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1-15 異世界生活 問題解決

奴隷商館の入り口でヤーシスにお礼を言うと


「いえいえ。また是非ご利用くださいませ」

「あー用事ができたらな」

「はい。お待ちしております」


あの顔は必ずまた来ると確信している顔だ。

何故かウェンディさんまで入り口まで見送りにきてくれているのが気になったな。

そういえば広場で出会ったあの猫耳少女は出てこなかったな。

もしかしてアイナさんとソルテがいたから気を使ってくれたのだろうか。

ソルテの前で猫耳少女と遭遇したらきっと変態の上にロリコンのレッテルを貼られてしまうのは想像に容易いだろう。


「結局普段どおりと変わらないのだな」

「いいじゃない! これからも冒険が出来てこいつにいやらしいことをされないですんだんだから」

「それは……だがなんというか、これでは謝罪の気持ちが伝わらないような……」

「大丈夫だから。十分伝わってるので、素材集めの際はよろしく頼むな」


これでしばらくの間はただで材料が手に入る。

冒険者ギルドは回復ポーションの(微)(劣)(小)のポーションが少ないみたいだし、薬体草を集めてもらえれば作って納品するのも悪くない。

どうせならもう少し上の薬体草を手に入れてお求め易い値段で卸すのもいいかもしれない。


はあ。この世界に来てまだ三日。

いきなり問題が起こるなんて予想はしていなかったけど、どうにか落ち着くことができそうだ。


「とりあえず冒険者ギルドに報告と納品にいこうか」

「そうね。さっさと行って終わらせましょ」

「そうだな。主君はまず何を命令するか考えておいてくれ」

「はいよ。……ところでそれ、本当につけるのか?」


俺がそれと指差したのはアイナさんの首に取り付けられた皮製の首輪。

なんでも奴隷の証で自由契約の場合は誰か一人は必ずつけなければいけないとのこと。

仕組みはわからないが命令を行う際などに呼び出す手間が省けるらしい。

ちなみに従属契約の場合は主人の命令でない限りつけることを義務付けられている。


本当はつけるならソルテのほうが似合いそうなもんだけどな。

狼? いやいや。こいつは犬だよ。しかも狂犬。


二人の後ろ姿を見ながら歩いていると、ふりふりと嬉しそうに揺れているソルテの尻尾に興味を引かれてぎゅっと触る。

おもいっきり噛みつかれたのは流石に俺が悪かったと思う。





冒険者ギルドの前に着いたのだがなんというか入りにくい。

いくら説明を受け、襲われる心配は低いというがコケにされ笑われた場所だ。

今思い出しても腹がぐるっと嫌な感じになる。


「何してんのよ? 早く入りなさいよ」

「わ、わかってるって」

「ははーん。もしかしてびびってんの? ダッサー!」

「うるせえ貧乳犬っころ。ん? お前雌だったのか? 悪いな絶壁過ぎて気がつかなかったぜHAHAHA」

「ぶっ殺すわよ!」

「やってみろ! 頭痛でのたうちまわしてやるぜ」


ガルルルルル!

牙はないが唸りながら顔を合わせる。


「ほらほら。じゃれあうのは後にしろ。まったく。いつの間にこんなにも打ち解けたのだ。私だってもっと会話がしたかったのに」

「「打ち解けてない」わよ!」

「ほら仲良しじゃないか。まったく。ずるいぞ」


ソルテめ。アイナさんにいらぬ勘違いをさせたじゃないか。

だが確かにうじうじと入り口の前で考えていてもしょうがない。

そうとも。俺は何も悪くないのだから。

レインリヒにお使いを頼まれたのも事実だし、ここは意を決して行くとしよう。


ウェスタン風の二枚扉を開けて中に入る。

するとこの前と同じように丸テーブルには多くの冒険者が座っており入室と同時にこちらに目をやってきた。

だが彼らが見ているのは俺の後ろ。


「おい、アイナさんが首輪をつけてるぞ」「ちょっと待て! ソルテさんもだ。右手に隷従の証がある」


どうやら契約の際に渡された首輪をアイナさんがつけているのが原因のようだ。

それに本来奴隷になる予定のなかったソルテにまで隷従の証が手の甲についているのが目に入ったのだろう。

だが俺ら三人はそんな声など意にも介さずに真っ直ぐに受付へと向かう。

そこにいたのは件の女性。確かえっと名前何だっけ……。


「フィリル。ギルドマスターを呼んでくれ。結果を報告しようと思う」

「アイナさん! わかりました。すぐ呼んで参りますのでお待ちください」

「あーそれと約束どおりポーションの納品に来たから済ませたいんだが」

「そ、それもギルドマスターを呼んで参りますので!」


俺が話しかけるとフィリルと呼ばれた女性は慌ててギルドマスターを呼びに行った。

残されたのは数多くの冒険者と俺たち三人だけだ。

やはり冒険者の目はアイナさんの首輪とソルテの隷従の証。それと一緒にいる俺に注目が集められた。


そんななか一人の冒険者がずいっと前にでて俺の前に立った。

忘れもしない、俺を突き飛ばした冒険者だ。


「なあ頼むよ。悪かった。謝るから二人を解放してくれよ」


……は?


「おいアイナ。ソルテ。お前らちゃんと説明したんだよな?」


俺はちゃんと、説明をしたというからここに来たのだが?


「あ、ああ。朝の内にきちんと説明したぞ。もちろんいきさつや経緯もだ」

「ちょ、ちょっと」

「はぁー……どういう説明をしたらこいつみたいなのが出てくるんだ……?」


なんで俺が二人を無理やり奴隷にしたみたいな感じになってんだよ。


「なんだったらお前が払うか? 1000万ノール。それさえ貰えりゃ今すぐ解放できるんだけど」


どうせその後はこのお金で別のところで材料を買って文字通り錬金してお金を増やすだけだ。

定期的に継続される長期の供給か、短期的にどかんと入るかの差である。

それにぶっちゃけ浮いた金である。貰える物なら何でも貰うが、めんどうも一緒ならばいらないのだ。


「昨日の話し合いも無意味ってんなら帰らせてもらう。勿論今からヤーシスに理由を話して二人は解放しよう。だけど、結局は振り出しだ。俺が被害者、お前が加害者って内容は一ミリも変わりはしない。むしろ昨日決まった内容をそっちが破棄するってんなら、レインリヒがどうするのかなんて俺にはわからないから覚悟しろよ」


昨日も今日も疲れたってのにもういい加減にしてほしい。

だがまあ、手を出されればどうしようとこいつらには敵わないしな。

情けない事にレインリヒ頼りで名前を借りて自己防衛するしかないのだがしょうがないと思う。


「ちょっと待ってって! っていうか言ったでしょ? アイナは自分から奴隷になるって決めたの。だからそれをこいつのせいにしたり逆恨みするのは筋違いだからやめてよって」

「で、でもソルテさんまでこいつの奴隷にされちまってるじゃないですか。俺らのギルドの看板たる二人がこんな奴の奴隷だなんて……俺らは耐えられないですよ!」

「あのね。見ての通り私もこいつの奴隷だけど、従属契約じゃなくて自由契約なの。自由契約なら今までどおり冒険者稼業だって続けられるし、殆ど今までどおりでいられるの。奴隷としての仕事だって材料収集が主な仕事だし、言っておくけど私が奴隷になってるのは自由契約の場合PT単位で奴隷になるから仕方がないことなの」

「そうだぞ。それに私は彼に感謝している。彼は被害者なのにこうして私達に今までどおりの生活を許してくれたんだ。それなのにお前達は私達の言ったことを破って彼を責め立てるのか?」


その言葉に当の冒険者は下を向き口を噤む。

その顔は自分のせいでという自責の念と、アイナの決意に顔を下げるしかなかったのだと思う。


「お前らは……そうまでしてこのギルドを潰したいのか……? 冒険者稼業ってのは筋肉だけじゃなくて頭も必要なんだが理解できなかったのか?」


奥から出てきたギルドマスターがやれやれとため息を吐きながらやってくる。

やれやれとため息をつきたいのは正直俺のほうなんだが。


「すまないな。本来は気のいい奴らなんだが」

「多分そうなんだろうな。仲間思いだってのだけはわかるよ。出来ればその時に出会いたかったよ」

「返す言葉もないな……。とにかくようこそ冒険者ギルドへ。それで報告は……どうやら必要なさそうだな彼女達を自由契約にしてくれて感謝する」

「俺としても家もない中で従属契約は困るからな。宿にとまるにしても単純計算で3倍だろ? これから金が沢山必要になるからいきなり消費が3倍になるのは、な」

「そうか。だったら現金の方がよかったか?」

「どっちでもかまわないさ。後か先かだ」

「流石レインリヒ殿の弟子殿だ。これからの錬金術師ギルドも安泰そうでなによりだ」


レインリヒの弟子ね。なんかこれ定着していきそうだ。

これで相手が突っかかってこなくなるならかまわないんだがな。


「安泰過ぎるとレインリヒが増長するぞ。今回の回復ポーションをレインリヒから預かってきてる」

「おお。魔法の袋を持っているのだったな。じゃあこれからも弟子殿が来てくれるのかな?」

「そー……なるかもしれないが、この現状じゃどうだろうな」

「すまない。次からはこうならないように必ずするから出来ればこれからも頼みたいんだが」

「わかった。ギルドマスターを立ててその言葉を信じるよ。俺が作ったやつも卸しに来るから、その時にな」

「ああよろしく頼む」


そう言って差し出された手をぎゅっと握る。

昨日は情けない姿しか見ていないが、本来は力強く頼りになる存在なのだろう。

本当に、あんなことが起こる前に出会いたかったものだ。


冒険者ギルドのマスターと取引を終えてもう用はないとばかりにギルドを後にしようとする。

そこにあの男がもう一度俺の前に立った。


「あ、あのよ……いやその、少しいいですか?」

「なんだよ?」


今度はちゃんと言葉を選んだらしい。

それならば俺もしっかりと話を聞こう。


「その、誤解してすまなかった。許してくれとはとてもじゃないが言えないけど、どうかこれから新人の為に回復ポーションを卸していってほしい」

「はあ……それ最初にしてくれよな。一応言うけど、俺は別にアイナさんとソルテを解放したって構わないぞ。俺に材料なんかをちゃんと売ってくれるならわざわざ奴隷にする必要もないしな、だけど」

「ああ、私は私の責任をしっかりと果たしたいだけだ」

「……だそうだ。それとポーションはちゃんと卸すよ。錬金術師ギルドとしても定期的にしっかりと売りに来る。ちゃんと新人冒険者向けの物も作るから、安心してくれ」

「あ、ありがとうな。何かあったら何でも言ってくれ」


しっかりと頭を下げて謝まり反省しているのだから、ここが落としどころだと思う。


「そうか。じゃあ薬体草が集まったらそっちのギルドマスターにでも預けといてくれ。預けた分だけ(小)を作って届けるよ。悪いが手持ちが今はないんでな」

「あ……。その、本当にすまなかった」


ん? ああ、これじゃいやみっぽく聞こえるか。

今回は本当にそんな気はなかったんだけどな。


「悪いと思ったなら行動で示せよ。これで俺らの間の問題は手打ちな」

「ああ。任せとけ! 1000でも2000でも集めてみせる!」

「俺を殺す気か……」


1000個もポーションを作れというのだろうか。

何日かかるんだ……。


「……なによ。結局あっけなく解決してるじゃない」

「そうだな。あれが男の友情ってやつだろうか。なんだか羨ましいな。私達も一度喧嘩してみるか?」

「嫌よ。汗臭そうじゃない」

「まあなんだ。とりあえずこれからは普通に来るよ。クエストなんかはギルドマスターに言うかクエストボードに貼り出しておくから」


男との会話を切り上げ、挨拶がてら二人の会話に混ざる。


「用があるなら首輪を使って呼んでくれてかまわないぞ。何時如何なる時でも迅速に駆けつけよう。……その、夜中とかはまだ、ちょっと、待ってほしいが」

「私はアイナと一緒じゃないと行かないから。っていうか首輪なんてつけないし」

「そうだな。お前は首輪をつけたら本当に犬っころにしか見えないものな」

「ガブッ」

「いってえ!!?」


この犬はどうもちょっかい出したくなる。

これはきっと好きだからいたずらがしたくなるのとは違うと思うの。


「それじゃあ今日はこれで。必要な物はー……。そういえば俺何が何の材料とかしらねえや。なんか適当に見つけた材料でも持ってきてくれ。基本的に今は錬金術師ギルドにいると思うから」

「わかった。……話し方。私にも大分砕けてくれたな。さっき呼び捨てにしてくれたし」


さっきって、怒ってた時か。

そういえばずっとアイナさんのことさん付けで呼んでたのにさっきは呼び捨てにしてしまっていたな。


「うん。私にもそっちのほうがいいな。なんていうか仲が深まった気がする」

「ダメよダメ! こいつと仲を深めようなんて考えちゃだめよ」

「ずるいぞソルテ。自分ばかり砕けた感じで話していたじゃないか。私も話したいことが一杯あったのに」

「はぁ!? 眼おかしいんじゃない? 最高級の目薬でも買ってあげようか? 結局このお金使わなかったし」

「別におかしくなんかない! 今日ずーっとソルテと主君が話していたじゃないか! 私はそれを見ながらずーっと静かに羨ましく見ていたんだ! だから私もこれから主君と沢山話すからな! ソルテは傍で羨ましそうに見ているといい!」

「はああああ!? 別に羨ましそうになんて見ないわよ! 話したいなら好きにすればいいじゃない!」

「ああ好きにさせてもらう。なあ主君! ……主君? あれ、何処に行った?」

「あー……アイナさん。ソルテさん。あの錬金術師ならとっくに挨拶を済ませて出て行きましたよ」

「「はぁ!?」」


二人が周囲を見回している頃。俺は既に冒険者ギルドをあとにしていた。

テーブルの脇を通ると冒険者の態度は頭を小さく下げる者が多く、中には「兄ちゃんのポーション買うからな!」と声をかけてくる駆け出し冒険者などもいた。

まあ。本来はからっと気持ちのいいやつらなのだろうな。

となると製薬ギルドがどれだけ酷いのかは推して知るべしだろう。

関わり合いたくもないが、関わるつもりもない。

何かあったらあの二人に頼ることにしよう。

今頃勝手に帰っているので怒っているかもしれないけど。

そう考えると自然に足取りが速くなり、早く錬金術師ギルドに帰ろうと思い更に速度を上げた。




冒険者ギルドに残された二人は横並びのまま入り口へと向かう。


「ちょっと待ちなさいよ! 私に挨拶を済ませてないでしょうが!」

「主君? 主君?? どうして私と話をしてくれないんだ!」


二人は入り口のウェスタン風の扉を壊さんばかりの勢いで並んで出て行く。

二人が喧嘩している姿なんて初めてみたかもしれないと男は思った。


二人はいつも落ち着いていて立派な先輩だった。

男も新人の時に何度も助けてもらっていて、この町の冒険者で彼女達を知らない人はいないほどの冒険者。

冒険者としては最上ランクのAランク冒険者たる赤い戦線レッドライン。

S級はダンジョンを踏破しないとなれない上に各ギルドマスターの承認が必要な特殊ランクなので現状実質的な一番上のランクはAランクなのだ。

そのAランク冒険者たる頼りになる姐御的な二人がなんとビックリただの二人の乙女ではないか。


「……苦労しそうだな。錬金術師の兄ちゃんは」


そんな豹変した二人を見て、男は小さく呟いたのだった。

とりあえず、一章終わりです。


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