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3-18 マイホームマイライフ 領主邸にて

領主邸につくとオリゴールと共に馬車を降りてソーマに案内されるままに領主の部屋を目指した。

その途中オリゴールが自然に俺の手を取り、手を繋いだまま領主の部屋に入る事になったのは少しまずかったかも知れない。


「初めまして錬金術師殿。私はこの街の領主ウォーカスと申します。本日はご足労いただきありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそわざわざ馬車まで用意していただき恐縮です」


なんというか、予想外に低姿勢だな。


「おや、オリゴールと仲がよろしいようですね」

「お兄ちゃんとは仲良しだよ。ねー」

「ええ、道中で仲良くなりました。それより、体調がよろしくないとお伺いしましたが大丈夫ですか?」

「はい。今日は調子が良いようですね。普段は寝たきりなのですが」

「そうですかそれは良かった。それで、私に何の御用でしょうか?」


んーなるほどねえ……。


「それでは体調の良いうちにお話しいたしましょう。昨日の紅い戦線(レッドライン)のレンゲ殿の事です」

「ほう」


まあ、当然それだわな。


「昨日ヤーシス殿から理由は全てお聞きしました。レンゲ殿の境遇も、貴方の行動も全て包み隠さずお聞きしました」

「つまり、俺の行動がまずかったと?」

「いえ、それは良いのです。結果が全ての真実ですから。結果的に貴方は怪我をしなかった。暴行の事実はもはや確認できず、誰もその証言をしないのであればそれは事実でも真実ではないのです」

「では何故自分を?」

「私は体調がよろしくありません。ですので、最近問題を多く起こす貴方に一言釘を刺さねばと思ったのです。頼むから、面倒事を起こすなと。頼むから、私が関わらなければいけないような事をするなと」

「……殆ど俺のせいじゃない気がしますが、わかりました。留意させていただきます」

「ええそれもわかっていますが、どうも貴方を中心に小さな問題から大きな問題まで起こるので、これからも起こる事を危惧しているのです」

「なるほど。確かに俺としても問題は起こしたくありませんし、巻き込まれたくもないので気をつけることにします」

「そうだよー。お兄ちゃんは何もせず何も起こさずまったり暮らしたいだけなんだって、それにこれもくれたしね」


オリゴールが俺の手渡した薬をウォーカスへと手渡す。

別に既にあげたものなので構わないが、どうやらウォーカスに使わせるようだ。

まあ、あの病ならアレで治るわな。


「おじいちゃんが使っていいよ。ボクは飲めないから」

「これは、ありがとうございます。これで病の進行を遅くする事ができるでしょう」

「そうですね。貴方の病気ならそれで完治すると思います」

「……」

「いかがなさいましたか?」

「お気づきになられていましたか。どこか不備があったでしょうか?」

「不備、というかオリゴールが現れた時点でなんとなくおかしいと思ったというのが正しいですね。話に聞いた限りでは領主様は伴侶も子供もいないと聞いておりました。ですがいきなり孫、ですからね。流石に何かあると思っておりました。あっていますか? オリゴール様?」

「なるほどねー。じゃあボクのことを怪しいと思ってたんだ」

「まあな。俺の事を若いんだから、なんていう辺り俺より年上なんだろうなって思ったよ」


まあ半分はただの予想だけどな。

もし予想が外れていたら困るから失礼のないようには気をつけていたけど。


「失礼いたしましたオリゴール様」

「ん、いいよいいよ。ウォーカスの演技も様になっていたと思うよ。あ、それ飲めば持病も治ると思うから飲んじゃっていいからね。ボクには効かないからさ」


となるとオリゴールは病を押して俺に会いに馬車に乗っていたのか。

しかしこの見た目で領主とは……。

いや、人は見かけによらないのがこの異世界では常識だと思う。

現にヤーシスなんかは見た目ではわからないほど腹の底が見えないしな。


「オリゴールの病ってなんなんだ?」

「ボクの病? 気になるの?」

「まあな。馬車で仲良くなった仲だ。俺に治せるなら治してやりたいと思うのが自然だろう? 実際面倒もかけたみたいだし」

「ふーん。仮初の仲だと思ったのに、結構義理堅いんだね。ゴホッ」


見た目どう見ても子供が苦しそうに咳き込んでいれば良識のある人間なら誰でも気にはなるだろうさ。


「まあ話してもいいんだけどね。ボクのこれは毒だよ毒。進行は徐々に、ゲホッ、だけどあらゆる回復薬が効かないものでね。いやあ不覚を取ったよ。まさか信用していた執事の一人がボクを裏切るとは思わなかったからねコホッ」

「執事?」


失礼だがソーマの方をちらりと見てしまった。


「私ではありませんよ。私の同僚ではございましたが……。馬鹿な男です。あのような下衆に取り込まれるなど」

「下衆? 誰かに唆されたのか?」

「うん。ケホっ。お兄ちゃんもよく知っている男だよ。ダーダリルといえばわかるかな?」

「……あいつに唆されるって相当やばくないか?」

「そうは言っても次期領主最有力候補の息子の一人だからね。理由はダーウィンが領主になったときの執事長の座だってさ。ボクが隼人にクエストを頼んだのを見て慌てたんだろうね。二度目に即効性の毒薬を用意したようだけど、流石のボクも警戒はしていたさ」

「そいつは死んだのか?」

「うん。まあ。でもそんな馬鹿に嵌められたボクも馬鹿だなあって思うよ」

「レインリヒに相談はしたのか? あいつなら何とか治せそうなもんだが」


レインリヒならたとえ薬が効かない毒でも治せそうだと思ってしまう不思議。


「ゲホッゲホ。……勿論。その結果が霊薬でないと治せないという事実だったんだ。それで隼人に依頼してダンジョンをクリアしてもらう事にしたんだ」

「ダンジョンを?」

「霊薬は例外なくダンジョンを踏破した際の宝箱に必ず一つは入っているんだ。幸いにもこの街の近くにあるダンジョンを踏破したものはいないからね」

「なるほどな。じゃあ俺が隼人に助けられたのはある意味あんたが隼人をこの街に呼んだおかげって事か」

「随分遠いおかげだけど、まあそう言えなくもないかもね」


あはは、と愉快そうに笑うがそれでも顔色が優れているとは言えない。

どうやら完全に無理をしていたのだろう。

それでもまだベッドに横たわるのではなく俺と立ったまま話しているのは領主としての矜持だろうか。

たとえ辛かろうとも俺が税金を払ってこのアインズヘイルの民である以上、情けない姿は見せないという背景が見え隠れしていた。


「だけど、どうやら隼人は間に合いそうもないんだ。ついこの間連絡が来たんだけど仲間の一人が怪我を負ってね、申し訳ないが一度街に戻ると言っていた。しょうがないことだけど、これじゃあもう間に合わない。ボクはハーフリングだからね。身体が小さいから毒の進行も早いようでもう一度行ってもらっても間に合いそうもないんだ」

「……そうなのか」

「まあ仕方がないよ。ボクは諦めて残りの人生を謳歌する事に決めた。領主としてではなく、ハーフリングのオリゴールとしてね。だから君と今日話せたのはとても楽しかった。たわいもない話も楽しかったけど、君の世界の話はとても興味深かったよ。まさか鉄の馬無し馬車が走るなんてね」

「うう……おいたわしやオリゴール様……」


オリゴールの屈託のない笑顔を見て嗚咽を漏らすソーマ。

彼はきっとずっと仕えてきた信頼の置ける執事なのだろう。

そして、その信頼を受ける程に彼女は領主として立派なのだろう。

こんな、ヤーシスやダーウィンやレインリヒのいる混沌で魔境たる街を統べているのだからそれもわからないでもない。


「そうか……。隼人の用事ってオリゴールの薬だったんだな」

「そ。でもまあ気にする必要はないよゲホっ。次の領主は多分ダーウィンになるだろうけど、あの男はボクとタイプは違えどできる男だ。この街の民がゴホっゴホ、困るような酷い事はそれほどしないと思うよ」

「本人はめんどくさがりそうだけどな」

「それでも、ボクがお願いすればやってくれるさ」


オリゴールはずっと笑顔だった。

苦しいだろうに、早くベッドで休みたいよな。

だとしたら俺にできる事は早めに退散する事だな


「まあ気にしないでいいよ。ボクは今日楽しかった。それだけで満足さ。たださっきも言ったように問題事は起こさないでおくれよ。ボクのただでさえ少ない自由な時間が無くなってしまうからね」

「自虐的なギャグはやめろよ。笑えないぞ」

「あはは。君は固いね。今日初めてあったボクにそこまで入れ込む必要はないのに」


そういわれても性分なんだ。

仕方がないと思う。


「さて、そろそろボクも休まないとね。本当はまだ話したいことがたくさんあるんだけど、こればっかりはどうしようもないからね」

「そうか。ならお暇させてもらうよ」

「うん。もしまた時間があったら、もしまだボクが生きていられたらまたお話ししようね」

「ああ。いつでもできるさ。むしろ遊びに来いよ。元々お前の家だったんだしな」

「うん。お風呂も入ってみたかったなあ。あの地下室にどんな物ができたのか見てみたかったよ」

「だからいつでも見に来いよ。待ってるからさ」

「あはは。無理を言うね。でも、うん。頑張って体調のいい日に向かうから。待っててね」

「勿論だ。それじゃあな」

「うん。また、ね」


最後の最後で笑ってはいても、悲しそうな顔を浮かべるんだな。


まあでも、そんな顔は今日でおさらばだ。

せっかく出来たものだけど、これも何かの縁だろう。

間接的にとはいえ、俺を助けてくれた一端ではあるしな。

生きていたおかげで俺はシロやウェンディと出会い、アイナやソルテ、レンゲとも巡りあえたのだから。

そう思えば安い物だよな。


「おっと、そういえばオリゴールにあげた薬はそっちの爺さんに渡して無いんだったな。それじゃあ代わりにこれをやるよ」


そう言って取り出したのは一つの小瓶。

朝、何故か作れた魔法薬。

もはやこのためとしか思えないタイミングである。

ひょんな事で得た物だし、惜しくは無いさ。


「それじゃあな。薬嫌いでもちゃんと飲めよ」


ソーマに魔法薬を手渡すと、後ろ手に手を振って帰路に着く。


「今馬車を手配いたしま、こ、これは!」

「いいよ。歩いて帰れるさ。それより薬ちゃんと飲ませろよ?」

「オリゴール様! この薬をお飲みください!」

「ど、どうしたのソーマ。君が取り乱すな……んて……まさか!」


扉を閉めて俺は出口へと歩いていった。

お詫びと礼を込めて手渡したのは今彼女が一番欲している物だろう。

自由な時間がないのなら、作ればいいのだ。


さて、近いうちに彼女は俺の家のお風呂に、入りに来るのだろうな。

霊薬で元気になった彼女は、きっと元気な笑顔を振りまいてやってくるだろう。

その日の為にお風呂の掃除をしないといけないな。

後ろから初老の男の泣き声をバックに俺はそんなことを思いながら領主邸をあとにした。


門のところでなにやら門番と言い争いをしている三人組がいる。

三人とも尻尾をぶわっと逆立たせて何やら今にも一触即発のように見えた。


「だーかーら! 何もないならさっさと私達を入れなさいよ!」

「邪魔するなら無理にでも通る」

「駄目っすよ! でも、いざとなったら手を貸すっす」

「いや、いざでも駄目だろ」


領主邸に押し入るとか完全にアウトじゃねえか。


「主!」「ご主人!」「主様!」

「これは、錬金術師様。助かりました……」

「門番さんすまない。うちのものが迷惑をかけた」

「いえ、これも職務ですから」


苦笑いする門番さん。

きっと気苦労は絶えないのだろうな……。

今度来る時は何か差し入れを持ってきますので、本当に申し訳ない!


「それで、お帰りですか? 馬車をすぐ手配いたしますが」

「いや、迎えも来ているし歩いて帰るよ」

「左様ですか。それでは、お気をつけて。またいらしてくださいませ」

「ああ。急な呼び出しじゃなければお土産を持って遊びに来るよ」

「ははは。オリゴール様もお喜びになられると思います」


じゃ、っと手を上げて別れを告げると正面にはむっとした顔の三人が俺の前を塞ぐ。


「主、心配した」

「あんたねえ。黙っていなくなったと思えば領主の馬車に乗ってどっか行っちゃうし、何考えてんのよ」

「まあ普通に呼び出されただけだ」

「やっぱり自分のせいっすよね……」

「んー。そうでもあるけど、そうでもないよ。それより」


俺は三人をまとめてぎゅーっと抱きしめる。


「ん、主苦しい」

「ッバ! っな、っななな!」

「熱い抱擁っす! これは今日は三人まとめて食べられちゃうっすかね!」

「茶化すなよ。心配してくれてありがとうな」


三人が本気で心配してくれていたことがわかり、嬉しくて抱きしめてしまった。

ほら、俺生きてて良かったって思ってる。

こんな幸せを味わえるなら、やっぱり安いものだよ。


「んー。主、怖かった?」

「いや。全然」

「な、ならさっさと放しなさいよ。門番もこっちずっと見てるわよ」

「羨ましいんだろうな。絶対あげないけど」

「ご主人ってたまに子供っぽいっすよね。よしよーし。今日は膝枕で寝るっすかー?」

「下半身はだ――」

「あ、やっぱりやめとくっす」

「……ちぃ」

「舌打ちしたわよ。この変態」

「主らしい」


流れでいけると思ったのにな。

残念だ。

残念だ。


「さて、それじゃあ帰ろうか。ウェンディとアイナは?」

「すれ違ったら困るからお留守番。ウェンディを留まらせるのに苦労した。あのままだと領主邸に魔法をぶち込むと思ったから止めた」

「……偉いぞシロ」

「私達も止めたっすよ!」

「ウェンディってあんたの事になると途端にたがが外れるわよね……」

「ああ、うん。二人ともありがとな。それじゃあご機嫌取りにお土産でも買いながら帰ろうか」

「お肉」

「甘い物が食べたいわ」

「お酒が欲しいっす!」

「はいはい。商店街も通るしレンゲが無事なのを店主に知らせがてら買い物しようか」

「あ、いいっすね! 熊人店長にも謝りたいっすし、他のお店の方にもご報告しないとっす!」


こうして俺ら四人は北地区の商店街を通って買い物をしながら帰路についた。

途中レンゲを知る商人達からただで色々貰ってしまい、申し訳なくて余計な買い物が増えてしまったのは必要経費だろう。


帰宅後、ウェンディが抱きついたまま離れず暫く料理を作る事もできない状態だったので、四人が空腹に耐える羽目になるのだがそれはきっとおれのせいじゃない。

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