1-10 異世界生活 錬金ギルドに来訪者
錬金ギルドにつくとソローッと入り口を開けて中をのぞいてみる。
すると中にいたのは、ふわーっと欠伸をする受付嬢さん一人。
レインリヒに相談する前にまず受付嬢さんに錬金室の代金の後払いは可能か聞いてみようと思う。
「で、どうだった? ちゃんと売れたかい?」
「うわああ」
突然後ろから声をかけられ驚いて中に入るとレインリヒが意地悪そうに笑っていた。
あっけに取られた受付嬢であったが、優しく「おかえりなさい」と言ってくれた。
「あー……そのー……」
言わねば……あって二日の知人にすら成りえるかわからない相手にだが言わねばならぬ。
「……いや言わなくていいさ。匂いとそのしけた面みればわかるよ。リート。今日から回復薬を冒険者ギルドに卸すのは無しだ」
「え、あ、はい。でもいいんですか?」
「もちろんさ。あいつらが動かないなら私達がしてやることは何もないよ」
「えっと……」
「ふん。大方製薬ギルドの連中と勘違いして嫌がらせでもしてきたんだろう。せっかく腕のいい奴と面あわせをさせてやったってのに」
「ほ、本当にいいんですね? ただでさえ製薬ギルドに人が流れちゃって財政難ですし、残ってるのは自分の研究にしか興味のない方々ばかりなのに……」
「リート長い付き合いだ。わかるだろう? 怒ってるんだよ私は」
「は、はいー。では明日から納品を……」
「今日からだよ! あいつらが詫びに来ない限りせいぜい製薬ギルドの高いポーションでも買っていればいいさ」
「わっかりましたー」
受付嬢さんリートって言うのか。ぴゅーんって奥の部屋に入って行っちゃったぞ。
それよりもレインリヒが怖い。
「それで……その、錬金室代って後払いとかできるかな? インゴットでも作って売ってこようと思うんだけど……」
「なんだいそのくらい別にかまわないよ。それよりも嫌なことがあっただろうにすぐ錬金をするのかい? あんたは本当にギルド思いのいい子だね。残念なんて言ってごめんよ」
「いや本当に金がなくて……。それにネックレスも売るの忘れてたからさ」
「ネックレスなら防具屋に持っておいき。半値にはなるだろうけど買い取ってくれるだろうさ」
「そ、そっか。じゃあこれから……」
「今日はやめときな。明日防具屋に行ったほうが手間も省けるだろう」
「それもそうだな。うん。あのさレインリヒ」
「なんだい?」
「その、俺の為に怒ってくれてありがとう。少しすっきりした」
「……ふん。別にあんたの為じゃないさ。せいぜい利用させてもらうよ」
ツンデレ……ではなさそうだ。
まあレインリヒに利用されても悪いことにはならないだろう。
凄く悪い人の顔をしているけど。うん。大丈夫……だよね?
「あ、そうだ。奴隷と家ってどれくらいで買えるのかわかる?」
「なんだい奴隷なんか何に使うってんだい」
「いや、参考までにね……」
「……男って奴は……。まあいいさ」
違うよ? 男だからじゃないよ? あ、でもどうせなら綺麗な女の子がいい。
でも力仕事も多いだろうから男も必要だと思うし。うん。
「奴隷はピンキリだよ。10万ノールから買えるのもあれば数千万から数億ノールもかかる奴隷もいるよ。まあ高額の奴隷なんてのは訳アリ貴族の娘だとかどこぞの敗戦した王族とかで大体がオークションにかけられるがね」
安! 最低値10万って、貴族とか王族はわがままそうで働かないイメージだから別にいいや。
「家もピンキリだよ。普通の家なら最低でも1000万ノールはかかるよ。1000万じゃ汚くて狭い家だろうけどね。奴隷を買うなら8000万ノールくらいの広さの家は欲しいところだね」
おー。でも8000万か……どんな豪邸だよ。
まだまだ先は長いけど頑張れば遠くはなさそうだな。
錬金室に篭りまずはアクセサリー作りを始める。
何日もここに泊めてもらう訳にもいかないだろうし、宿代と飯代、それに今回と次の錬金室代も稼いでおかないといけない。
とりあえず『捻れた鉄のネックレス』でいいか。うまくできれば銀貨1枚だし。慣れといて損はないだろう。
インゴットを作り八等分にしてから一つを手にとって錬金と念じる。
『捻れた鉄のねっくれす』
効果も+もなにもついてない上にひらがなだし、今回は失敗か。
ダメだな。レインリヒのおかげで少しすっきりしたがまだ心の奥がもやっとしてる。
集中が足りない証拠だな。
嫌なことがあったときに仕事に逃げるようで嫌だがここは集中してゆっくり取り組んでみよう。
続けて錬金を施していくと、結局成功したのは最後の二つだけだった。
どちらも防御力+2がついているので一万ノールで売れるだろう。
ああでも、防具屋だと半額だったか。
これでは心もとないのでもう少し作ろうと鉄を机に出したところで、
「申し訳ない!!」
扉の向こうからおっさんの大きな声で謝罪の言葉が聞こえてきた。
「あんたが謝ってもしょうがないだろう。私は決めたことは守る主義でね。もう冒険者ギルドにポーションは卸さないよ。行商人相手にでもする予定さ」
「そこをなんとか頼む……製薬ギルドの連中は回復ポーション(中)以上しか売らないんだ。新人の冒険者じゃ手が届かない値段だし、中堅だって何個も買えないんだよ」
「そんなことは知ったこっちゃないよ。あんたんところの不始末が生んだ結果だろう」
「だからそれは手違いで……。それを言うなら……」
「錬金ギルドを抜けた奴らが何してようが私にゃ関係ないね。あんたのところでもギルドを抜けて盗賊になった奴がいたはずだが、その責任を負ったのかい?」
レインリヒも熱が入っているようで声が大きくなっているようだ。
「それにそこの小娘はどうして所属ギルドの確認をしなかったんだい? ギルドを確認してから取引が始まるってのにそれを怠った結果だろう。その小娘はギルドが雇った人間じゃないのかい?」
「いや、それはその……」
「なんだいはっきり言ったらどうだい。こちとら可愛くて腕のいい弟子が文字通り精魂込めて作ったポーションをぶっかけられて泣きながら帰ってきたんだ。ただで済むと思わないことだね!」
おいレインリヒ。いつ俺が泣きながら帰ってきたって言うんだ。
それに弟子って、……なるほど利用させてもらうってこういうことか。
「レインリヒ様、どうかお話を聞いてもらえないでしょうか……」
「黙りなあ紅小娘が。あんたも仲裁した気になっているがどう見てもそっちが悪い上に身内を庇ったんだからね。仲裁じゃなくて逃がしたようなもんさ」
「ちょっとおばさん! アイナは助けてあげたんだから!」
「男の意地を力で止めるのが助けかね? なら名誉の死はただの無駄死にかい? だったらアインズヘイルを救ったS級冒険者のヘイロンは無駄死にだね」
「そんなこと言ってないでしょー!」
紅い髪の美女の声と、誰の声だ? 何か聞いたことがあるような……。
あッ! あの紅い髪の美女と一緒にいたちんまい犬耳か。
あいつも来てるのか……苦手なんだよなああいうタイプ。
人の話聞かなそうな感じだよね。
「……とにかく。本人と話をさせてくれないか? 彼が納得したらこの件は収めてほしいのだが」
「お断りだね。あの子にこれ以上悪影響を及ぼさないでくれるかい? あの子はたった一日で回復ポーション(小)を作れるようになった優秀な錬金術師なんだ。あんたらみたいな力で何でも解決できると思っている冒険者に下手に手を出してダメにされたら堪ったもんじゃない」
おいやめろレインリヒ。優秀とか、その、照れくさいだろう。
えへへ。
「なんと……」
「わかるだろう? これからあの子はどんどん優秀になる。回復ポーション(小)も大量に作ってくれるはずだったんだ。それを、あんたらが自分でぶち壊したんだよ」
レインリヒが楽しそうだ。
鬼の首でもとったかのように楽しそうに声をあげている。
いいぞ。もっとやれ。
「それにね」
お、レインリヒが隠し玉を出しそうだぞ。
言ったれ言ったれー。
「あの子は隼人が連れてきた子だ。この意味がわからないほどあんたらも馬鹿じゃないだろう」
「なんと!?」「え……」「龍殺しの隼人か!」「隼人ってあの隼人? S級の?」
「ああそうさ。その隼人だよ。S級で、龍殺しで、伯爵で英雄と名高い隼人さ」
「「「「…………」」」」
隼人すげえええええええええ!!
S級って多分一番上だろ? そんで龍殺し? 龍殺しちゃったの? 人間が?
多分コモドドラゴンとかってオチじゃないよね。
それで伯爵で英雄なの?
物語でいうともう中盤過ぎてるあたりだよね。
なんかそんな時に俺みたいなのと遭遇してごめんね!
ってかレインリヒ俺を隼人に紹介された時ヒヨコって呼んでなかったっけ?
都合のいいときだけ持ち上げるのかい。
「言っている意味がわからない訳じゃないだろう。さっきあんたはあの子を助けたと言ったがね。もし腕の一本でも切り落とされていたら私は全錬金ギルドに命令してでも冒険者ギルドに納品を禁止する通達をするがね。それがあの子を紹介してくれた隼人に対する私なりの筋さ。それでもあんたはあの子を助けたとでもいうのかい?」
「えっと……」
「ふん。もういいよ犬小娘。それでどう責任を取るのかね? 冒険者ギルドのマスターさん?」
決まった。レインリヒが腕組んで足組んで完全に打ちのめされた冒険者ギルドのマスターを見下ろしている姿が目に浮かぶ。
紅い戦線の二人も隼人の名前が出てから押し黙ってしまった。
受付嬢の子なんて多分顔真っ青なんじゃなかろうか。
まあ口も悪いし、態度も悪かったから同情なんてしてやらないけども。
「……問題の冒険者はギルドを追放……それに彼女にはギルドを辞めてもらいます。それとこれから三年間は我々の利益率1割での取引でいかがでしょう」
おおおお?
前二つは危険因子を生み出していないか?
だけどこれ、後者はかなり破格だろう。
「それはギルド間での取り決めだろう? あの子個人に対しては見舞金も何もなしかい。話にならないね。ほら帰った帰った」
「わ、わかりました。彼には冒険者ギルドから100万ノールを……」
わお。2、3万ノールのポーションが50倍以上になったゾ。
「耳が悪くてね。桁が違わないかい?」
「そんな、1000万ノールなんて足元を見すぎではないですか」
1000万!?
保険が利かない事故ですか!?
ふっかけるにもほどがあるよね。
「まだわかっていないようだね。あの子がこれからあんたら冒険者にどれだけの貢献をしてくれるのかってことも頭にないんだね。一度こじれちまったらもう二度とは戻らない。そんな状態を戻してやるって言っているのにたかが100万ぽっちですむ訳がないだろう」
「ですがギルドの資産が……」
「わかった。彼への見舞金は私が払おう」
「アイナ!?」
ん? どゆこと?
「すまないソルテ。これは私の責任だ」
「関係ないわよ! っていうかそんなお金……! あんた、まさか!」
「ああ。奴隷落ちしようと思う。がさつだが冒険者としての名は通っているし高くつくと思うのだが」
「なんであんたがそんなことまでするのよ! そこまでギルドに肩入れする必要ないじゃない!」
奴隷落ち? あの綺麗な人、奴隷になるの?
「あの争いは私が責任を持って止めて仲裁したのだ。その仲裁が間違っていたのだから責任を取る義務がある」
「ば、ばっかじゃないの! どこまでクソ真面目なのよ!」
「すまない」
「……冒険はどうするのよ」
「すまない……」
「謝ってばかりいないでよ……」
「そういうのはよそでやってくれるかい? それで、あんたの決断はどうするんだい」
レインリヒ、スウウウプワアアドュラアアイ。
とか馬鹿なこと言ってる場合じゃない。
なんだか事が大げさになっている気がする。
俺としては100万ノールもらえるだけでも十分ありがたいんですけど。
庶民派なんで……。
「それは……」
「彼への賠償ならば私が体で払おう。一度彼の所有物となってから判断を仰ごうと思う。他の取引についてはギルドマスター双方で決めてくれ」
「もう知らない! 勝手にすれば!! だけど、奴隷商館には私も一緒に行くから!」
「ああ。わかった。本当にすまないな」
「ふん」
「そうかい。あの子個人に対しては1000万ノール相当ということでいいだろう。それでえーと、ギルド間の取引を四年間あんたらの利益が一割の取引にしてくれるんだっけかな?」
さりげなく一年多いですレインリヒ様。
あなたとことん鬼ですね。
いつかしっぺ返しが来るんじゃないですかね……。
「わかりました……。それでよろしくお願いします」
ああもう、冒険者ギルドマスターも意気消沈で了承してるし……。
「こちらが契約書類になります」
リートさんも準備がいいなおい。
流石長年付き従ってるんですね。一年多く言うだろうって決めてかかってた速度ですよ!
「それじゃ、どうせ聞こえてるんだろう? 出ておいで」
バレテーラ。
ここで登場ですか。正直顔出し辛いんですけど。
絶対空気重いし、下手すると親の仇のような目で見られるんじゃないだろうか。
「何してんだい早くおいで」
レインリヒ様お声が怖いです。
しかし俺も男の子。意を決して扉を開きますともさ。
開けた瞬間注目を浴びる。
うん。この感じ嫌いだ。
思ったとおり冒険者ギルドの二人の顔色は悪いし、アイナさんはきりっとしてこちらを見ているがソルテさんは睨み付けるようにこちらを見ている。
俺が悪いんじゃないジャン!
「本当に、すまなかった……。聞こえていたかもしれないが、この度君への謝罪として私は君の奴隷になることになった。奴隷商に行き値段を調べてから所持するか売ってしまうか決めてもらってかまわない。どうかそれで許してくれるだろうか?」
うわー。
うーわー。
心に響くわー。
こんな美しい女性が君の奴隷になるって、うーわー。
しかもアイナさん着やせするっていうかスタイルめっちゃいい。出てるところ出てるし引っ込んでるところ引っ込んでる。
でもねでもね、
重いよおおおおおおおお!
重すぎるよおおおおおおおお!!
ポーションぶっかけられただけなのにさ!
いやあの時は確かに、あれだけで済ませられない怒りがあったけどさ!
これは違うじゃん! なんか違うじゃん!!
今回の件のアイナさんの比率ってそんなに多くないじゃん!
何俺幸運EXとかついてるの?
実は隠しステータスにLUKがあってカンストしてるの?
してたら初めに芋虫と遭遇しないよね!?
そういうのいいよー……。
平穏に暮らしたいんだよー……。
だから俺はこう言った。
「お断りいたす!!!」
とりあえず書く!
変なら後で直す!
とりあえず書く!
5/19 15:03 ご指摘された部分を変更いたしました! 多分、これで、きっと大丈夫。
また何かお気づきになられたらよろしくお願いします。