3-5 マイホームマイライフ 念願のお風呂
んんー……。
少し寝すぎたかもしれない。
もうとっくに日差しはオレンジ色に変わっていて少し肌寒く感じる。
二人はまだ寝ているようだが、寒いのかぴったりとひっついていた。
そういえばシロの寝顔はよく見るが、ウェンディの寝顔は初めてだな。
幸せそうに顔を寄せて眠る姿もシロとは違った可愛らしさを持っている。
ほっぺをぷにっと押すと、「んん……」と不快そうな声を出して少し身じろいでもっと顔をうずめるように寄せてくる。
その反応が面白可愛くてもっといたずらしたくなる。
次は髪を少し撫でてみる。
指に少しも引っかからずにさらりと抜ける綺麗な薄いピンク色の髪が、あの時のように少しオレンジがかっていて美しい。
シロもシロで真っ白な短めの髪がさらさらと指を抜けていった。
「んうー。主?」
「悪い、起こしちゃったか?」
「んーん。起きてたけど、主が寝てたからごろんとしてた」
そういえば子猫って一日20時間寝ているらしいけど、少しのことで起きてしまうんだったな。
眠りは浅いのかもしれない。
「ウェンディはまだ寝てるの? 起こす?」
「いや。反応が可愛いからいたずらしてた」
「ん。シロにもいたずらする?」
「いや起きてるし、って上に乗るなよ」
「特等席」
そういって俺の腹の上で丸くなり、尻尾をぴしぴしと足にぶつけるシロ。
頭を撫でてあげると、いつものように自分の気持ちのいい部分を撫でてるところに当ててくる。
その反対の手でウェンディを撫でると、もそもそとウェンディが起きてきた。
「おふぁようございます……」
「まだ眠そうだな」
「ふぁい……。んんーご主人様ぁ……」
寝ぼけているのかぎゅーっと抱きしめようとしてシロに手がぶつかりふらふらとそちらに目を向けると、かっと目が見開いてわなわなと指を指す。
「ご、ご主人様? なんでシロは上に乗っているのですか!?」
「特等席」
「シロばっかりずるいです!」
「ウェンディは重いから無理」
「重くありません! 太ってません!」
「乳に余計なお肉がついてるから重い」
「余計じゃありません!」「余計じゃない!」
そこだけは譲れない。
あの二つの至宝が余計なんてことは未来永劫永永無窮ありえないことだ。
「むう。巨乳が主を惑わす」
「うふふ。ご主人様は私の胸が大好きなんです」
「シロだって無い訳じゃない。少なくとも犬よりはある」
ウェンディさん? これ見よがしに押し付けてくれるのは大変嬉しいのですが、寝起きですと、大変まずいと申しますか、その、おやめください?
そしてシロよ。そこと比べるのは間違っているぞ。
それに俺は確かに巨乳が好きだが、貧乳だって嫌いじゃない。
貧乳はステータスだ。とまでは言わないが、嫌いではないのだ。
それに俺は尻も好きだ。
尻は万物に平等で柔らかく、しっかりとケアさえすれば究極にも至高にもなるからな。
「まあ二人とも起きたし、そろそろアレの準備をしておくか」
「お食事ですか?」
「いや、今日はお昼が遅めだったしもう少し後にしよう」
「といいますと……ご主人様がお楽しみにしていらっしゃるお風呂ですか?」
「その通り。お風呂だ」
「かしこまりました。それでは私達でご準備させていただきますので、ご主人様はゆっくり疲れを癒してくださいませ」
「え、二人は入らないの!?」
それは困るぞ。
それでは俺の計画が実行できないではないか!
「家のお風呂に入るのは貴族様だけですので。それに奴隷が入ると湯が穢れると言われていますから。私共は厨房の水道を桶に溜めて水浴びを致します」
「いやいやいや。暑い時期ならともかく寒い時期に水浴びとか風邪引くでしょ。それに俺は二人と一緒に入る気満々だったんだけどな」
「ですが……」
「それに俺の国じゃ裸の付き合いで仲を深め合うって文化もあってだな」
「そうなのですか?」
「うん、まあ一部の地域とかで……」
必死だって?
当然だろう。
立場を、無知を利用して合法的に混浴が出来るんだぞ。
俺はこのために先ほどダーウィンたちの前で無茶を通したんだ。
このために俺のお願いを通しやすくしたんだ!
よし。ここはシロも利用させてもらおう。
「シロは俺と一緒にお風呂入るよなー?」
「ん。主がいいなら入る」
「勿論いいぞ」
シロの耳とか尻尾とかも綺麗にしてあげたいし、シロが入ると言えば今のウェンディならば。
「わ、私もご主人様がよろしいならば入ります」
イエス。イエエエエエッス!
予想通りだ!
シロに対して対抗意識が強いのが功をそうしたな!
ふっはははは! ミッションコンプリートだぜ。
「よっし! 三人で裸の付き合いだ! 俺はこのために生きてきた!」
「そんなに堂々と喜ばれると物凄く恥ずかしいのですが……」
「言質はとったからな! はー楽しみだ! 早速水を溜めて火の魔石に魔力を注いでくる!」
「あ、それでしたら私が魔法でお水を張りますよ」
「おー! じゃあ二重でやろう!」
「そ、そこまで早く入りたいんですね」
「当然! 今日最高の楽しみだからな!」
今このときの俺を他人が見れば間違いなく変態だというだろう。
だが俺にとってそんな言葉は俺の心を傷つける要因たりえない。
今の俺を止めるにはレインリヒでも連れてくるしかない。
たとえダーウィンやヤーシスであろうと俺をとめることはできないだろう!
水を張り終え、火の魔石で温度調整をし終わると俺たちは更衣室で服を脱いでいた。
「じゃあお先に!」
「あ、ご主人様」
ウェンディの声を背中に俺は一足先に風呂場へと入る。
湯船から桶でかけ湯をしてから湯船につかると、「ふぅー……」と自然に声が漏れた。
邪な感情が消えるわけではないが、これは極楽である。
肩まで浸かれるし、何より足を伸ばしても何にも当たらないのだ。
それが家湯なんだぜ? これはたまらん。
あと今日は身体を洗う前に入ってしまったが石鹸とタオルが必要だな。
石鹸って錬金で作れないのかな?
泡がよく立つ物が欲しいんだが。
「あー……」
なんで温泉に入ると声が漏れるんだろうな。
でもこれっておっさんぽいよなあ。
俺も年を取ったってことか……。
少し悲しい気持ちになっていると入り口の扉が開いた。
たたたたっとシロが走って飛び込んでくるのをキャッチして受け止める。
「こらこらこら。お風呂に入るときはかけ湯をしなさい」
「そうなの?」
「そうなの。まずは軽く汚れを落してからな。ほれ後ろ向け」
「わかった」
シロは尻尾をふりふりとふりながら後ろを向く。
尾骶骨の辺りから本当に尻尾が生えていることに気がついた。
近場においておいた桶を手に取り、シロへとかけ流すとぷるぷると身体を振って水気を落すシロ。
「もういい?」
「おう。入ってよし」
許可を出すとゆっくりと片足からお風呂に入っていく。
本来ならば身体を洗ってからなのだが、今日は仕方ない。
「あーうー……」
シロも自然と声が出ているようだ。
それにしても猫ってお風呂が苦手なはずなんだが、シロは別にそうでもないらしい。
むしろ湯船で泳ぎだしてるんだが。
やっぱり猫でも犬掻きなんだな。
でも深度がないからバタ足になってる。
「シロー、湯船で足をばたばたさせるなー」
「はーい」
返事をすると今度は背泳ぎのように上を向いて浮かびながら移動している。
そんなことを考えていると、待ちに待ったウェンディがそっとタオルで身体を隠しながらゆっくりと入室してくる。
目に映るのは圧倒的なボリュームのある双丘。
あの至宝が布一枚という貧弱な防御力で辛うじて守られているのだ。
「あの、そんなにじろじろと見られますと、恥ずかしいです」
「いや、俺は見る。この光景を目に焼き付ける!」
「そんなあ……。えっと、それでどうすればいいのでしょうか?」
「まずはかけ湯だな。後ろ向いてくれ」
「はい……。えっと、よろしくお願いします」
そういって後ろを向いてしゃがむウェンディ。
後ろを向かせる利点はがっつり凝視が出来ること。
ボリューミーかつくびれたボディラインが、いい!
三点共に満点のボディラインである。
これには自然と息も荒くなってしまうものだ。
そしてその身体に湯船のお湯をかける。
前も後ろもしっかりと流れるように何度もかける。
さて、ここで俺が何故はじめからタオルをとらなかったと思う?
正解はこれだ。前を向かせた時、ぴったりと張り付くタオルがよりいいのだよ!
脱がさずの美徳。裸なんてナンセンスである。
だがそれはそれとしてお待ちかね。
当然ながらお湯にタオルをつけるなど許さない。
ついにその薄い装甲を脱ぐ時が来たのだ。
もうすでにウェンディの顔は真っ赤だが、そんなことは関係ないと目は逸らさない。
多分俺の目は怖いくらいに血走っているんじゃないだろうか。
恥ずかしそうにおずおずとタオルを外していくウェンディ。
そして、俺は神の奇跡を目の当たりにした。
「あの、恥ずかし過ぎて死にそうです……」
「大丈夫、凄く綺麗だ」
ウェンディは湯船につかると、恥ずかしそうにしながらも俺の横でしがみついてきた。
なるほど。近すぎれば見られる心配はないというのだろう。
だが、肌と肌が触れている以上、俺にとっては得にしかならない。
「湯加減はどう?」
「はい。とても気持ちいいのですが……」
「これから毎日入るから少しずつ慣れていこう」
「毎日ですか? ご主人様は本当にお風呂がお好きなのですね」
「それは違う。いや違わないんだけども、やっぱり二人と入るから良いわけでして」
「次はタオルと石鹸でお背中をお流ししますね」
「ああ、三人で縦に並んで背中の流しっこだな」
仲良し家族のような光景が眼に浮かぶ。
シロが一番前で、次にウェンディ、そして俺だ。
こんな感じがずっと続けばいいな。
ずっと仲良し、そんな感じで。
「熱い……。シロもう出る。先に寝てるかもー」
ずっと泳いでいたシロは顔を赤くして早々にお風呂を後にして行ってしまった。
となると俺とウェンディの二人だけになってしまう。
「気持ちいいな……」
「そうですね……」
「これからずっと入れるんだもんなー」
「ふふ。ここならシロは早く出てしまいますからご主人様を独占できますね」
「独占って、まあでもそうだな……」
「うふふ」
「ん? どうした突然笑い出して」
「いえ、ご主人様と出会ってまだ少ししか経ってないのに凄いことしてるなあ、っと」
そういえばまだ出会って一ヶ月かそこらなんだよな。
まだ一ヶ月なのにもうお風呂で横に並んでるんだもんな。
「初めてお会いした時は、こうなるなんて思いませんでした」
「そうなの?」
「はい。変わった人だなあとは思いましたけど」
初めてって、アイナとソルテを奴隷にした時だよな。
なんかウェンディにそう思われるような行動をした覚えは無いんだが……。
「次にお会いした時はソースを顔につけていて子供のようでした」
「あれは驚いた……。突然顔を拭かれたと思ったらとびっきりの美人さんが目の前にいたからな」
「ふふ。ありがとうございます。私もヤーシス様が珍しく慌てて私をお呼びしましたので何事かと思えばご主人様で驚いてしまいました」
「そうだったんだ」
あの時ヤーシスは用事があるって早々に駆け出して行ったんだけど、まさかその用事が俺にウェンディを案内させることだとは思わなかったな。
まあそのおかげであの日は楽しかったけどな。
「そういえばあの時選ばせていただいた服をずっと着ていただけているんですね」
「当然。俺が元々着てた服は今や魔法空間の片隅で眠ってるよ」
「あの服もピシッとしてて格好良かったのですけどね」
「でも浮いてたろ?」
「うふふ。そうですね。一人だけ違う世界の人みたいでした」
「まあその通りだけどな」
そりゃ化学繊維のスーツとYシャツじゃ変に浮くよな。
「お買い物も、お食事も凄く楽しかったです」
「だな。なんというか本当に幸せな時間だった」
「その後は……。まあ色々ありましたけど、今は結果的にご主人様に買っていただけたので良かったです」
「色々、だな。俺も頑張ってよかった。ウェンディも住む家も手に入ったし、皆にも感謝しないとだな」
「そうですね。私も、皆様に感謝しています」
家も一緒に暮らしたい家族も手に入った。
あとは何も起きずゆっくりと暮らしていけたらそれでいい。
「そういえば、膝枕……」
「ん?」
「アイナさんやソルテさんはなさったのに私は駄目なんですか?」
「へ?」
「ですから! 中央広場で膝枕を申し出たのにお断りしたじゃないですか! だから、私は駄目なんですか?」
「いや全然むしろお願いしたいけど、ここで?」
「ち、違います! ちゃんとお洋服を着てからです!」
ちぇ。
しかしよく考えれば全裸で膝枕か……。
膝枕と聞けば着衣だが、ふむ。
未だかつてないエロスが俺を呼んでいる気がする。
これは一考の余地アリだな。
「何を考えてらっしゃるんですか? えいえい」
「うおお!?」
ウェンディさん!? 今の状況わかってます?
そんな、腕を取って押し付けるだなんて!
ナイスな行動を!
「『幸せすぎて泣きそう』ですか? うふふ」
「ああ。幸せすぎて泣きそうだよ……」
「うふふ。あの日、腕を組んでいて恋人のようだなって思ってしまいました。でも、他の方から見て私達は恋人に見えていたでしょうか? それともただの奴隷と主に見えていたのでしょうか?」
「少なくとも俺もあの時は恋人みたいだなって思ったよ。それに、凄く嬉しかった」
「私も嬉しいです。すごく、とても。泣いちゃうくらい嬉しいです」
目じりに涙を浮かべて、えへへっと頬を紅くして笑うウェンディ。
自然と視線が絡み合い、俺はそっと口付けをした。
お互いに何も言わず、長い間口を結び合った。
そして少しの余韻を残してそれを放すと、ウェンディの目がとろんとしていた。
「ウェンディ……」
「ご主人様ぁ……。私、幸せです」
「俺もだよ」
「はしたないと思いませんか? いやらしいと思いませんか?」
「思うわけない。むしろ嬉しいよ」
「ああ、よかった……。えへへ。ドキドキしますね」
当然俺だってドキドキしている。
ウェンディをぎゅっと抱きしめてから再度口付けをして、俺たちはくっついたままお風呂を後にした。