらしい。


「んじゃ先に始めようぜ」

「そうですね。わ、何時の間にお湯を沸かしたんですか?」

「いやいや、魔法空間に入れておいただけだよ」


お湯を沸かして入れ物ごとそのまま魔法空間に入れておいたのだ。

どうせ魔法空間は今回の旅の準備を含めても隙間だらけだしな。

だから湯気が出るほど熱い。

お茶の温度としては相応しくないが、ぬるいよりはいいだろう。

お菓子は簡単に小麦粉、砂糖、オリブルオイルで作ったクッキーである。

後はモモモのジャムや、リンプルのジュースなんかも作っておいた。


たとえ旅だとはいえ食に妥協はしたくない。

美味しい物を食べられるのならば、その為の準備は惜しまないのである。

その分、昨日は殆ど寝ていないのだがこの後荷台で少し寝させてもらうとしよう。

錬金も気づかないうちに空が明るんでいるほど集中して作っていたしな。

流石に眼がシパシパしだしてきている。


「お、さくさくだ。これジャム付けて食べるとやばいぞ」

「本当ですね。ロシアンティーみたいに紅茶にジャムを入れても美味しいです」

「おお、博識だな隼人。うん。これはうまいな」


ちなみに本場ロシアのロシアンティーは中にジャムを入れず、ジャムを舐めながらお茶を飲むことを言う。

そもそもロシアンティーというお茶があるのではなく、紅茶の飲み方だという話だ。

まあ、その間違いを正したところでこの世界にロシアはないから意味もないし、日本人の見解で少なくない数が紅茶の中にジャムを入れて飲むものだと思っていると思う。

まあ、美味けりゃ何でもいいんだってことで。


紅茶は香りはいいのだが甘みがないからな。

モモモの濃厚な甘みが、渋みのある紅茶にとても合う。

甘さ控えめのクッキーとあわせるとこれまた美味い。


「それにしても魔物に襲われないもんだな」


俺がこの世界に来た時はすぐに魔物に追いかけられたのに。


「多分街道沿いの魔物は殆どシロさんとアイナさん達に狩り尽されてるんでしょうね」


あー。勝負って街道の両脇に分かれて道に沿って狩りまくってるのか。


「ん、あれって一角馬(ユニコーン)か?」


休憩している場所から大分離れた場所に一頭の馬が見え、その頭には大きな角が生えていた。

流石はファンタジー。

確か処女しか乗せないんだったけ。

清き乙女がー……っと、詳しくは覚えてないけどああいう俺らの知ってる幻獣みたなのも普通にいるんだなあ。


「あれは角型寄生虫馬ホーンパラサイトホースです……」

「……パラサイト?」

「はい……」

「つまり寄生虫? あの角が本体ってこと?」

「はい……」


寄生虫とユニコーンって、大分イメージがかけ離れてるんですけど!

俺冬虫夏草すら無理なんですけど。

うわあ、いまビクンってした!

っていうか首! 首の動きが気持ち悪い……。

シロ! アイナ! 虫はもって帰ってこなくていいだけで退治はしてもいいんだよ!


「ちなみに、人に寄生すると角型寄生虫人ホーンパラサイトヒューマになります」

「いらないから! その情報俺には追加攻撃にしかならないから!」


それを聞いてなんの得があるんだよ! 

人にも寄生するとか、恐怖心が増すだけだから!

うわあああああ! 二本足で馬が立ったあああああ!

ん? あ、もっと奥に何か見える。

おおおお! あれは今度こそ天馬(ペガサス)だろう!

後光が見えるし! っていうか、本当に周りがキラキラしてるし!



「隼人隼人! ペガサスペガサス!」


ああいいなあペガサス。

あの大きな翼で空を優雅に飛ぶんだろうなあ。

不可視の牢獄では宙に座る事はできても飛べるわけではないからなあ。

ついでにその聖なる光で角型寄生虫馬ホーンパラサイトホースをやっつけてくれませんかね?


「あれはホースモスです」

「……モス?」

「はい。胴体が馬の蛾です」

「だってキラキラしてるよ?」

「あれは鱗粉です……」

「……隼人」

「はい……」

「俺さ。この世界が嫌いになってきたよ……」


何で虫ばっかりなんだよ!

俺のファンタジーへの期待を返せよ!

ユニコーンも虫。ペガサスも虫! 次はなんだ? デュラハンの首無し馬か? 幻獣の麒麟も虫か?

ってあああああ! ペガサスとユニコーンが戦ってる!

うっわ! 体液紫! 気持ち悪い!!

うぇえええええ……。ペガサスがユニコーンを食ってる……。

気分が、気分が優れなくなってきました……。


「違うんです! あの辺りから虫ゾーンなんです。だから手前のここで休憩したんです……」

「そうか……隼人は俺に気を使ってくれたんだな」

「虫が大嫌いだとお聞きしたので……。休憩が終わったら荷台でゆっくり休んでください……」

「ああ、そうさせてもらう……。気分が、すまんけど横にならせてもらうわ……。近くでアレを見たくない……」

「それがいいです……」

「男二人で何の話?」


俺が遠い眼をし始めてすぐにガールズトークを終えた女性陣が外に現れた。

ああ、ウェンディ。

俺の心の癒しよ。


「ウェンディ、俺を慰めてくれ」

「え、はい。えっと、どうしてそんなに悲しそうな顔をしておられるのですか? 何があったのですか?」

「少し……現実って奴を見ちまった……」

「格好付けてるけど眼が死んでる」

「どうしたのよこいつ……魂抜けてない?」


そこまでじゃないだろ……。

ただなんていうか小さい頃に夢見た幻獣があろうことか虫だったのが、思いのほかダメージだっただけだ。

美しきまだ純粋だった子供時代の思い出の一つが、あっという間にイナゴの大群によって食い荒らされたような気分だよ……。


「えっと、角型寄生虫馬ホーンパラサイトホースとホースモスを見てしまって……」

「見るだけでこうなるの……?」

「お兄さん弱々なのです」

「えっと、虫苦手なんですか?」

「俺、もし次チート能力を貰えるなら虫を全滅させるスキルにする」


『チートスキル 害虫滅殺』 とか良くない?

あ、範囲スキルで射程は50m以上でお願いしますね女神様。

近づきたくないので。

できればパッシブスキルで常時発動してると助かります。


「そこまでですか……。えっと、アイナさん達が戻ったら全速力で虫ゾーンを抜けますので……」

「うん……。よろしくおねがいします……」

「態度が殊勝。面白い。焼き菓子頂戴」

「はい。どうぞ……。俺はもう何も口に入れられない……」

「ホースモス美味しいのに」

「あれは食べちゃ駄目な部類だろう! なんだ。動いてればなんでも食べるのかこの世界は!」

「鱗粉が香辛料、羽は高級衣服、肉は美味いの三点盛り」

「俺、これから買う物全てに虫が使われてないか確認するわ……」

「ご主人様!? 顔色が悪いですよ!」

「ぁー……」


あー……。

ダメだわ。

もうこれは無理だ。

まだ食ってるし、顔付近紫色に染まってるし……。

虫嫌い虫嫌い虫嫌い……。

旅なんか出なきゃよかった……。

家でウェンディ達とまったり暮らしつつたまに錬金をしてお金を稼いでいた生活に戻りたい。

でも、一回くらいは王都が見たかった……。

もしかして知らぬ間に虫要素に触れていたかと思うと、もう頭が、もうもうもうだよ!


「ウェンディ……俺はもうだめだ……」

「ご主人様!? しっかりしてください! ご主人さまぁ!!」


ガクンと身体の力が抜ける。

ああ、もうこの世界嫌いだ……。

出来れば皆を連れて虫のいない世界に行きたい。


俺、王都観光が終わったら氷の世界か、山の上で暮らす計画を立てるんだ……。

どちらかなら、虫いないよね。


それか錬金で虫を絶対コロスマンな薬品を作る。

効果範囲と威力重視で。

レインリヒとリートさんにお願いして協力してもらおう。

生態系? なにそれ。そんな倫理観で俺を止められると思うなよ。


でも、氷の世界も山の上も買い物に不自由しそうだから転移スキル……覚えたい……な……。

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