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3-14 マイホームマイライフ 異世界の牛タン

ウェンディにひとしきり怒られた後俺は買ってきた材料を取り出して料理をし始めた。

一人暮らしが長いからといって料理が出来る! と自信を持っていえるほど出来る訳がない。

簡単な炒め物程度なら作る事もあるが、赤ワイン煮なんて知識でなんとなくでしかしらないのが普通だと思う。


とりあえずブイヨンは……作る時間ねえな。

仕方ないので買ってきたインスタントの味付き粉を使おう。

お肉は先に焼き目を入れて塩、胡椒で下味を付けてオニオルと一緒に軽く炒める。

後はー赤ワインとトメト、オニオル……、あーめんどくさいトマトと玉ねぎを入れて牛肉を煮込み始める。

蜂蜜も入れて、味付き粉を水で溶かして混ぜると、美味しそうな風味が立ち上ってきた。

味見をしてみると悪くはなさそうだ。

だがやはり肉はホロホロにはなりそうにない……。


錬金で圧力鍋を作れないだろうか。

いやでも危ないか……。

でもこの世界魔石もあるからな……。

んー……煮込み時間が足りない……。

どうしよ。でも匂いは悪くないし……。

今日はこのままぎりぎりまで煮込めばいいか。


あとは塩水につけたモイのスライスを取り出して水気を取る。

オリブルの油を底の深めのフライパンにたっぷりと入れて取り出す用の金網を先に沈めておく。


「ああ、揚げ物にオリブルの油をお使いになられるのですか?」

「まずかったか?」

「いえ、高い物ですから一気にそんな使ってしまうのかと心配になりまして……」

「んー。いや錬金の再構築で不純物を取り除けば再利用できるんじゃないかなって」

「なるほど。それならば可能かもしれませんね。それにしても贅沢です」

「再利用可能な高級油だったら最高だな」


油が温まり菜箸を突っ込むと気泡が立ち上ってくる。

大体この温度だな。

火の調整をして温度を適温に保ちつつスライスしたモイを入れていく。

一気に入れると油の温度が下がるのである程度の量だが、時間は約二分程度なので簡単だ。

あー……。

塩ふるだけで完成とかこれ完璧だよなー。


揚げたてを一口。

カリッカリのモイと塩が最高だ。

できればキンキンに冷えたビールが欲しいところだがそんなものはないんだよなー。


さて、残りのモイは分割してそのままフライドポテトにしてしまおう。

ついでに乾麺を使ってペペロンチーノを作るか。


「ウェンディ、お肉を焼いておいてもらえるか? 味付けは任せる」

「かしこまりました」


今日は大げさな料理は出来ないな。

でも材料は買ってあるし、この世界ならば凝った料理を作る時間も沢山在るしな。

香辛料も調味料も食材も多数あるからな。


あとはーピザだな。

ちゃっちゃと作ってしまおう。

まずイーストとぬるま湯に砂糖を入れて一次発酵させる。

小麦粉、発酵したイースト、塩、それにオリブルの油を一、二滴垂らして打ち粉をしてから生地を練る。

大体まとまったら半分に切り、生地を伸ばしてからトメトとインスタント味付けでソースを作り、上に食材をのせると小さく切り取った溶けるチーズをのせる。

あとは竈と不可視の牢獄を組み合わせてピザ焼き釜にして中に燃えた炭をぶちこんで暖めればすぐに出来上がるだろう。


とりあえず後は肉を軽く揚げればいいか。

小麦粉と卵、パン粉を使えば簡単に作れるし。


次々と食卓には俺とウェンディが作った料理が並んでいく。

一度作り出すとやめどきを失うな。

うちには少なくとも大食漢が一人、ちっこいのによく食べる子がいるから幾ら作っても足りない気がするのだ。

それに女とはいえ冒険者が三人もいればこの量でもすぐなくなるかもしれない。


「ご主人様、お肉の方は焼きあがりました」

「そか、じゃあ場所交代な。俺は牛タンを焼くから」

「……あの、やっぱり食べるのですか?」

「当然」

「やめませんか?」

「お断りいたす!」


牛タンだぞ牛タン。

しかもお店に入れば一皿800円はしそうな厚切り牛タンがこんなにも!

ああ、これを細切にしてパスタに絡めても美味そうだ。

レモニアの実もスライスしてっと。

今日はフライパンだが、次は必ず網焼きだな。網焼き用の網も作っておこう!

七輪は……、うんやろうと思えば作れるはずだな!


「主、おなかすいた。まだだめ?」

「まーだ。レンゲが帰ってきたらな」

「帰ってこなかったりして」

「怖い事言わないでほしいっす……」


丁度タイミングよく帰ってきたな。


「うえー……疲労困憊っすー。 領主様体調が優れないから機嫌悪くてめっちゃ小言言われたっす……」

「はっはっは。いやしかし無事に済んでよかったではありませんか」

「そーっすけどー疲れたっすよー……」

「まあまあ。ヤーシスも食っていくか?」

「ええ。今日はご相伴に与ります」


お、いいね。

ヤーシスならもしかしたら牛タンを食ってくれるかもしれないし。

こいつ未知とか自分が知らない事を知るのとか好きそうだもんな。


「うっし、じゃあそろそろ終わりにしようかウェンディ」

「はい、最後にサラダを作りました。あ、取り分け皿をお持ちしますね」


じゃじゃーん。

完成デス!


「凄いな。主君の国の料理もあるのだろうか?」

「んー一応作り方は元いた世界で作ってたやりかただけど、この世界にもありそうだけどな」

「確かに。この牛煮込みなんかはあるわね。でもこれ、平たいパンに具とチーズが載ってるのは見たことないわね」

「ピザか? これこそありそうなものだけど」

「パンを焼く時は何も載せないのが普通だ。切り取ってからハムや野菜をのせて食べる事はあるのだがな」

「まあ黒パンが普通だからね。何かと食べたりスープに浸して食べないと食べられた物じゃないわ」


ほう。

あ、スープ作り忘れた。っと思ったらウェンディが作っておいてくれたようだ。


「まあ早速だが食べようぜ」

「いただ……」「「「「「「豊饒と慈愛の神であるレイディアナ様に感謝を捧げます」」」」」」


ええ……。

なにそれ今までそんなことしなかったじゃないですか……。

逆に注目がこっちに集まってるし。


「ご主人それなんすか?」

「いや、元いた世界でやってたごく普通の食前の礼節みたいなもんだ」

「こうっすか?」


レンゲが俺を真似して両手を合わせる。


「これ何の意味があるっすか?」

「いや、食材とか命をいただくわけだからそれに対しての感謝とかを込めていただきますと」

「へー。じゃあ自分もそうするっす」

「いや、お前達のやり方でいいぞ」


確か豊饒と慈愛の神レイディアナだっけ。

レイディアナ……。

元の世界の神様の名前とかではないよな?

なんか聞いたことがある気もするんだが……。


「そっちも、普段はそんなことやってないよな?」

「日常食では心の中でお祈りを捧げるのですが、このように豪華な食事の場合は声にだして聖句を読んで食事をいただく決まりなのですよ」

「へえ。なるほどなあ」


まあ元の世界で「天にまします――」って言うようなものか。


「まあ冷める前に食べようぜ」

「そうですね。せっかくの料理ですし」


ウェンディの同意を得て皆が俺を見る。

何?


「えっと……、まず家主が一口食べてから皆が食べ始めるものなのですよ」

「そうなのか。じゃあすまんがお先に一口」


ヤーシスに言われたとおり俺は牛タンを一口食べる。

おおおおお。

美味(うま)っ!

噛み応えがありながら固いわけではない。

その上塩コショウで味付けしただけなのだが、めちゃくちゃ旨い。

レモニアも絞って食べてみるが、これは以前上司に初めて連れて行ってもらった高級焼肉で食べた牛タンよりうまいぞ!

この世界で牛タンが食されてないとか嘘だろ。

もしかしてこの牛タンが格安で手に入って食べ放題なの?


「ご、ご主人様?」

「ん? ウェンディも食べる? 凄いうまいぞ」

「いえ……」

「ほう。お客様は何を食べられたのですか? どうやらお客様のところにしかないお肉のようですが」

「あれは牛の舌」

「「「え……」」」


おい。冒険者組が勢いよくかき込んでいた手を止めたぞ。

そういえばあのパスタはニンニクを使ってるんだが獣系は大丈夫なのか?


「ほう。牛の舌ですか。美味しいのでしたら興味はありますね」

「じゃあ食べい! 熱いうちが一番だぞ!」

「では早速」


ヤーシスが一切れを取り、それに皆が注目した。

咀嚼を繰り返し飲み込むまでずっと。


「これは……珍味ですね。歯ごたえもよく肉の旨味も凝縮されていてとても美味です」

「だっろー!」

「お客様の世界では日常的に食べられている物なのですか?」

「そうだな。あまり嫌いと言う人間は見たことがない」


俺も一口。

あー……うまい。

辛みそを塗って焼いてもいいけど、ミソあるのかな?

味噌……味噌が欲しいな。

味噌汁と白米が食べたくなる。


「主、シロも。シロも食べる」

「おー来い来い。あーんしてやる」

「ん、あーん」


美味しいと聞けばシロも食べるだろうと思っていたがやはりだな。

もぐもぐと瞳を輝かせながら咀嚼を繰り返している。

これははまったな。


「美味しい! もう一口!」

「いいぞー。焼けば一杯あるからなー! ほれあーん」

「あーん。美味し!」


ウェンディを含め冒険者組がありえないものを見ているような顔をしている。

だがうまいものはうまいのだ。


「あ、私も……」

「やめなさいレンゲ! どんなに美味しくてもあれは牛の舌よ!」

「いやお前ら虫を食べるのになんで牛の舌をそこまで嫌悪するんだよ……」


あんな気持ちの悪い……ってああ、同じ感覚なのか。

なら無理強いは出来ないな。

俺だってどれほど美味しかろうとも虫を食べる気はない。


「まあいいか。無理に食べなくても」


それにまだまだ色々あるしな。

ピザなんか最高の焼け具合だぞ。

チーズなんかとろっとろだ。


「このパン美味しいですね。チーズとトメトのソースがぴったりです」

「ピザな。ただカロリー高いから太りやすいぞ」


その直後ピタっとウェンディの手が止まる。

そして持っていた新しいピザをそっと元の皿に戻し涙目で俺を見る。


「ご、ご主人様も私が太ってると思いますか?」

「いや、全然。もう少しくらいむっちりしてても全く問題ない」

「で、ですよね!」


さっそく先ほどのピザに手を伸ばすウェンディ。


「豚まっしぐら。ブヒヒ」

「運動しますもん!」

「シロも意地悪言うなよ。ほら、お前も食べてみてくれ」

「もう食べてる。美味しいからウェンディが全部食べるといけないと釘を刺した」

「全部は食べません!」


仲がいいんだか悪いんだか。


「そっちはどうだ? 麺は匂いが強くないか?」

「ガリオとレッドトンガが利いて美味しいぞ」

「そうね。ちょっとガリオが強いけど悪くないわ」

「なんでも美味しくが冒険者の基本っすからね! 好き嫌いはないっすよ!」

「でも牛の舌はちょっと、まだ抵抗があるな」

「さっきもいったけど無理に食べなくてもいいさ。俺も虫は絶対に食べないから」

「虫虫と言うが、キャタピラスのことか? あれはブラックモームよりも旨いのに」

「牛の舌と一緒だよ。先入観が邪魔して俺には無理だ」

「なるほど……」

「まあ好きに食べてくれ」

「ああ、そうさせてもらおう。あ、こらレンゲ! その肉は私のだぞ!」

「早いもの勝ちっすよ!」

「そうね。私もいただき」

「ああ! ソルテは自分のがまだあるだろう!」


にぎやかな食卓だよ。


「ヤーシスはどうだ? 口に合うか?」

「ええ、少し重めではありますがとても美味しいですよ。特に先ほど食べた牛の舌は大変美味でした」

「そうかそうか。じゃあ次のも楽しみにしていてくれ」

「まだなにかあるのですか?」

「まあ牛タンの別の食べ方だな。こっちのが俺は好きだ」


そういって厨房に向かう。

取り出したのはとある野菜。

元々が棒状なのに二本の足のあとがついたそれは頭が緑、身が白という太めの野菜。

そう。ネギである。正式名称はネギンであるが。

軽く火を通してから皮をむき、タン塩を焼いてその上に載せる。


「これがネギタン塩だ」


タン塩のオーソドックスな食べ方の一つ、ネギタン塩の出来上がりだ。

たまにひっくり返す前にタン塩を焼きながら上にネギを載せてひっくり返すのに苦労している奴がいるが、お店じゃないのなら先にネギを焼いてからみじん切りにすれば簡単である。


「ほお。これはネギンを刻んだものですね」

「そそ。これをこう、丸める感じでまとめて食べると美味いんだ」


試しにお手本を見せる。

あーうまい。このネギ甘いな。

辛さもほどよくて甘みの強いネギンは牛タンによく合う。

塩ダレではないのだが牛タンから出る旨味成分で十分に旨い。


「ほお。これは美味しい。私もこちらの方があっさりと食べられて好きですね」

「これに合う酒があるんだが、残念ながらこの世界にあるかどうかわからないんだよな」

「ふむ。どういったお酒ですか?」

「んーっと麦から作るお酒だな。シュワシュワした炭酸の」

「というと帝国のラガーでしょうか」

「あるの!?」

「ええ。確か帝国では一般的に飲まれるお酒のようですね。こちら王国では基本的にワインが多いですが。帝国では果実酒とラガーが多いようです」

「へえ。あるのか……」


あるとわかると欲しくなるな。

んーメイラに頼んだら買えるだろうか。


「ちなみにそのラガーって冷たい?」

「いえ、常温で飲むもののようですよ」

「そうか……」


となると冷やす装置も必要だな。

冷蔵庫……。水の魔石で上手く出来ないだろうか。

これは、また楽しみが増えた!


「もしラガーが手に入ったらこれで一杯やろうぜ」

「おお、お誘いありがとうございます。それではその時はご一緒させていただきますね」


ヤーシスは飲んだことはあるのだろうか。

間違いなくこれと飲む酒は冷たいビールである。

あとは米が欲しい……。

日本人だものお米が欲しいよ。


だが米はきっとあるはずだ。

自分が思ったよりも食文化が進んでいるし、探せば必ずあると思う。


「主、おかわり!」


いつの間にかネギタン塩を食べ始めていたシロにせがまれて追加を焼きに行くことにした。

テーブルを見るといつの間にか殆どなくなってるので、せっかくだから追加で肉も焼こうと思う。

戻ってくると案の定テーブルは空となり、ヤーシスとウェンディを除いた4人が肉はまだかと待ち望んで待っている。


テーブルに置いた瞬間、凄い速さで消費されていく肉。

ワインを一口飲み、落ち着いているヤーシス。

俺の分を取ってくれるウェンディ。

悪くないな。

なんというか満足だ。


皆で食べる食事は大変美味しく、作った側としても嬉しい限りであった。

ああ、バラの脂が美味い。

ああ、お肉食べたいなあ。


06/29 20:43 誤字を修正いたしました。

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