2-17 商業都市アインズヘイル 決着・中その二
下を書いていたのですが、多くなってきたので分けました。
区切りが変かもしれません。
突然の乱入者によって一旦休戦状態となった。
その原因たる男はゆっくりと体重とは違う重みを感じさせてこちらに近づいてくる。
「おいおいおい。レインリヒ。お前こんな喧嘩でそんな物使う気か? 一体こいつらが何したって言うんだ」
その男の口調はゆっくりで声が低く感情の起伏が無いわけではないが感情が掴みづらい。
マイペースって軽そうな言葉では相応しくないのだが、マイペースである。
「っは。見れば分かるだろう。私の大切なギルドの入り口が見るも無惨になっちまってるじゃないか」
「それは直せば済むだろう。大丈夫きっと元々老朽化が進んでいたんだ。おあつらえ向きに体力には自信のありそうな男達だ。そいつらを使って直させりゃいいだろう」
「っは! そうだね。その件はそれで済ましてやってもいい。だがね、この子達を犯して殺すと言ったんだ。私のギルドでね。その事についてはどうするって言うんだい?」
「所詮言葉だ。実際にやったわけじゃない。なあにちょっとした脅しだったんだろう」
「そうかい。じゃあ私を脅したわけだ。この、私を」
レインリヒから嫌な気が漂ってくる。
腕や背中に鳥肌がぶわっと現れるような感覚だ。
「あー……あー。もしかしてキレてるのか?」
「見りゃわかるだろう? 今の私があんたにはどう見えるって言うんだいダーウィン?」
「なるほど。というかどうしてこうなった? 俺はあんたらに呼ばれたから来ただけなんだがな」
「あんたの馬鹿息子にでも聞いたらどうだい?」
「んー? 息子が来てるのか? どの馬鹿息子だ?」
なんだこの男。
分からない。マイペースすぎて、察しが悪くて、言動も、行動の理由も分からない。
嫌な感じだ。とても、嫌な感じだ。
俺が唯一分かることは尋常じゃないってことだけ。
こいつはヤーシスやレインリヒのような男だ。
敵に回したくない。正直に言って怖いのだ。
「おう。ダーダリルか。お前ここで何してる?」
「ち、父上……」
「パパだって言ってんだろー? いや親父だったか? 父様だった気もするな」
のっそりのっそりとダーダリルに近づいていく男。
「ち、違うのです! 奴らが! 奴らが不正を働いてボクを嵌めたのです!」
「んんー? いやまず何がどうなってんだって話だよ。いきなり違うとか言われてもな」
首を傾げながらゆっくりと歩いているダーウィンの後姿ですらダーっと黒いオーラを放っているように見える。
シロお願いします。その握った手を放さないでください。
「その、そこの女を賭けて勝負をすることになりまして……」
「ほう。お前が勝負ねえ。いいじゃねえか。勝ったのか?」
「違うのです! それが、最後の最後で卑怯な手を使われて! ボクは嵌められたんです!」
「ふーむ。お前の言い分は分かった」
「父上。では」
「うっし。次はレインリヒとヤーシスだな。そっちの言い分は?」
「勝負の内容はダーダリル様とお客様のどちらかがウェンディ様を買うかの勝負でした」
「あー。言ってたな。なんか女を手に入れたいから金が欲しいって。欲しいもんがあるならてめえで稼げって言った覚えがある」
「はい。それでダーダリル様には1億2000万ノール。お客様には8000万ノールを集めて私からウェンディを買い取るという勝負をしておりました」
ヤーシスよく普通に話せるね。
少しずつ慣れてきてるのかもしれないけど、俺にはまだ無理そうだ。
「んんー? なんで金額が違う」
「ダーダリル様は既に5000万ノールはお持ちのようでして、お客様の元金が350万ノール前後でしたから。あくまで平等にするためですよ。むしろダーダリル様に有利な内容だったかと」
「んんー。俺は納得はいかねえがこいつが納得したんなら勝負は正当だなあ」
「勿論。ヤーシス奴隷商館の名の下に誓って不正は無かったと断言させていただきます」
「なるほど。レインリヒは?」
「話すのは構わないが、なんであんたが偉そうにしてるんだい?」
レインリヒ様!?
あんたなんでそんな挑発するような真似をしてんだよですか!?
「あー。すまん。探偵気分になってたな。レインリヒのお話を聞かせてください。これでいいか?」
ダーウィンも煽り返したようだが、なによりも敬語が物凄く気持ち悪い。
「ふん。うちの子から買い取ったリストと商品だよ。チェックならヤーシスとダーダリルで行ってるさ」
「んー……。へえ。お前が利益度外視とかある意味不正じゃないか?」
「現物支給さ。これを私の弟子が作ったんだ。いい出来だろう? まだ始めたばかりなのに優秀な子だよ」
「弟子? お前が弟子を取ったのか? はぁー……長生きするもんだな」
ダーウィンがぐるりと体を回すと俺の方を見る。
視線が交わると、初めてダーウィンという男の瞳を見た。
暗く、深く何を考えているかまるで分からない瞳を。
俺はその瞳から目をそらせずにいた。
「ほーう。流れ人か。いいなお前」
「……」
ゆっくりと俺の方に近づいてくるダーウィン。
怖い。出来れば近づきたくない。来ないでほしい。
だが動けない。じっと視線はダーウィンの瞳からはなせず足も動かせないでいた。
そんな時、シロが俺の前に出てナイフをダーウィンに突きつけた。
「……来ないで」
「……大した忠誠心だ。いい奴隷だな。それで、そっちもいい女だ。どうだ。そいつんとこ辞めて俺のところに来ないか」
「イヤ」
「お断りします」
「駄目に決まってんだろ!」
っざっけんな!
ウェンディとシロに何言ってんだこいつ!
怖いとか怖くないとかそんなの関係あるか!
「おいおい。瞳孔開いてんぞ。冗談に決まってんだろ」
「二度と言うな」
「わあったよ。怖い顔すんなって。お前やっぱいいな。さっきまでびびってたくせに。レインリヒ、いい拾いもんだな」
「当然さ。私の弟子なんだ。勝手に手を出すんじゃないよ」
「おー怖。残念だ」
そういうとダーウィンはダーダリルのもとに戻っていく。
「さて、話をまとめるとお前は完膚なきまで完全に負けた挙句癇癪を起こしてわめき散らしてるってとこか」
「ち、父上? あんな奴らのことを信じるのですか!? 息子のボクよりも!」
「って言ってもよ。証拠もあるし、もうお前言い訳できなくね?」
「父上は、息子の、ボクの言葉が信じられないのですか!」
「血縁があるわけでもねえしな……。まあなんだ。お前は面白いから放っておいたんだが、こうも迷惑かけられちゃなー……」
「そんな……。で、では一緒に奴らを殺しましょう! 奴らさえ居なければボクは負けていません! 勝負自体を無くしてしまえばいい。そうすれば父上にご迷惑はかかりません!」
無茶苦茶だ……。
こいつどれだけ根っこから腐ってんだよ。と、思った瞬間、
先ほどまでの寒気を遥かに超える嫌な感じがこの場を一瞬で包み込んだ。
「ぁ゛あ゛!?」
その発生源は当然のようにダーウィンである。
片手で胸倉を掴んで小太りなダーダリルを持ち上げる。
「ぢ、ぢぢうぶぇええ! だにを!」
「てめえは負けたんだ。無様に。勝負をするなら必ず勝て。だが勝負を汚すような真似はすんな。やるなら命がけでギリギリを攻めろ。負けたら潔く引けっていつも言ってんだろうが!? なあおい。俺毎日言ってるよな! メイラ!」
「はい。お養父様。毎日耳にたこができるほどおっしゃられています」
何時の間にかダーウィンの横に現れた少女が答えた。
まじで何時の間にだよ。全く気がつかなかった。
しかも、女だ。まだ10代っぽいが、雰囲気は大人のそれだ。
お養父様ってことはまた養子、しかも義娘かよ。
「だよな! んで? こいつは何をした?」
「神聖な勝負を汚した上に、負けを認めず惨めに無様に吼えています。その上不可侵と定めたヤーシスと錬金術師ギルドに手を出しました」
「おおそうだ。くそめんどくせえ事になるから手え出すなっつったよな! っな!」
「はい。特にお二人は百害あって一利無しですから。他の子供たちも手を出すような真似はしておりません」
酷いな。
まるで災害みたいな扱いだレインリヒ。
そしてそれと同列に語られるヤーシス。
俺はお前の底が見えなくて怖いよ……。
「だよな! 二つ。二つだ! お前は一つどころじゃなく二つ破ったんだ! わかるかダーダリル。てめえは不可侵を二つ破ったんだよ!」
「お養父様、正確にはヤーシス様とレインリヒ様で分けねばなりませんから三つです」
「うるっせえな! 一緒だよ! 一つでも二つでも三つでも全部一緒だ! 俺らのルールを破ったら終わりだって分かってんだろうが!」
怖えええ。
最後八つ当たりじゃんか。
あの矛先が俺じゃなくて良かった。
ダーウィンが手を放すとダーダリルは膝と片腕をつき、喉を押さえてゴホゴホと苦しそうに咳をしていた。
「おいお前ら。こいつ連れて家の地下牢にぶち込んどけ。自殺しねえように口に布噛ませろよ。もしそいつが逃げたり死んだらお前ら全員殺すから。わかったら行け。目障りだ」
「ぢ、ぢぢうえ! そんな、ゲホッ! ゴホ!ええい触るな! ボクに触るんじゃない!!」
「黙れ。おいさっさと縛って連れてけ」
問答無用である。
というか勝手に帰されたらこっちの収まりはつくんだろうか。
あ、レインリヒ様まだちょっと怒ってらっしゃいますし。収まってないです。
そういえば俺も一つ忘れていたことがある。
「ちょっと待ってくれ」
「ああ? なんだ小僧」
「シロ。あいつだ」
「ん」
とことことみぞおち男のところに行き、また鳩尾に拳を一撃入れる。
男は声なき声をあげて、腹を押さえながら倒れ、もがき苦しんでいた。
こいつは下品な顔でシロに手を出そうとしたからな。
一撃いれないと気がすまなかった。
まあ俺がやるんじゃないんだけど。
「ひゅう。恐ろしい小娘だな」
「馬鹿言うな。最高に可愛くて頼りになるんだぞ」
シロは腰に手を当ててえへんと無い胸を反らせていた。
シロを恐ろしいとか、恐ろしい代表のあんたが言うなっての。