3-3 マイホームマイライフ マイホーム案内(テラスと地下室)
厨房の見学を終えた俺たちは一階にある二つの客間を見て二階に上がった。
階段を上ってすぐに分かれ道となり、左が俺の部屋、右がシロとウェンディの部屋となった。
一人一部屋でも良かったのだが、一人だけ一階というのもさびしい上、奴隷だからと押し切られてしまった。
「シロ、部屋の行き来が面倒だからってシャンデリアに飛び乗って渡るなよ?」
「……わかってる」
あの顔は分かってなかったな。
二つの部屋の間にはちょうど一階に抜けているシャンデリアがあるので、回り道するよりも真っ直ぐ来た方が早い。
身軽なシロならシャンデリアに飛び移りそうだなと思ったのだ。
「危ないから駄目だぞ」
「分かってる。あれに飛びつかなくても渡れる」
「いや普通に歩いてきなさい……」
危ないからね……。
リビングに入ると、暖炉にソファーが二組そしてテーブルと今はまだ寂しい状態だが最低限の物は揃っていた。
「ソファーもテーブルも最高級品だぞ。約束どおりな」
「おー。高そうな、すわり心地の良さそうなソファーだな」
「あったりまえだ。木工ギルドの親父特製のナラウッドのフレームに、中の生地はズーズーシープの羊毛100%だぞ。買ったらいくらすると思ってんだ」
「と、言われてもわからないのが俺なんだな」
「これだから流れ人ってやつは!」
そんなこと言われてもナラウッドもズーズーシープも初めて聞いたんだから仕方が無いと思うの。
「シロ、爪とぎしちゃだめだからな?」
「そんなことしない。猫じゃないの」
そうなの?
欠伸とか普段の様子からてっきりするものだと思ってたんだけど。
やっぱ猫と猫人族じゃ違うのか。
じゃあたまねぎとか食べられるんだろうか。
それにしても広いしゆっくりできそうなリビングだ。
冬は暖炉でマシュマロとか焼きたくなるな。
あーでもマシュマロってあるのか?
じゃあチーズフォンデュだな。
パンかなにかに付けて食べるのもいいな。
「テラスにはリビングから出ることになりますので、ご自分のお部屋からは出られませんのでご注意くださいね」
ってなると基本はこの部屋に集まることになりそうだな。
まあリビングってくらいだし当然か。
「いやーなんかこれだけ見ても少し悪い気がしてくるな」
「お、そうか。なら代金を」
「いやでも仕方ないからな! うん。仕方ない!」
「てめえ……」
あぶねえあぶねえ。
実際悪い気はしてるんだが、一体幾ら払わされるのかわからないからな。
貰える物は大人しく貰っておくとしよう。
「ここならゆっくり出来そうですね。茶器なんかも欲しくなってしまいます」
「よし。じゃあ目録に追加だな」
「はい。茶葉は私が選んでしまってよろしいでしょうか?」
「うん。俺はわかんないしウェンディが選んでいいよ」
「お前本当にいい度胸してるよ……」
「ははは。父上形無しですね」
「言うな。元はといえばメイラが俺に器量を見せろとか言ったせいだからな。メイラの上納金を上げてやる」
「それは酷いですわ! お養父様だって納得したじゃありませんか!」
なにやらダーウィン一家は揉めているようなので勝手にテラスに出てしまおう。
「おー。庭も見えるし、小さいけどあそこ中央広場かな?」
「そうですね中央広場の噴水が見えます。風の通りもいいですし、気持ちがいいですね」
「ぽかぽかする。ここでお昼寝したい」
「そうだな。何かここで昼寝ができるように作るか」
鉄のフレームに布を張って真夏のビーチにあるラウンジャーのようなものを作るか。
それと小さめのテーブルとイスだな。
これらは俺が作った方が丁度いいものを作れそうだし、自分で作るか。
それにここで昼寝をするのは大賛成だ。
だから早めに作ってしまおう。
「どうですか? 中々のテラスでしょう?」
「ああ。ここだけでも最高に気持ちがいい」
「西地区と南地区の間で、一番日当たりも風通りもいい場所ですからね」
「そうだぞ。しかも中央広場まで一直線。優良物件だろ?」
「だな。本当にありがとうな」
「っは。いいさお前とはこれから長い長ーい付き合いになるからな。これくらいの先行投資安いもんだ」
「いや俺に何をさせるつもりだよ」
「色々だよ。色々。楽しみにしてろよ」
嫌だよ。怖いよ!
それに俺はゆっくり出来そうな家を手に入れたんだか極力何もしたくない。
最低限の衣食さえ確保できればあとはまったり過ごす予定だ。
「それじゃあ最後に地下のほうに行きましょうか」
「ある意味メインだな」
常に使う仕事場と、俺の期待のお風呂場だからな。
それにここはダーウィン一家が手をつけた部分であるので、期待が持てるだろう。
二階から階段を下りてそのまま地下に降りていく。
薄暗い地下室、というよりは明るめの秘密基地のようだろうか。
地肌がそのままではなく補強されていて、魔導ランプもきちんとついているのだ。
「まずどちらから参りますか?」
「じゃあ楽しみは最後ってことで錬金室からで」
「おう。こっちは俺が自ら主導で作ってやったからな。こっちこそ楽しみにしろよ?」
「贅沢ですわよ……。お父様途中から気が乗っちゃって遠慮なく趣向を凝らしてますから」
「何事も中途半端はよくねえんだ。引き際と中途半端は別物だって覚えとけ」
「ダーウィンの力作か? って聞くと期待半分怖さ半分だな……」
なにがあるのかと言われれば困るのだが、俺にわからない何かがあるって言う恐怖心があるのだ。
「そこは大人しく期待してろよ。まあいい。まずは見てみろ」
そういってダーウィンが錬金室の扉を開けた。
何ということでしょう。
ここが、錬金室?
いやまて、そもそもここが異世界だと?
「どうよ」
ダーウィンがドヤ顔で俺に尋ねてくるが、どうもこうもない。
「いや待て、なんでこんなに涼しいんだ」
「ほう。まずはそこからかいいだろう説明してやる。涼しさの秘密はこれだ」
そういってダーウィンが手に取ったのは小さな卵型の機械、中には水?が、入っているのだろうか?
「こいつは王国御用達の錬金術師が作った最新式の冷房魔具だ。まだ市場にも出回ってない代物だぞ。こいつに魔力を通すと、中にある水と風の魔石が反応して涼しい風を流すとともに乾きやすい部屋を潤してくれる優れものだ」
ようは加湿付きの冷房だろう。
いや、元の世界では当然あったが、こちらの世界にあるとは……。
属性付きの魔石か。
魔石は空の魔石しか使ったことが無かったが、属性付きの魔石を使ってみるのも面白いかもしれない。
「あとなんか気のせいか空気が綺麗なような」
「当然だ! こいつの機能はそれだけじゃない。空気中の有害物質を吸引、分解しての自浄効果もある。この部屋に毒ガスが撒かれてもこいつがあれば安心だ!」
「いや、ここに毒ガスが撒かれる事態になったらとっとと逃げるけど……」
それはどういう状況なんだ。
俺が錬金作業中に毒殺される可能性とか、怖すぎるだろ。
「まあもしもの話だ。それくらい効果があるってことだよ」
「なるほどな。しかしこれ凄いな」
「まあなかなか大量生産が出来ないみたいでな。市場に出回るのはまだ先なんだが、感謝しろよ?」
「するする。快適な場所で仕事ができるなら感謝するって」
いやまさかこの世界に空気清浄機があるとは思わなかった。
換気ダクトみたいなものはあるとはいえ空気が篭りそうだったからな。
これは感謝せざるをえないだろう。
「次はこいつだ!」
そしてぽんっと叩いたのは錬金用の机に取り付けられたイスだった。
「ブラックモームの革100%に中はさっきも言ったがズーズーシープの羊毛と、ガープダックの羽毛で作られた最高級品だ! しかもリクライニング機能を搭載していて、疲れたら椅子を倒して休むことが出来る」
なんていうか社長椅子?
黒革の社長椅子だ。
黒い革が硬そうな印象を与えているが、実際に座ってみるとふっかふかで極楽のすわり心地である。
これは作業が捗るどころか、眠くなって滞るんじゃなかろうか。
「ん、あれ? この椅子回るのか?」
「そうとも!こいつは座席の関節部に工夫がされていて何と椅子が回転する! しかも風の魔石が座席を常に蒸れないように微風を送り続けるから暑くならない! 正直俺の椅子よりいい奴だぞ」
「うへえ、高そうだな」
「これ一つで庶民が4ヶ月暮らせますわ……」
4ヶ月って、駄目だ細かい値段は聞きたくない。
椅子一つで4ヶ月って……。
「続いてこいつだ。お前さんは手作業での錬金の腕がいいらしいからな。細かい作業をする際に使える備え付けの顕微鏡に、ライト。それと一階の厨房の壁とリビングの壁に取り付けられた魔具で用事があればすぐに呼びつけることも可能だ!」
「すげえな……。まさかここまで充実しているとは思わなかった」
「まだまだあるぜ。ソファーはさっきのよりは落ちるがそれでも高級品だ。ここで寝たって問題ないし、扉には鍵がついてるから一人になりたいときにももってこいだ。あとは小さな竈に、水道も完備しているからまあ錬金でこまることはないだろうな」
まさに至れり尽くせりである。
錬金術師ギルドの錬金室は最低限の物が揃っているだけだったが、ここは快適に生活をしながら仕事をする環境が整えられているようだ。
これはモチベーションが上がるな。
仕事って環境が本当に大事だと思う。
「いや、マジで凄いな。これは錬金のしがいがあるわ」
「だろ? 正直予算オーバーだが我ながらいい部屋になったと思ってるぞ」
ダーウィンのドヤ顔にも頷けるというものだ。
「次は私が設計したお風呂ですわね! 案内して差し上げますわ!」
感動が止まぬままメイラに手を引かれて錬金室を後にした。
やはり錬金室を出ると、涼しいは涼しいのだが室内のほうが心地よく感じてしまう。
「ここにもあの機械が欲しいところだな。自分で作ってみるか」
「おいおいあれは一応銘が入ってるから改造はすんなよ?」
「元の世界に似たような物があるから原理は分かってるよ。っていうか、一緒じゃなければいいんだろう?」
「まあな。まあ出来たら一度俺にも見せてくれ。物がよければ買い取るからよ」
「あいよ。できたら安くしとくよ」
「当然だろ。ここまでしたんだからそれくらいは頼むぜ」
勿論だっての。流石に引け目を感じるってもんだ。
それに属性付きの魔石を扱うのは興味があるし、材料を買えたら早速作ってみようと思う。
「さあまずは脱衣所ですわ。ここはあえて普通にさせていただきました。別に材料費が足りなくなったとかではないですからね?」
「いやいいよ。こっちの方が落ち着くし」
温泉地の脱衣所のように棚に籠などが置かれ、大き目の鏡に水道がついている。
異世界らしくはないが、日本人の俺としては落ち着けるのだ。
「それではとっておきですわ! ご覧あれ!」
メイラは自信満々に引き戸を開けると、中の光景に俺は目を疑った。
「檜? 檜風呂か?」
「やはりご存知ですのね! そう。こちらは最高級1000年檜の檜風呂ですわ! 火に強く、水に強い珍しい木々で腐らず燃えずカビも生えない最高の素材です。流れ人の方が温泉街ユートポーラでこちらを大層気に入ったと聞きましたので再現させていただきましたわ!」
凄いな。いやまじで。
だって家に檜風呂があるんだぜ?
ああ、温泉で入るたびにうちの家もこうなんねえかなあとか考えてたけどそれが実現するなんてな。
しかもそれが異世界で。
あとなんだっけ?
温泉街ユートポーラ?
なんだよあるじゃん素晴らしい場所が。
俺ってばその街に興味惹かれまくりなんですけど。
「当然桶も同じ材質で作らせていただきましたわ!」
「すごいな。ってかこれってお湯はどう張るんだ?」
「お水は水道から出てきますが、溜まるまで時間がかかりますわ。魔法の袋があるなら近くに綺麗な河がありますからそこでお水を確保する方がよろしいかもしれません。それで温める方法ですが、こちらの鉄籠に焼けた石を入れるか、火の魔石に魔力を注いでつけておけば温度が上がりますわ」
んー。入りたいときにすぐには入れないか。
温め方は火の魔石のほうがいいな。そっちなら安全にウェンディやシロに頼むことも出来るだろうし。
「そういえば、ダーウィン。さっきの機械ってどうして自浄作用があるんだ?」
「ん? あの機械に張ってある水が教会で清められた聖水なんだよ。聖水は大量にはくれないからな、だから大量生産が出来ないってのもあるんだがな」
「ふむふむ。聖水か」
同じ様に全自動でお湯を浄水化できないだろうか。
じっくり設計する時間さえあればできる……かな?
自動湯沸しもできそうだけど、こっちは家に火がつく可能性がありそうでまだ怖いか。
となると、まずは自動浄水機能付の魔具を作ってみるとしよう。
「ぶつぶつ何を言ってるんですの?」
「いや、水の張替えが面倒だなあって思って、魔道具を作ればなんとかならないかなって」
「なりますの!?」
うおおう。どうしたんだいきなり鼻息をふんすといわせて。
「ま、まあできなくはないと思うけど」
「そ、それがあればいつでもお風呂に入れるんですのね?」
「多分だけど、水は浄化されて綺麗にはなると思う」
「それってさっきの魔具と似たような物を作るってことか?」
「まあ。教会から聖水は必要になるけど、要は水が綺麗ならいいんだろ?」
ただあの器具は空気だからうまくいったところがあると思う。
聖水に触れた、または聖水付近の空気を綺麗にするとかだと思うんだけど。
聖水で水を綺麗にするとなると混ざってしまうから難しいかもしれない。
まあ最悪火の魔石で温度を100度に上げれば煮沸消毒にはなるだろう。
ただそうなると、風の魔石で吸い込んで、火の魔石で煮沸消毒して、水の魔石で温度を冷やすといった形になりそうだ。
それならば聖水をうまく固形物と合成させて風呂の中に沈めた方が楽かもしれない。
まだまだまとまりはしないが、できないということはなさそうだ。
そもそも聖水の効力がどれほどなのかわからないので、まだ憶測の域を出ないのだが。
「ああ、それが完成したら是非私に売ってくださいませ! 水の張替えが大変なのでお風呂は毎日入り辛いのが苦だったのですわ!」
「あー。まだまだ空想の段階だけどな。まあ俺も欲しいし完成したら報告するよ」
「わかりましたわ! あ、じゃあギルドカードに私の名前を登録しておきますから、出してくださいませ!」
「あいよ。ギルドカードオープン」
出てきたギルドカードをメイラに手渡すと物凄い勢いで名前を書き込んでいった。
「いいなあ……」
「お前は気に入った男をすぐに登録しちまうからもう埋まっちまってんだろ?」
「そうですけど……。あーこんなことなら一枠残して置けばよかった!」
「先見の明がねえなあ。そんなんじゃ俺の跡は継げねえぞ?」
「いやだから、継ぐつもりはないんですって。自立して自分でやっていきますよ」
「っけ。親孝行の出来ない奴だな」
「親孝行なら上納でしてるじゃないですか」
「確かに毎月随分と多いけどなあ……。実際お前以外継げるとしたらよ……」
「まあ、彼女しかいませんよね」
ダーウィンとダーマは一人毎日風呂に入ることを夢見るメイラへと視線を向ける。
「ああ、これで朝起きて臭い自分にがっかりすることがなくなりますわ! 若様? 必要な材料があれば何でも言ってくださいませ? 私、なんでも集めてごらんにいれますわ!」
「あ、ああ。じゃあ早速。聖水と火と水と風の魔石を目録に入れておくから」
「わかりましたわ! 大きいのから小さいのまで各種集めておきますわ!」
「お、おう」
やはり女性にとって匂いは敏感なのだろう。
シャンプーやリンスは難しいかもしれないが、入浴剤や石鹸なんかなら作れそうだし、作る際は女性受けを狙っていい香りのするものを作ってみようと思った。
このままだと部屋の説明でもう一話になりそうだったので、急めで話を進めました。