2-15 商業都市アインズヘイル 決着・上
シロに抱きついて錬金術師ギルドの前に居るとレインリヒに怒られたので大人しく錬金部屋に戻った。
シロはご飯の続きかと思いきやちょこんと俺の膝の上に乗ったまま何も言わずに足をぶらぶらさせていた。
大丈夫。この先のことを考えると二人が何をしでかすのか怖いだけだ。
まあ俺に被害はないだろうから構わないし、誰とは言わないがその被害者には同情をせざるをえない。
「主」
「シロ。ありがとな」
「ん、」
頭を撫でると目を細めて気持ち良さそうにしている。
手を顔のほうに持っていき頬を撫でるとあーんと噛み付こうとする辺り猫と同じだなって思った。
「ね、主。元気でた? ご飯食べていい?」
「出た出た。好きに食べていいぞ。冷めてるだろうから焼きなおすか?」
「ん、いい。主サンドして」
「あいよ」
ああ、俺シロを買ってよかったなあ。
たとえ戦闘が得意じゃなかったとしてもいい。
やっぱあれだね。生活には癒しが必要なんだよ。
この街に家を買うのもいいけど、できれば広い土地で川とか山とかのあるのどかな場所に住みたいよね。
そこで農業なんかしながらまったりスローライフを送ってさ。
シロには山で動物を取ってきてもらって、あとは釣りなんかもできるといい。
庭には農業とは別でウェンディが花なんかを育てたりして、お風呂も寝るのも三人で。
これが今の俺の理想だ。
「主、にやけてる」
「んー。いや楽しみだなって」
「またそれ。主何考えてる?」
「今後のことだよ。シロとウェンディと三人で幸せに暮らしたいなって」
「シロも。主と一緒に幸せになる」
「そうだなー。なろうなー」
嗚呼もう可愛いなあ。絶対シロはお嫁には行かせないからな!
「あーそうだ。ちょっと早いけどシロにプレゼントがあるんだ」
「ぷれぜんと? なにかくれるの?」
「そ。さっき作ったアクセサリーなんだけどな」
魔法の袋から取り出したのは先ほど作っていたリボンと鈴が二つ着いた髪飾りだ。
やはり猫には鈴が似合うと思っていたのだが、首には奴隷の首輪があるので首輪でないほうがいいと思い、髪飾りにしたのである。
「わ。可愛い!」
「気に入らなかったら作り直すから遠慮なく言ってくれていいからな?」
「んーん。これ可愛い。着けて着けて!」
シロが目を瞑って俺のほうを見上げる。
位置はちょうど猫耳の下辺りで、動いても猫耳に当たらない位置に着ける。
片側をつけ終わったらもう片方にもつけていく。
「よし。いいよ」
「ん。ありがと」
チリンっと鈴の音が響く。うん。やはり猫には鈴が似合うな。
金色をあらわすのに本物の金を使うしかなかったのだが、それだけの価値はあるな。
錬金レベルが8になっていて良かった。
『金鈴リボンの髪飾り 耐毒(中)対魔(中)対人(小)治癒(小)』
そして能力は耐毒、対魔、の(中)が2つ。の対人(小)が一つ。
更には治癒の(小)がついた能力4つ持ちである。
ちなみに耐毒は文字どおり毒耐性であり、対魔、対人は魔物や人との戦闘時に有効となる。
そしてなにより凄いのは治癒(小)である。
小なので効果は薄いが、自然治癒力の上昇だ。かすり傷程度なら治せるんじゃなかろうか。
こちらはイメージ付加なのだろう、猫に鈴は癒しと考えながら作ったからかもしれない。
売るとしたら150万ノールはくだらない品だろうな。
まあ金だし。大量生産するとしたら元手もとんでもないことになりそうだ。
「主。可愛い?」
「超可愛い。最高」
「んふ」
照れたように笑うと、鈴の音を気に入ったのか鳴らして遊んでいるようだ。
そこにノックも無く現れたのは
「おや、随分可愛いのをつけているじゃないか」
「えへへ」
「レインリヒ? ノックも無しにどうした?」
「お客さんだよ」
「了解。シロ行くぞ」
さて、どうなりますかね。
錬金術師ギルドの受付前のテーブルに付いたソファーにどかっと偉そうに座っているのはいつぞやの男だ。
「遅いぞ! ボクを待たせるなんて何様のつもりだ!」
「自分で用事があるくせに俺を呼びつけるなんて何様のつもりだ?」
相変わらず偉そうだな。
「それで、何のようだ? 生憎俺から用事は無いぞ。錬金で忙しいんだ」
「ふん。そんなの決まっているだろう。率直に言う。勝負から降りろ」
はいはい。来ましたよ。
ん? 何レインリヒ?
『話を引き伸ばしな』
ええ……。もう勝負は俺の勝ちだって言ってもよくない?
正直面倒くさいんだけど。
『いいから言うとおりにしな!』
わ、わかったよ。目だけで会話しないでよ。
怖いんだよ。分かっちゃう自分も怖いんだよ。
「何故だ? 降りる意味がわからない」
「ボクは今日中に1億2000万ノールが集まる。つまりボクの勝ちだ」
「なら何故俺を降ろさせる。お前の勝ちならわざわざ俺を降ろさせる意味はないだろう」
「これはボクの情けだ。お前が勝負を降りるならボクの心証も悪くなく終わる。むしろこれから優遇してやってもいい。ボクは秘密だがギルドのオーナーでね。そこのギルドに来るなら優遇してやってもいいぞ」
「オーナーってギルドマスターとは違うのか?」
「当然だ。ギルドマスターを決めたのはボクだからな。だからギルドマスターよりもボクの方が偉いんだよ」
「ふーん。なんでお前はしないんだ?」
「ボクが表立って仕事何かするわけないだろう? できる男は裏から支配するんだよ」
ドヤ顔が鼻に付くな。
俺も気づかないうちにしてしまわないよう気をつけよう。
「まあ俺にはここがあるから必要ないな」
「こんな寂れたギルドで何が出来る! 新進気鋭の若い奴らは皆俺のところに来た! わかるか? 今やレインリヒなんかよりボクの方が力があるんだ!」
「冗談だろ……」
お前、レインリヒを前に大言壮語にも程があるだろう。
それにしてもこいつが製薬ギルドのオーナー?
自分で自分が裏のオーナーだとバラすバカがいるのか? ああ目の前にいるのか……。
もしかして自分で言いまわってるんじゃないだろうな。だとしたら馬鹿を超えてる。
「生憎だが俺にはここが合ってる。お前に言われてお前の為に何かを作る気にはならない」
「馬鹿か! ボクに歯向かえばどうなるかわかってるんだろうな!」
「わかんねえよ。それに俺に何かあればお前の負けだ。もうお前の勝ちは近いんだろう?」
「それは勝負中の話だ! 勝負が終わればそんな約束なんて関係ないんだからな!」
まあ確かにそうだ。
勝負が終われば……っていうかもう終わってるんだけどな。
知らないのか。それとも知っているが惚けてるのかどっちだ。
多分前者だな。こいつが有能にはとても見えない。
「随分と盛り上がっているところ悪いけど、お客さんがお見えだよ」
「おやおや。これはご両人揃っておいででいかがされましたか?」
知っているくせに。白々しい男だよ全く。
「いいところに来たなヤーシス。ちょうど勝負の話をしていたところだ」
「ふむなるほど。では私も同席いたしましょう」
いやまず何故ヤーシスが錬金ギルドを訪れたのか疑問に思えよ。
ヤーシスもヤーシスで演技派かよ。神妙そうな顔で間に座るな。
「彼と話し合ってね。今彼に降伏を勧めて彼も快く引き受けてくれたところだ」
「いつそうなった。勝手に決めるな」
「なぜだ! ボクに歯向かえばお前に未来はない。わかるだろう? たかが一人の女風情で人生をめちゃくちゃにする気か? ヤーシス。こいつに程度のいい女を紹介してやれ。その金はボクが払ってやってもいいぞ」
はぁ……。
「主。ぶっとばしていい?」
「だーめ。まだ待っとけ」
「うー……」
「なんだそいつは?」
おい。俺のシロをそいつ呼ばわりたあいい度胸だ表に出ろ。相手になってやる。シロが。
「俺の護衛兼奴隷だよ。この前ヤーシスのところで買った」
「あの時か。そうか何をしに行ったのかと思えばなるほど。お前も諦めるつもりだったんだな。だからウェンディの代わりにそいつを買ったというわけだ」
んなわけあるかっての。
ねえレインリヒまだ?
まだ続けなきゃだめ?
『もう少し頑張りな』
……。
「そんなわけないだろ……」
「なら何故買った? 勝負を捨てたとしか思えない」
「シロは護衛として優秀だからな。何故か悪漢に襲われたから用心のために購入しただけだよ」
「はて、何故だろうな。私には見当も付かないが、普段の行いが悪いんじゃないか?」
どの口が言うんだろうな。
ニヤニヤと笑いながら白々しいにも程がある。
ねえまだ駄目?
『もういいだろう』
ああそう……。え、いいの!?
「そういえばヤーシス。貴様何故ここに来たのだ」
今更かよ。
気づくの遅いよ。
「お客様にお届け物をお持ちに参りました」
「届け物? なんだ。まだ他に女を買っていたのか? 貴様相当な好事家だな」
「心外だ……。激しく傷ついた」
こいつに、こんなやつに好き者扱いされるなんて……。
変態だなんだといわれ続けてきたが、今迄で一番傷ついた。
シロ。俺は違うからな。そういうんじゃないからな。
「お話中のようですが、私の用を済ませてしまっても?」
「ああ構わん。好きにしろ。どんな女を買ったのか見てやろう」
どこまで偉そうなんだこいつ。
それにしてもヤーシスにもレインリヒの意図が分かってるのか。
分からないのは俺とシロだけってことかよ。
当事者なのに! 俺当事者なのに!
「それでは。入ってきて構いませんよ」
ヤーシスが入り口の方に声をかけると扉が開かれる。
そこには三人の姿があった。
左側にアイナ、右側にソルテ。そして中央にはドレス姿で着飾ったウェンディ。
真っ白なドレスはまるでウェディングドレスのようであった。
清楚にして可憐。艶やかで美しい。
髪の色は形容しがたいのだが、薄いピンクのようなオレンジ色のような髪が光に反射して更に輝きを放っている。
くそう。今ほど俺のボキャブラリーの無さを悔いたことはない。
形容できない自分が恨めしい。
完全に見惚れていた。
口も半開きだったと思う。
それほどに美しい光景だった。
横に備える二人が、女神を守る騎士のように見える。
一枚の名画のような神秘性を醸し出していた。
「改めましてご主人様。ウェンディ・ティアクラウンでございます。これから先、何時いかなる時もご主人様にすべてを捧げますので末永くよろしくお願いいたします」
俺の横に来てそう宣言し、ニコリと笑うウェンディ。
「一生かけて幸せに、いや、一緒に幸せになろう」
「はい。ご主人様の夢、微力ながらお手伝いさせていただきます」
微力なもんか。
一緒に居てくれるだけで、それだけで俺はいくらでも頑張れる。
「シロ様もよろしくお願いしますね」
「前と同じシロでいい。私もウェンディって呼ぶ」
「はい。同じご主人様の奴隷同士、一緒に頑張りましょう」
「ん。一緒に幸せになる」
どうやら二人はヤーシス奴隷商館の中で知己であったらしい。
仲が悪い様子は見れないので問題はなさそうだ。
一緒に暮らしたい。一緒にスローライフを送りたい家族が増えた。
少しずつではあるが、俺の理想へまた一歩踏み出せたと思う。
これから先やらなきゃいけない事は沢山ある。
忙しさは変わらないだろうし落ち着く暇も無いかもしれないが、今はウェンディを手に入れた幸せを嚙み締めていよう。
ご指摘がありました 対毒 を 耐毒 に修正致しました!
本当にありがとうございます。
誤字脱字なども多く、違和感や間違いなどありましたらご遠慮なく申しつけてください!
至らぬところの多い自分ですが、感想やご指摘を糧にこれからも頑張らせていただきます!