2-7 商業都市アインズヘイル お薬の効果
最近暑すぎません?
夏、到来!?
……水着回ってさ、必要だと思うんだ。
当分先になるんだろうけど。
目が覚めると幸せ感触の上に頭が乗っている。
だが意識はまだ朦朧としていて、自分が何をしているのかはわかっていない。
「あー……」
膝枕されているのだろう。
ということはアイナさんか。
ああ、慈愛の心は嬉しいが願わくばレインリヒを止めてほしかったよ。
「目が覚めた?」
「いや……まだ無理……」
頭が重い、体も重い。腕は力が入らないように痙攣を繰り返していた。
あの薬の反動だろうか。俺は意識がない間に何をしていたんだ。
「ほら、飲める?」
差し出された飲み物を横になったままなのだが少しずつ少しずつ飲ませてくれた。
「あーありがとう」
「出来れば早く退いてほしいんだけど」
「いやまじで……まだ動けな……ん?」
アイナじゃない! アイナならこんな事言わない。
もっと俺を気遣ってくれるはずだ。
重い体を跳ねあげるように起き上がろうとしたのだが、過去アイナの時は頭をぶつけてしまったことを思い出す。
だが膝枕をしてくれた相手はひょいっと軽そうに避けてくれた。
「危ないわね……。そんなに勢いよく起き上がる必要があったわけ?」
目の前にいたのはアイナじゃない。
「何でお前が俺を……」
「……ふん。別にいいでしょ」
そう。膝枕をしてくれていたのはあろうことかソルテだった。
「いやだって、え? アイナは?」
「なに? アイナが良かったって言うの? そう。あんなことしておいて……」
「え……」
「寝ぼけた振りしてるのかと思って殴ったのに本当に寝てるんだもん。ねえあんた寝てたのよね?」
いやだから俺は寝てる間に何をしたの?
「一応何したか聞いてもいいか?」
「はあ? あんた私に何を言わせる気?」
顔が少しずつ紅潮していくソルテ。
本当に何したの俺!
「目が覚めたのか主君。よかった。もう目を覚まさないのかと思ったぞ」
手に一杯の食べ物を抱えたアイナ登場。
あけたままの扉を足で閉めるのかと思ったが、そんなことはなく一度荷物を置いてから扉を閉める。
俺とかソルテなら間違いなく足で閉めるなと思いながらも、アイナが持ってきた食べ物に目が奪われる。
ぐきゅうううう。
腹の虫も大合唱である。
「よかった。ソルテが膝枕をすると言って聞かないから手持ち無沙汰だったのだが役に立てたようだな」
腹の虫を聞いてにこりと笑うとすぐ食べられる果物から渡してくれた。
「言ってないし! アイナが買い物に先に出ちゃったんでしょ!」
「そんなはずないだろう。私が出かけるときには膝枕しながら手を振っていたじゃないか」
「そんなことより食べていい?」
ハラガヘッタノダ。
「あ、すまない。勿論だ。夕方と中途半端だが、私達も一緒にいいだろうか」
「勿論。一緒に食べ……夕方?」
窓を見るとオレンジ色の光が差し込んでいて、朝焼けなのか夕焼けなのか理解できないが、アイナは夕方と言ったので間違いなく夕方なのだろう。
え、俺の意識があったのって夜だったよね。
しかもわりとまだ浅い時間の。
「俺……どうなったの?」
「そこみたらわかるんじゃない?」
ソルテが肉を噛みながら行儀悪く指差したのは俺が普段から使っている錬金室の机。
その上にあったのは大量の見覚えのないアクセサリーの山だった。
「なにこれ」
「あんたが作った? 作らされた? アクセサリー?」
「主君凄かったな。話しかけても全く相手にされないほど集中したようだったぞ」
集中っていうか意識が殆どなかったんですけど。
「あの薬を飲んでから無我夢中って言うか、意識が飛んでるようだったわね。レインリヒ様に言われた通りの物を忠実に作り続けてたわよ。その当人は眠いとか言ってすぐにいなくなっちゃったけど」
「それでその後は突然糸の切れた人形のように主君が倒れてな。私が膝枕をしようとしたら取られてしまったのだ」
「取ってないわよ! アイナも眠そうだったから仕方なく私がしただけでしょ」
「だがソルテだって眠そうにしてたじゃないか。それに前は私が膝枕をしていたら何故そんなことをするのかと問い詰めてきたじゃないか」
「い、今は私もこいつの奴隷だからいいの! それにアイナにばかり負担を押し付けるのも気が引けるでしょ!」
「別に負担だなんて事はないぞ。主君の寝顔を見るのはなんだか癒されるし、その、寝相は困ることもあるが、でも負担だなんてことは絶対にない!」
「アイナも受けてたんだ……。じゃあダメ。絶対にアイナはもう膝枕しちゃダメ! 毒牙からは私が守るから。わかった?」
「全然全くこれっぽっちもソルテの言っている事がわからない! なあ主君、主君からもなんとか……主君?」
え……。俺ほぼ一日寝てたの?
ウェンディさんとの約束まで後5日しかないの?
「やばいやばいやばい! 一日無駄にした!」
どうするよ! 昨日はやり方がわかって一日を有意義に過ごせたと思ったのに、早速ほぼ丸一日を無駄にしてしまった。
「何がやばいの? あ、ポーションなら私達が冒険者ギルドに卸してあげるわよ」
「それはありがとう。じゃなくて! 期日まで後五日で、7600万ノール以上だぞ! 一日平均1600万ノールを稼がないといけないんだぞ!」
あほかっての。
一日で1600万円を稼ぐ方法で知恵袋に質問したら回答は絶対に罵詈雑言の嵐だろう。
それくらいあほだって。
「それ」
ソルテが指差したのは机の上のアクセサリーの山。
「売れば4000万ノールにはなるってレインリヒ様が言ってたよ。 売る気があるならレインリヒ様が先にお金を渡しておくって。あんたが起きたら連絡しろって言ってた」
「え……」
「ただ材料は殆ど残っていない。だから私達は食事を取ったら主君が使う鉱石類を集めに行こうと思っている。だから主君はその間にアイディアをたっぷり練っておいてくれ」
「どうせまだ満足に動けないんでしょ? 感謝しなさいよね。私達とレインリヒ様に」
感謝か……。素直に感謝できないんだが。
二人はまず俺に謝るべきだ。危険物を主に飲ませる手伝いをしたんだぞ。
奴隷の制約何処に行きやがった!
まさかグレーゾーンだとでも言うのか。
でも、二人はずっと俺が起きるまで待っていてくれたことには! ……感謝してもいいか。
それに4000万ノール。4000万ノールだぞ。
製造業で一日4000万ノールを稼げるものなのか?
アクセサリー稼業ってこんなに甘いの?
「……二人ともありがとう。それと、頼む」
「任された」「わかってるわよ」
だがレインリヒ様。もう無茶はしないでください。
効率は確かにいいです。ですけど、腕がまともに上がらないんです!
だがこの時間をアイディアを捻る時間にすればいいか。
どちらにせよやれることはないのだ。時間短縮できたと思えばレインリヒにも感謝できる。
……本音では全くしたくないのだが。
「おや。遅いお目覚めだね」
「おかげさまで。枕が良かったから快眠しすぎて体がぎしぎしだよ」
「っな!」
「そりゃよかった。どうだい。後1回同じ事をすれば8000万ノールに届くだろうがやるかね?」
「無茶言うな。小さじ一杯以上飲むと死ぬんだろ?」
「死にやしないよ。まあ目が覚めるかはわからないがね」
一緒だろ……。っていうかなんでレインリヒはそんな危ない薬を持ってるんだよ。
「製法は教えないよ。私はこれ一つでのし上がってきたといってもいいんだからね」
教わりたくもないし知りたくもない。
できればあの薬の記憶を封印して二度と思い出さないようにしたいくらいだ。
「ああ、そういえばリートがお礼を言っていたよ。素敵な指輪をありがとうございますだってさ」
「全く記憶にないんだが……」
「私も一つ貰っといたよ。一番良い出来のをね」
チラリと見せてきたのは針葉樹の葉のようなデザインのブローチだった。
っていうかあれ本当に俺が作ったのかと思うような綺麗な出来で、鑑定すると
『針葉樹のブローチ 魔力小上昇 器用度小上昇 精神小上昇』
能力3つ!? しかも全部小上昇だぞ。
100万ノール……いや最低ラインで200万ノールはするだろう。うまくいけば300~400万ノールは取れるかもしれない。
「ひひひ。まあ授業料さ。あんたのポテンシャルは見せてもらったからこれからも内緒であの薬を使って作らせようかね」
「とんでもねえババアだ……」
本当にとんでもねえ婆さんだ。
「それで、このアイテムを売りたいんだがレインリヒが買い取ってくれるのか?」
「ああ勿論。弟子の為と思えば安いもんさ」
「で、利益は何割だ?」
「馬鹿なこと言うもんじゃないよ。利益なんて生まれやしないさ。純粋に可愛い弟子の為を思ってのことだよ」
「嘘だ!!」
「嘘だよ」
ちっくしょう! この婆さんいじわるだ!
手玉に取られるどころか最初から掌の上に五体投地させられているようだ。
文字通りたっているステージが違いすぎる。
「まあでも4000万ノール。それは払ってやるから安心しな」
そういって大きな袋を袖口から取り出すと俺の手元に落としてくる。
「わ、ちょ、重!」
金貨400枚の入った袋は当然の如く相当重かった。
だがわざわざ高いところからまだ重い腕の上に落とすことはないだろうに。
「それじゃあ私達は行くよ。あんたらも材料集めに行くんだろう? せいぜい良い鉱石を集めてきてやりな」
「そうだな。私達もそろそろ行くか。ソルテ顔を押さえてどうしたんだ? 真っ赤だぞ」
「ワウ!? なんでもない! なんでもないから!!」
ソルテの様子も気になるが俺はまず金貨の袋を魔法空間の7番目に入れる。
7番目の理由はなんかお金が集まりそうだからってオカルトじみた理由だ。
「それでは主君行ってくる」
「いってくりゅ、行ってくるわ! おとなしく待ってなさいよ!」
「それじゃあね。しっかりやるんだよ」
三人が部屋を去っていき、目の前には第一の鬼門が待っていた。
「誰か、あーんしてくれないかな……」
未だに重い腕を行使して俺は何とか食事にありついた。