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2-11 商業都市アインズヘイル ヤーシスと商談

ヤーシス奴隷商館の前に着くと以前会った、あの、なんだっけ。安男? まあいいか。安男が店の前の掃除をしているところだった。

俺に気がつくとなにやら顔をしかめて不機嫌そうな顔をしていた。


「なんのようだ。もう今日は終わりだよ」


態度まで以前とは違う。自分の客でないなら横柄な態度なのか。

それじゃあ客はつかねえぞ。

接客は笑顔と態度と言葉遣い、後は清潔感だゾ。


「ヤーシスに個人的に会いに来たんだがいるか?」

「……中に入れ。おい猫。ヤーシス様を呼んできな」

「猫じゃない。あと私の仕事は主の護衛。呼ぶならお前が呼んでこい」

「んだとこら! 奴隷のくせに俺に口答えか!」

「あー……いいよ。とりあえず中に入るから。そしたら誰か来るだろ」

「っち……。奥の部屋に入って待ってろ」


そういうと安男は先に中に入り、続いて俺達も店の中に入る。

猫耳少女は俺の手を引くと以前通された部屋に入っていく。

前座った席に座らされると膝の上に猫耳少女が頭を乗せてきた。

どうやら撫でろと目で訴えているようだ。


仕方ないなと頭や耳をころころと撫でていると、更に奥の部屋の扉が開いた。


「これはこれは。仲睦まじいようですねお客様。それで夜分にいかがいたしました?」

「ああ、さっきこの子に助けられてな。そのお礼を言いに来たんだ。もしかして寝てたか?」

「いえいえ。閉店してもやることは多いですからね。私の就寝はまだまだ先でございますよ」

「そうか。仕事の途中に悪かったな」

「いえいえ御気になさらないでください。それよりお役に立ったようでございますね」

「ああ。助かったよ」

「それはようございました……それで、」


チラリと猫耳少女を見るヤーシス。


「その子もお買い求めいただけるのでしょうか?」

「あー……まあその話は後で。二人で話をしたいんだが……」

「……邪魔?」

「邪魔ではないが……。まあいいか」

「よろしいので?」

「まあ秘密だぞ? シーだ。守れるか?」

「ん。守る。大丈夫」

「よしよし。いい子だなー」


ぐしぐしと頭のつぼを掻いてあげる。すると気持ち良さそうに目を細めていた。


「……驚きましたね。こうも懐きますか」

「ん? こいつ人懐っこいぞ。なー?」

「んー。主は主だから。それに気持ちいい」


顎を撫でれば顔を上げ、頭を撫でれば頭を下げ、尻尾の根元は最高だといわんばかりにお尻を高く上げていく。


「なるほど……。いやはや流石はお客様でございます。それで、本題はどういったものでしょうか?」


にこりと笑う瞳の奥に光る商人としての顔。

勝負中のこのタイミングで訪ねてきたんだからヤーシスなら気がつくだろう。


「まあ察しの通り商売だよ」

「ほう。錬金術師の貴方が奴隷商人の私に商売のお話ですか。それはそれは。一体どういったものなのでしょう」

「んーまあまだ試作品だけどな」


言葉遣いは変わらないが、様が抜けたって事はこっからはお客様扱いはないと見たほうがいいな。

そう考え俺は魔法空間からバイブレータ(小)を取り出した。


「こちらは……?」


ふむ。どうやらヤーシスでも見たことはないってことは、市場に出回っているということはないだろう。

まず第一段階突破といったところか。


「こいつはマッサージ道具でな。試作として作ったんだが効果がありそうだったんで持ってきた」

「ほう。それは業務に疲れた私にということでしょうか? あいにくと按摩は奴隷で得意な者がおりまして」

「いやまあそうだろうが、とりあえずどう使うか見てもらえるか?」


そういって魔石に魔力を注ぎこむ。


「せっかくだし試していいか?」

「んー……痛くない?」

「痛くない痛くない。ちょっと驚くかもしれないが」

「ならいーよー」


人の膝の上でごろごろしながら、俺の持っているバイブレータ(小)を目で追いかけている猫耳少女の肩に押し付けてつまみをまわして捻った。


「にゃにゃにゃ! なにいー?」


突然高速で振動しだしたのに驚いたのだろう。

体を起こしてしまうが、そのまま元の位置へと戻っていった。


「あ、ああ、ああああああー」


うりうりと動かしていくと声が震えるのを楽しむかのようにわざと声をだしている猫耳少女。

その目は初めての感覚を楽しんでいるようだ。


「それは、高速で振動しているのですか?」

「そそ。中身は振動球体な」

「ですが振動球体はそこまで速く振動しないはずですが……」

「そこは魔力誘導板を……って、それを言ったら商売が成り立つかわからんから内緒で」

「……なるほど。こちらはこういう使い方以外の使い方もできそうですね」


その言葉に俺はニヤリと笑う。

流石ヤーシス。これの本来の使用用途にも気がついたか。

第二段階突破だろう。


「少しお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ああ勿論。じっくり見てくれ」


猫耳少女からバイブレータを放してヤーシスに渡す。


「ふむ……魔力が必要なのですね。そしてつまみを回すと強弱の調整もできると、材料はおっしゃられたとおり振動球体と魔力誘導板。ですが特殊な組み方を行っているから本来の振動数ではなく、高速で振動しておられるようですね」

「その通りだ。驚いた。速攻で全部わかるもんなんだな」

「商人は目が命。鑑定スキルは高レベルですからある程度わかるのですよ」

「便利だな鑑定スキル……。じゃあ魔力誘導板の組み方もわかっちまったか?」

「いえ、そこまでは。そもそも錬金で複雑に組んだものを解きほぐすのは相当難しいですから」


ならよかった。

これならまだ勝算はあるだろう。


「なるほど……。これは面白い物をお持ちしましたね」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「さて、それで幾らで買い取ってほしいのでしょうか?」

「4000万ノール」

「ご冗談でしょう? 材料費は安いですし、技術料にしては高すぎでは?」

「そりゃそうだ。それ一つじゃせいぜい10万ノールかそこらだろ」


原材料は一万ノール。

それを4000万で買ってもらうなんて馬鹿なことは言わない。


「いえ、私の伝手で売れば30万、いえ物によっては50万から100万ノールは出していただけるかと」

「流石だ……。なら尚更いいな。で、だ」

「私の知り合いを紹介してほしいと?」

「違う違う。俺が買ってほしいのは、こいつの権利だ」

「権利、ですか?」

「そう。俺はこれをあんたにしか売らない。値段は5万ノール、その権利を4000万ノールで買ってほしい」


現状この振動数を出せる組み方を知っているのは今のところ俺だけだろう。

材料はすぐ手に入るし、数日もあれば大量生産も可能である。

この道具を活かすなら顔が広く、奴隷商人のヤーシスが適任だろうと思った。

だから俺は今日ここに来たかったのだ。


「なるほど……。ですがそれは貴方が作らなければ私は買うことができませんよね?」

「定期納品ならどうだろう。急ぎ必要な場合もそれに応じる」

「ふむ。貴方は持ち家もまだないでしょう? 根無し草の貴方がこの街に永住する保障はありませんよね」

「まあそりゃそうだ。正直この街で家を買ってもいいとは思っているが、俺は他の街も見てみたい。海が隣接する街や、王都ってところにも行ってみたいからな」


この街はいい街だ。

レインリヒもアイナやソルテ、ついでにヤーシスも含めて面白くて良い奴が多い。

だが俺のスローライフはこの街だけの話ではない。

行楽がてら海産物を食べたり、その土地その土地の名物やお祭りなんかがあれば興味を引かれる。


「まだ弱いですね」

「わかってる。この取引は直接的な物品のやり取りじゃないしな。会って間もない俺を無条件で信じてくれなんて無理を言う訳にはいかない。だから」


そう。簡単な話だ。

ヤーシスはなんだ? 奴隷商人だ。


「俺を奴隷にしてくれりゃあいい。借金って形でな。それなら確実に元は取れるだろ?」


損はしない。まずそこが最低ラインであり、次に儲けることが出来る、だ。

信用の為なら奴隷にだってなってやる。

無理に働かされるのだって構わない。

その分早く解放されるんだ。ならいくらでもやってやるってんだ。


「……早期段階で他の錬金術師に配合を知られれば終わりですよ?」

「そしたら別の何かをまた考えるさ。それか地道にアクセサリーでも作って借金は返すよ。その時は定価の10分の1の値段で買い取るって契約で構わない」

「……長期的に見れば明らかに自身でお売りになられたほうが儲かりますよ? 今回の勝負があるとはいえそのために自身の利益を捨てるとおっしゃるのですか?」

「それだけの価値はある」


お金は偉大だ。お金があれば、物事の大半は上手くいく。

だがお金だけじゃ、手に入らないものもある。

もう二度と、手に入れることが出来なくなることだってざらにある。

俺にとってはそれがウェンディだったってだけだ。


「……はぁ。わかりました。わかりましたよ」


うっし。


「じゃあ早速奴隷契約を」

「違いますよ。わかりました。取引に応じます」

「いや、でもそれじゃあ信用が……」

「そもそも借金奴隷は奴隷を所持できません。真っ先にその奴隷を売りに出されて借金返済に充てなくてはいけませんからね。ですが、そうなるとウェンディを買うのは私です。それじゃあ意味がないでしょう?」


そうなの?

奴隷って奴隷持てないの?

特殊奴隷ならって思ったんだけど、生活に必要な物以外は強制徴収されるのかな?


「……いいのか?」

「あなたが私の奴隷になっても儲けられるのは奴隷で居る間だけですからね。それならずっと5万ノールで買わせていただいた方が得になります。私は貴方と違いお金が第一ですから。ですがもし裏切られた場合はいくらお客様といえど容赦はいたしませんよ?」

「わ、わかった。その時が訪れないよう頑張るよ……」


怖ええええええ。

安男のやついつもこんな目で見られてるのか。

初めてヤーシスの怖い瞳を見てしまったが、思った以上に迫力がある。

だが大丈夫だ心配ない。俺は約束を必ず守るから。


「それでは4000万ノールで」

「あ、待った。その前に聞きたかったんだがこの子はいくらで買える?」

「え、ああ、はい。突然ですね。その子は従属奴隷で1000万ノールです。残念ながら自由奴隷にすることはできません」

「了解。それで、いくらで買い取ってくれるんだっけ?」

「…………はぁ。わかりました。5000万ノールで買取させていただきます」


イエス。流石ヤーシスさん。

俺の意図を汲んでくれて嬉しいよ。

ここまで懐かれて買いませんなんていえないしね。

でもその分頑張るから!


「取引成立だな。いやあ緊張した」

「何をおっしゃいますやら……。まったく予想外でした。何かなさるとは思っておりましたが私相手に商売の話をしに来るとは……。おまけに最後の最後であのような値の上げ方など、勉強になりますな」

「まあ思いついたのはさっきだけどな」

「もう取引は成立しましたから言わせていただきますが、きっちり働いてもらいますからね。つきましてはまず100個お願いいたします。5万ノールですから……500万ノールでの取引になりますね。ええ。せいぜい儲けさせていただきますよ」


いきなり100個か……最低でも1000個作るまではヤーシスは遠慮なく発注してくるだろうな。


「ああ、あと銘を打つのをお忘れなく。こちらは打たれていないようですが、銘を打たねばフリーの品として見られてしまいますので」

「打つ打たないで変わるのか?」

「当然です。目新しい物は銘を打ち、王に進呈し正式に認められればその者だけが作ることを許されます。ですのでこちらは早急に銘を打ってください。そして取り急ぎ10個は今日中にお願いいたします。まだ急げば道具屋の主人は起きているでしょう。昼間寝てばかりなので大丈夫なはずです。さあ、お早く!」

「え、え? 今日中? っていうか今から?」

「当然です!」


嘘だろ……。

と思ったがマジらしく、俺と猫耳少女は道具屋まで走らされた。

ついでに革を一枚と、布を一枚、更に空の魔石も補充して買えるだけ魔力誘導板と振動球体を買い占める。

更に道具屋にはこの二点の発注を頼んでおいた。

数は多い分にはいくらでも構わないと、特に振動球体は50個以上頼むと。

店を閉めていた店主は最初は不機嫌だったものの、大量に物を買っていったうえに追加発注となったので大喜び、かと思いきやまだ眠そうでだるそうな顔をしていた。

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