2-3 商業都市アインズヘイル 男の子ですから
編集:期日について書き忘れてました。申し訳ない。
道具屋につくと中は雑多と呼べるほど商品が多かった。
人が通路でぎりぎりすれ違えるかどうかの狭い通路。
「らしゃーせー」
やる気のない掛け声の店主は今にも寝そうなほど頭をもたれさせている。
大丈夫なのかこの店は。
「ご主人様はどういったものをお求めですか?」
「んー石鹸とかかな。あとは髭剃りとかってある? 最近伸びっぱなしだったからさ」
「ではこちらとこちらですね。石鹸はにゅるにゅるしますが髭剃りの際にも使えますし、お肌がつるつるになります。髭剃りにはこちらの小さめのナイフをお使いください。万が一刺さってしまっても安全なタイプですので」
この何がどれだかわからない雑な陳列の中から的確に目的の商品を見つけるウェンディ凄いな。
髭剃りってナイフなのか。ちょっと怖い。
「あとはー……ん? この板は何?」
「それは魔力誘導板ですね。魔力を帯びたものを引き寄せたり引き離したりできるんです」
「こっちの小さな球は?」
「振動球体ですね。こちらは魔力を通すと振動します」
「何に使うの?」
「……わかりません。店主様。こちらは何に使われるのでしょうか?」
「……さあ?」
さあって。随分やる気のない店主だとは思っていたが、商品の使用方法くらい知っておけよ。
「んー……とりあえず両方2つずつ買ってみよう。何かに使えるかもしれないし」
「無駄遣いはいけませんよ?」
「1つ1万ノールか……。まあでも面白そうだし、試してみないとわかんないしね」
安いもんだ。なんか面白い物が作れそうな気がするんだよなー。
それ以外にも火を簡単におこせる便利な魔道具や、空の魔石や色つきの形が不揃いなガラスなどを購入することにした。
「なあ大きくて底の深い鉄製の鍋みたいな形のはないか?」
「なべー? あーそこにおいてある入れ物くらいかな」
店主が目だけで示してきたのは中に物干し竿などの長物がはいったラーメンのスープなどを作れそうな寸胴だった。
だが俺の求めてるサイズより少し小さく、膝上くらいまでしかない上にあまり広くない。
「何に使われるのですか?」
「いや風呂に入りたくてな。大きめの鍋にお湯を注げば入れるかなって」
「
「
何かで読んだな。たしか生活魔法で体を綺麗にするとか。
「はい。生活魔法といって
「へえ。そりゃいいな。せっかくだし、ってここじゃまずいか」
俺たちは会計を済ませて早々と道具屋を後にする。
「ありあしたー」
店主は最後までやる気のない態度だったが、それでも計算はしっかりと行ってくれていた。
代金は7万ノール。
火を起こす魔道具が3万ノールと少し高かったが、これがあれば便利なのは間違いないので仕方がないか。
「では行いますね <
ウェンディが目を瞑り俺に向かって魔法をかけると足先のほうに回転するリングのような何かが俺を一周し、つま先から天辺へと上っていく。
それに伴い体の汚れが落ちていくように思えた。
てっきり水を被って綺麗にするのかと思ったが違ったようだ。
「おおー。結構さっぱりするな」
「お風呂などは贅沢品ですから。貴族の方やお金持ちの方でしか入れません。なので我々庶民はこうして体を綺麗にしているのです。それでも一回2000ノールは取られてしまうので毎日というわけにはいきませんが」
「なるほどなー」
お風呂屋ではなく
にしても一度唱えるだけで2000ノールは美味しい。
俺にも出来そうだし、スキル取得しておけばよかったな……。
まあいいか。とりあえず目標は完遂だろう。
この後はウェンディにオススメを聞いてそこを回ってみることにしよう。
大道芸を行う旅役者を見ながらお昼を食べてそこで一服がてらお茶をする。
何てことない会話だ。「さっきの男の芸は凄かった」だとか、「最近はお茶を淹れるのが好き」だとかただそれだけなんだけど楽しい時間であった。
普通に話して、普通に笑って、友達のような、恋人のような時間を過ごしていたその時だった。
「ウェンディ。ウェンディだな。こんなところで何をしている。ヤーシスの奴はどうした。ん? その男は誰だ! まさかお前を買ったのか? 馬鹿な。1億2000万ノールだぞ。そんな金をお前のような庶民が払えるものか。お前はボクが手に入れるんだからな!」
話しかけてきたのはいかにも偉そうな男だ。俺よりは年下だろう。豪華な服、指には煌びやかな宝石をつけた指輪が幾つも着いており、ぽてっとした腹にテカっているデコ。今日は暑くもないが何故か汗をかいていて、執事のような羊のような男が常時汗を拭いている。
なんというかテンプレ的な貴族の馬鹿息子に見える。
それにしても1億2000万……。
人の命を1億2000万と聞いて高いと見るか安いと見るか、だ。
俺としては1億2000万なら安いものだと考えてしまう。
あくまでも、ウェンディの値段ならば、だ。
額だけを見るなら、どう考えたって高い。
「ダーダリル様……。この方は」
「ウェンディのご主人様だが?」
「なにい!? 貴様みたいな男がウェンディの主人だと?」
ウェンディがはっとした顔でこっちをみやる。
そうさ。今日一日は俺がウェンディの主人だ。
普段なら「ああ、ちょっと今日は案内を頼んでいるだけでして……」とか言うのだろうが、こいつにウェンディを買われた光景を思い浮かべたら腹が立った。
あと、今日終始笑っていたウェンディの顔が一瞬で曇ったんだぜ? 嫌だなって言わなくてもすぐわかるくらいにさ。
だからさ、守らなきゃいけないよね男の子としては。
やっぱ俺ここに来て短気になった気がする。すぐ怒る。更年期にはまだ早すぎるんだがなあ。
「……はい。この方が私のご主人様です」
「なんだと……。ふざけるな! ヤーシスだ! ヤーシスを呼べエエええ!!」
男が執事男につばを飛ばしながら怒鳴りつけると、執事男は慌てて奴隷商館の方に歩いていく。
「全く! いいか貴様! ウェンディは貴様のような男が触れていい女じゃない。宝石のように美しい彼女にはボクみたいな完璧な男こそが相応しい。貴様のような臭くて汚い庶民には路傍の石ころがお似合いだ! もし指一本でも触れてみろ! 貴様の首を中央広場に晒してくれるわ!」
ほーう。指一本ときたか。
「えい」
指一本どころか全身を使ってウェンディに抱きついてみた。
「プギイイイイイ! 貴、貴様! ボクを誰だと思ってるんだ!」
「いや、全く存じ上げないんだが」
「……ぷはぁ、ご主人様?」
あーごめん。苦しかったか。
ちょっと強めに抱きしめてしまった。
俺に抱きしめられているウェンディの頭にそっと手を載せて微笑みかける。
「ボクはこの町の領主の息子だぞ! わかって言ってるんだろうな!」
「だからなんだよ」
「ぎ、貴様アアアアア!」
「そこまでにしていただきましょうか」
一触即発の状態で俺たちの間に入り制止させたのはヤーシスだった。
後ろにははぁはぁと息を切らす執事服の男がいる。
「全くせっかく宝石商が良さそうなものを持ってきてくれていたのに。それで……ダーダリル様? いかがなさいましたか?」
「ヤーシス! 貴様どういうつもりだ! こいつにウェンディを売ったのか? ウェンディはボクが買うと決まっていたはずだぞ!」
予約なんてあるのか? いやあったらヤーシスが俺に勧めてくるような真似はしないだろう。
ってことはこいつが勝手に思ってただけか。
「お言葉ですが1億2000万ノールはご用意していただけたのでしょうか?」
「っぐ……、それはパパがダメだって……でももうすぐ手に入るんだ! なのにどういうつもりだ!」
「どういうとは?」
「何故ウェンディがこいつをご主人様と呼んでいるんだ! こんな奴が1億2000万ノールを用意したというのか!?」
「はぁ……。お客様にはこの都市の案内がてら本日はウェンディを従属奴隷のお試しとしてお貸ししているに過ぎません。ですので本日はお客様がウェンディの主人であり、ウェンディはお客様の奴隷なのです」
「ふざけるなああああ! だったら何故ボクにはそのお試しとやらをしないんだ!」
「ウェンディのお試しではなく従属奴隷のお試しなのです。これからお客様とは長い付き合いになる予定ですので」
ヤーシスは流石に口がうまい。
レインリヒとももしかしたら対等に話せるんじゃなかろうか。
「ボ、ボクを誰だかわかっているんだろうな! 西地区の統括をしているのはボクのパパだぞ!」
「ええ勿論。存じていますとも。それで、私が誰なのかわかっておいでなのでしょうか?」
ん? さっきこいつ領主の息子とか言ってなかったか。
「あの……最近領主様は体調が損なわれていて、ですがお子様はおろか伴侶もいらっしゃらない方なので、そこで東西南北の各地区の統括の中から次の領主が選ばれる事になっているんです」
「じゃあさっきあいつが言った領主の息子っていうのは、勝手な未来の話か?」
「ええ……。ですがダーダリルのお父上様は経済力もあり、その、裏にも通じて力を持っているため最有力であると言われております」
西地区ねえ。
「そういえばヤーシスも西地区だったよな。大丈夫なのか?」
「ヤーシス様は独自のルートと独自の後ろ盾がございますので何も問題ありません。むしろ手を出した場合統括様の方がどうなるかわかりません」
ヤーシス怖ええええ!
自分のいる地区の統括より上って、ヤーシスが統括やれよ!
チラリとヤーシスがこちらを見る。向きなおした際に口元が笑って見えたが、何か悪い予感がする。
「このままいっても平行線でしょう。どうです? 勝負してみませんか?」
「勝負だと?」
「ええ。ダーダリル様とお客様どちらがウェンディを買うかの勝負です」
な。
「は。はは言ったな! 聞いたぞヤーシス! いいぞ。いい。いいだろう! ボクはすでに5000万ノールは集めてあるからな! 勝ったあかつきにはボクがウェンディを貰い受けるからな!」
ヤーシスはにこりと笑う。
「まずはルールを。お客様の手持ちのお金はいかほどでしょうか?」
「350万ノールくらいだけど……」
「では8000万ノールご用意くださいませ。ダーダリル様はそのまま1億2000万ノールをご用意してください。」
「卑怯だ! なんでボクが1億2000万ノールでこいつが8000万ノールなんだよ!」
「卑怯? そうでしょうか? 差枚数で考えればダーダリル様が有利な条件を提示させていただいたのですが……。それともお互いに1億2000万ノール分の帳簿をつけてもらって詳細を全て明記していただきましょうか?」
「っぐ……。いやいい。確かにボクはもうすぐ1億2000万ノールに届くからな」
「そして期日ですが、一週間とさせていただきます。そこで勝負がつかなければ勝者無しとさせていただきますのでご了承ください」
おいちょっと待て。
一週間で7600万ノールも集めさせる気か。
むちゃくちゃだろ……。
「それと、直接的な妨害は禁止とさせていただきます。もしどちらかが行動不能な状態になった場合は相手方を反則負けとさせていただきます。当然、亡くなった場合は領主様に報告して犯人と断定させていただきます」
「……っち。いいだろう。ボクが負けるわけないからな。おいお前、これで汚い手は使えなくなったな」
ニヤリと笑うダーダリル。舌打ちしてたしどう見たってお前が使う気だっただろうが。
「ああ、それとダーダリル様。今回ばかりは後ろ暗い商売はやめておいたほうが良いと具申させていただきます」
「……何のことだ。ぼくはそんな商売はしていないぞ」
「ええ。そうでしょうとも。正々堂々を心得ているダーダリル様にいらぬことを言ってしまいました。大変失礼致しました」
「ふん。貴様ウェンディを手に入れたら覚えておけよ」
「はい。勿論でございます。それでは双方同意したと見てよろしいでしょうか?」
「ああ勿論だ」
「お客様は?」
「いけません。ご主人様……」
ったく……なにがお客様は?だよ。
ヤーシス俺はお前を今日見直してたんだがな。
前言撤回だこの野郎!
俺は本当に静かにまったりのんびりと平和に暮らしたいだけなんだけど。
どうしてこう上手くいかないのか。
流れ人ってのはトラブル体質なんだろうか。
でもまあ、
ぽふぽふと不安そうに見上げるウェンディの頭を軽く撫でる。
「そんな不安そうな顔するなっての」
「ですが、この勝負はあまりにも」
「大丈夫大丈夫。最悪、この二週間の20倍ちょっと頑張ればいいだけだって」
そう。正確には性能が上がっているからもう少し、もう少しだけ楽だ。ジャスト20倍くらい。
いいよな。俺も主人公みたいなことしてみても。
相手が魔物とかじゃなくて豚だけどさ。
「上等だ。受けてたってやるよ」
今日一緒にいて、俺の
だから絶対にこの勝負負けるわけにはいかない。
新章始まってすぐに問題が起きましたね。スローライフしろよ! って言葉が飛んできそうです。
まあ、ほら。スローライフするにも準備とかあるじゃないですか。
確かにお小遣いだけで余裕で暮らせるんですけどね。
もう従業員とか必要ないんですけどね。
でもほら、登場人物は多いほどネタが作りやすいので!
主人公的にも作者的にも後々の為と割り切ってください!