閑話 1 錬金術師ギルドの受付嬢 1
ご感想で閑話を書いてみるのはいかがか!といわれたので早速書いてみることに。
誰にしようか考えたところ、ご意見もありました錬金術師ギルドの受付嬢リートさんに脚光を浴びせてみました!
リートさん若干26歳の彼氏募集中の苦労人です。
リート・エフシンク(26)の朝は早い。
第二街と呼ばれる、第二城壁と第一城壁の間に居住区に家を持つ彼女は、今日も日が昇る前から働き先である錬金術師ギルドに足を運んでいた。
まだ出歩いている人もまばらな暗い道を女性一人で歩くなど危険極まりない行為だが、彼女に暴行を働く者などこの街にはいるわけがない。
何を隠そう彼女の上司はかの『超常のレインリヒ』なのだ。
過去の逸話をいくつか話すならば、彼女が馬車で移動中その馬車を襲った盗賊がいたのだ。
だが御者が言うには忽然と姿を消したらしい。聞こえたのは叫び声ですらなく「あ……ああ……」という小さなうめき声と、小さな灰のような粉が風に吹かれて舞っていたとか。
それ以外だと彼女の所有する山には奇妙なはえかたをしたキノコがあるとか。
人の形を保ったまま、全身が緑色になっておりそこから無数のキノコが生えていたり、龍種と呼ばれる地龍の形が残されたまま、その背中から樹の幹が生えているとかそういう噂が広がっている。
本当か嘘かはともかく、そんなレインリヒのギルドの受付嬢に手を出す輩はこの街にはいないのだ。
だからなのかリートは考え事をしながらぼーっと歩いていた。
(はぁ……今月のお給料大丈夫かなあ)
最近の悩みは冒険者ギルドとの契約が製薬ギルドに奪われかけていること。
冒険者ギルドは大口契約相手なので重宝していたのだが、上司であるレインリヒは卸す数が減っても気にする素振りすらない。
それどころか仕事が減ったと喜ぶ始末だ。
そもそもそのポーションを作っているのは私だ。
レインリヒ様は普段ポーションの一つも作らず、自分の研究に没頭しているのを私は知っている。
他の錬金術師の人たちも自分の研究に没頭して錬金室から出てこないのではっきり言って役立たずばかりである。
はぁ、これは私も引き抜きを受けるべきだったのだろうか。
私がいくら徹夜でポーションを作っても私はギルドに雇われている身なのでお給料は変わらない。
レインリヒ様亡きあとは私がギルドマスターになれるのは分かっているが、このままではそれまでに干上がってしまうかもしれない。
はぁ。転職しようかなあ。
お給料上がらないかなあ。
フリーの方が儲かるかなあ。
それとも遅いかもしれないけど誰か私を貰ってくれないかなあ。
そんなことばかり考えている間に錬金術師ギルドに到着する。
朝日が昇ると受付業務をしなければならないので、今すぐ回復ポーションを作り始める。
(せめてこの半分でも作ってくれる人がいたらなあ……)
幸いなのは回復ポーションの(小)以下で済むので錬金レベル8の
それでもこんな時間から始めないと準備、作業、片付けが終わらないのである。
(静かだなあ……。研究馬鹿でもこの時間は寝ているなんて健康的で羨ましいわ)
作り終わったポーションをケースに仕舞い、冒険者ギルドに届ける準備をする。
その数およそ6ケース分。12×6で72本だ。
持っているのはレインリヒから借り受けている魔法の袋(中)。
さすがにこんな量のポーションを女性一人で運ぶのは無理だと頼んだら貸してくれたのだ。
(これ持って逃げちゃえば残りの人生質素になら暮らしていけるのに)
そんなことをするつもりはないが、あまりにブラックな職場環境にそう思わずにはいられなかった。
今日はなにやら驚きの出来事が起こった。
久しぶりに顔を出した隼人様が一人の男性を連れて錬金術師ギルドにやってきたのだ。
以前来た時はレインリヒ様に用事があったようで私は話したことがなかったのだが、見た感じまだまだ駆け出しのひよっこ冒険者だったのにあっという間に伯爵様になっていた。
そんな伯爵様と同じ<流れ人>な新人さん。
もしかして凄い人なのかもと期待したのだが、レインリヒ様に聞くと能力は平凡。
まあ錬金のスキルはあるようなので、私も陰ながら支えてあげようと思う。
ようやく入った新人だ。私をこんな苦行にさらした製薬ギルドには取られないように大切に支えようと思った。
早速私が! と思ったらレインリヒ様にお使いを頼まれてしまった。
むう。可愛い新人(同じ世代の男の子)と触れ合う機会だったのに。
お使いといってもレインリヒ様の私的な用事である。
お花屋さんでマンドレイクの根っこと、毒華ザザブランカを貰ってきてほしいって、一体また何を作るつもりなんだろう。
麻痺毒のあるマンドレイクの根と、幻惑効果と、精神汚染効果のある毒華ザザブランカで作れるものはどう考えても劇物である。
はぁ、レインリヒ様厳しくしすぎて新人さんがやめちゃうなんて結果だけはごめんですからね!
「ただいま戻りましたー」
「おかえり。遅かったね」
「そういうこと言うなら次からご自分で行ってください。……あれ? 新人さんは?」
「今もう錬金室でポーションを作ってるよ」
「わあ早いですねえ。早く成長して私の代わりに冒険者ギルドに卸すポーションを作ってほしいなあ」
「なんだい。不満があるのかい?」
「あるに決まってるじゃないですか。寝不足は乙女の敵なんですよ? 最近肌荒れも酷くなってきた気がします」
すべすべだったほっぺががさがさになるなんて耐えられないんですからね。
「あんたの得意な化粧品で治るだろう?」
「それを作る暇も無いんです!」
私だって錬金術師なのだ。作りたいものの一つや二つくらいならある。
化粧品だって売れば結構儲かるのに!
最近は忙しすぎてまったく作る暇が無いのだ。
夜も更けてくる以前からだが、錬金術師ギルドを訪れる人は少ない。
受付の仕事は、行商人がポーションを買いに来るとか、依頼をしにやってくる人の対応だけだ。
本来なら新人さんのように新たに錬金術師を志す、若者のサポートも行うのだが昨今は全く錬金術師になろうという子は訪れてこないのが現状だ。
そんな時、新人さんがいるはずの錬金室から『ッゴン』という鈍い音が聞こえてきた。
何かを落としたのだろうかと考えて、まあ大丈夫だろうと思っていたら何度も音がするのが聞こえる。
4回目の音がした時に錬金室を覗いてみると、どうやら机の上に伏せて寝ているようだ。
だがむくりと起き上がると錬金の光が見え、また糸の切れた人形のように頭を机に打ち付けていた。
(あー。強制錬金ですか)
MPが足りないのに大量に分解や錬金をかけてしまう時に起こる作用である。
新人の時は範囲選択が甘くなりがちなのだが、机の上を見る限りまだまだ朝まで続きそうである。
これは新人なら誰しもが通る失敗だ。
私もやった。間違えて全部の材料に錬金をかけてしまい、回復ポーションを作り続けてしまったことがある。
その時出来上がったポーションが転がり、机から落ちて全部割れてしまったことに比べれば鉄鉱石の分解作業はマシなほうである。
頑張ってとしかいえないので私は背中に小さくエールを送りつつも、見なかったことにして帰路へとついたのだった。
今朝は遅刻をしてしまった。
連日連夜睡眠時間が短くなればどっと寝てしまう日も出てきてしまうと思うの。
だから私は悪くないと言おう。
もしレインリヒ様が私を責めたらいい機会なので辞めてしまおう。
だがこういう場合大概レインリヒ様は私を怒らない。
運がいいのか悪いのか、私がこう決めた時は決まって何も言わないのだ。
そんなところがまた憎らしいのだが、とりあえず急いで錬金術師ギルドを目指そう。
「寝坊しました! ごめんなさい!」
「ああリートか。別にいいよ。今日は私が受付をしておくから冒険者ギルドに出すポーションの方を作っちまってくれ。終わったら教えておくれ」
ああ、やはりレインリヒ様は怒らなかった。
絶対心を読まれているんだと思う。
そうでなければ私が働きだしてからずっとこんなことが起こり続けるわけがない。
もう何度辞めようと思ったことか数えるのはやめたほどだ。
「はいわかりましたー。あれ、新人さんは?」
新人さんがいた錬金室のドアが開いている。
中には誰もいなくなっていた。
「ああ、朝食がてら冒険者ギルドにポーションを届けに行ったよ」
「え、じゃあ私造らなくてもいいんですか?」
「馬鹿いうんじゃないよ。一日目でそんなに造れるわけ無いだろう? そうだね。今日は各種20個くらいずつでいいんじゃないか」
「あんまり変わらないですけど……。まあ新人さんが頑張って減らしてくれましたし、喜んでおきますか」
そう。逆に考えれば一日目でそれだけ造れたって事だし、これは将来有望なのではって期待をもってしまいましょう。
そうポジティブに考えて私は私専用の錬金室へと入っていく。
もう完全に私的空間と化しているこの部屋は下手すると住んでいる部屋よりも私物が多いかもしれない。
ここにベッドを持ち込めれば出社時間が短縮できるなーなんて、いつの間にか毒されている思考をぶんぶんと頭を振って打ち消した。
それにここで寝過ごしたら起こされる為に部屋に入られてしまう。
ずらっと並んだぬいぐるみたちが見られてしまうと、ミステリアスなお姉さんである私のキャラが崩壊の危機に陥ってしまうだろう。
それだけは避けねばならない。
「さて、新人君が頑張ってくれたんですし、私も頑張りますか!」
確かに数値として労力は減っているのだ。
今日は普段の鬱屈な作業と違って気持ちよくお仕事が出来そうである。
ポーションの作成が終わり受付に行くとレインリヒ様はいなかった。
受付嬢が受付にいないなんて!
とりあえず誰もいない寂しい状態のカウンターに座り、欠伸を一つ。
すると入り口からレインリヒ様と件の新人さんが一緒に入ってきた。
あれ? レインリヒ様怒ってない? 新人さんはびしょぬれだし。
「リート。今日から回復薬を冒険者ギルドに卸すのは無しだ」
「え、あ、はい。でもいいんですか?」
「もちろんさ。あいつらが動かないなら私達がしてやることは何もないよ」
「えっと……」
「ふん。大方製薬ギルドの連中と勘違いして嫌がらせでもしてきたんだろう。せっかくいい腕の奴と面あわせをさせてやったってのに」
「ほ、本当にいいんですね? ただでさえ製薬ギルドに人が流れちゃって財政難ですし、残ってるのは自分の研究にしか興味のない方々ばかりなのに……」
「リート長い付き合いだ。わかるだろう? 怒ってるんだよ私は」
「は、はいー。では明日から納品を……」
「今日からだよ! あいつらが詫びに来ない限りせいぜい製薬ギルドの高いポーションでも買っていればいいさ」
「わっかりましたー」
おー怖。レインリヒ様を怒らせちゃいけないなんて、この街に住めば5歳児でも知っていることだ。
それにしても、あーあ。私のポーション無駄になっちゃったな。
でも納品に行かなくてすむのは楽でいいや。
最近冒険者ギルドの雰囲気も悪いし、なんだか気分が落ちるんだよね。
その後新人さんはすぐに錬金室で作業を再開していた。
うん。凹まないですぐに気持ちを切り替えられるのは凄いと思うよ!
その調子で頑張るんだ! お姉さんは応援してあげるからね!
「リート。この後の業務を前倒しで終わらせときな」
「えっと、この後は経費と税金の計算と、あとは……棚卸しは昨日終わってるから、在庫が切れている物の買出しなんですけど……」
「なら私が計算をやるよ。あんたは在庫の補充と買出しをしてきな」
「は、はいー」
あーあ。レインリヒ様怒ってるよ。
自分で面倒な計算をやりだすくらいだもん。
これは万全を期して応対する気だよ。
ご愁傷様。でも同情はしてあげません。
私だって怒ってるんです。新人さんが頑張って造った初めてのポーションだったのに!
あーもう腹立たしい! あとで出すお茶に痺れ薬でも混ぜてしまいましょうか!
買い物から帰って数刻、新人さんはまだ錬金室で粘って何かを作っているらしい。
そんなところに四人が錬金術師ギルドに来訪してきた。
対応するのは当然レインリヒ様。
私はお茶汲みをしていたのだが、聞けば聞くほど腹立たしい。
同じ受付として、冒険者ギルドの受付がここまでずさんだとは思わなかった。
ただレインリヒ様が可愛くて腕のいい『弟子』と言うと思わなかったのでそれには凄く驚いた。
レインリヒ様が弟子を取られたなんて聞いてない。
多分口から出たでまかせだとは思うが、あの人の弟子には私ならなりたくない。
「……とにかく。本人と話をさせてくれないか? 彼が納得したらこの件は収めてほしいのだが」
「お断りだね。あの子にこれ以上悪影響を及ぼさないでくれるかい? あの子はたった一日で回復ポーション(小)を作れるようになった優秀な錬金術師なんだ。あんたらみたいな力で何でも解決できると思っている冒険者に下手に手を出して欲しくないんだよ」
そう! その通りなのです!
話を聞いて驚きましたが、回復ポーションの(小)をたった一日で造ったんですよ?
普通は劣、よくて微までなのに本当に頑張り屋さんな良い子なんです。
下手に扱われて再起不能にでもなったら、私はレインリヒ様が無茶をしだしても、止める気はありませんからね!
「……問題の冒険者はギルドを追放……それに彼女にはギルドを辞めてもらいます。それとこれから三年間は我々の利益率1割での取引でいかがでしょう」
うーん。無難といえば無難でしょうか。ポーションの売却価格が上がるのは嬉しいですね。
もしかしたら私のお給料も上がるかもしれません。
解雇も妥当でしょうね。
受付もギルドの顔ですから、失態を演じたのであれば当然です。
「わ、わかりました。彼には冒険者ギルドから100万ノールを」
「耳が悪くてね。桁が違わないかい?」
「そんな、1000万ノールなんて足元を見すぎではないですか」
……相変わらずあくどいですねレインリヒ様は。
それにしても1000万ノールですか……。いいなあ。
私も今年のボーナスでそれくらいでたらなあ……。
さて、それじゃあ私はこの話の書類の製作でも始めますか。
えーっと契約書契約書。
書き方は……前の奴と同じでいっか。
えーっと、四年間利益率が1割の取引、罰則は……白金貨100枚で1億ノールっと。
よし。完成。
「そうかい。あの子個人に対しては1000万ノール相当ということでいいだろう。それでえーと、ギルド間の取引を四年間あんたらの利益が一割の取引にしてくれるんだっけかな?」
「わかりました……。それでよろしくお願いします」
うん。予想通り!
私が何年レインリヒ様の下で働いていると思ってるんですか。これくらい朝飯前ですよ!っと
「こちらが契約書類になります」
そういってレインリヒ様と冒険者ギルドのマスターさんに契約書を渡す。
不履行の場合は1億ノールとぶっとんだ金額ですが、今なら間違いなく通りますししっかりと読む力ももうないでしょう。
うん。レインリヒ様も満足そうで良かった。
ああ、これで私の生活も少しは楽になりますよね?
これでお給料も上がりますよね?
上がらなかったら本当にやめちゃいますからね?
「聞こえていたかもしれないが、この度君への謝罪として私は君の奴隷になることになった。奴隷商に行き値段を調べてから所持するか売ってしまうか決めてもらってかまわない。どうかそれで許してくれるだろうか?」
「お断りいたす!!!」
……えーっと、何を言っちゃってるんですかねこの新人さんは。
いいじゃないですか。男の子なんですから好き放題欲望のままに動いてしまっても誰も責めませんよ?
「なら尚更いいじゃないか。精を吐き出すなり、欲のまま貪るなり、肉に溺れるなり好きにしなよ」
ほら! レインリヒ様もそう言ってますし、あの豊満な体を好きにできる機会なんてなかなかないんですよ?
「それならさ、あんた材料収集なんかを任せるのはどうだい?」
「え?」
「だから薬体草とかだよ。別に四六時中一緒にいなきゃいけないわけでもないし、採集とかをこいつに頼めば材料費はただじゃないか。それに弱いあんたが危険な場所に取りに行かなくても手に入るなんて理想だろう?」
「そういうのアリなの?」
「当たり前さ。手の届かない所で働かせてもいいんだよ」
「なるほど……」
「それにあんたはてんで弱っちいんだから護衛として使うのもいいじゃないか」
「まあ外に出る予定は全くないから街の中での護衛になるけど……いや、でも……」
「はい。じゃあ決まりだね。まあ立場は変わらないんだけどね」
うーわー。
結局へたれさんでしたか。
「あ、そうだ! あの冒険者とその受付嬢の子はやめさせないでください」
そのうえまだ甘い事を言いますか。
私達は仕事に誇りを持って……。
「え、ええ。そちらがよろしいのであればかまいませんが……」
「もちろん。今回は紅い戦線のアイナさんが責任を持ちその責を追ったのですから彼らの罪は放免という形でいいでしょう。それにその冒険者がアイナさんの仇だとかって闇討ちされても困りますしね。ただ詳細の説明は皆さんからしっかりと頼みます」
「ああ、お父さん!」
「おおフィリルよ!!」
誇りを……。
ちょっと待った親子?
家族経営でギルドを運営してるんですか?
え、それって職権乱用ですよね?
受付嬢としての誇りは? ギルドの顔としてのメンツは?
「アイナさん本当に申し訳御座いません……」
「ごめんなさい。本当は私が奴隷になるべきだったのに……」
「いやいいんだ。これで二人に恩を返せる。結婚式、近いのだろう?」
は?
結婚?
え、何をいい話風にしてるんですか?
結婚? え? 私よりも若いですよね?
「情で訴えかけても撤回なんざしないからね」
全くもってその通りです。
ええ、むしろ裁定が甘いとさえ思います。
十分器物損壊で訴えることも出来ますし、結婚式前夜に犯罪奴隷に落してやりた……な、なーんて思ってませんからね。
ふう危ない危ない。
危うくダークサイドに私が落ちてしまうところでした。
ゴケッコンオメデトウゴザイマス。
続きは……。
明日三章の進み具合で……。
これ、二章の中にいれておいていいのかな?
まだあんまり章管理がよくわかってない人です。
6/13 0:11 ご指摘のありました誤字脱字を修正いたしました!
いつも本当にありがとうございます!!