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「ロイド・ウィラー様!スカーレット・ミレン様!ご入場です!」
案内係のアナウンスと共に扉が開かれる。眩い光の中、力強い足取りでレティを完璧にエスコートする。あちこちから羨望の眼差しと、ため息が漏れる。俺がレティをエスコートしている意味に気付いた貴族たちの驚きが、さざめきとなり波のように押し寄せる。
「公爵家と辺境伯家の婚約だと?」
「とんでもない組み合わせだ…」
「政治の公爵家と武力の辺境伯の婚約など…。隣国の怪しい動きに乗じて王家に仇なすつもりか…?」
「先の王弟殿下の振る舞いに我慢ならんのだろう…」
まぁ、国内情勢を考えると妥当な意見だな。
「ロイド様……素敵」
「お似合いの二人だわ…」
「あぁ…麗しのスカーレット嬢…」
「そんな!ロイド様が婚約済だったなんて…悔しい!!」
「あの女…」
「レティたん…」
うん。おおよそ無視だが、後半は粛清対象だな。
同じ会場にいる父と母を見ると、すごくイイ笑顔でサムズアップしている。驚くことに、隣にいるミレン辺境伯夫妻も同じリアクションだ。恐ろしい御仁だと思っていたが、意外とウチの両親と根は一緒なのかもしれない…。
会場中央で優雅にお辞儀をし、父達の元ヘ行く。
「エストワール・ツヴァイト・ミストラル殿下!アラン・キルケニー様!ダニエル・カイオム様!マルクス・ピリング様!リリア・ヴァーベナ様!ご入場です!」
5人で入場だと!前代未聞だ!信じられん!
ひと息に言い切った案内係が酸欠状態で可哀想ではないか!
エストワール殿下が、レースやリボンをふんだんにあしらったピンクのドレスに身を包むリリア嬢をエスコートし、その周りを騎士の如く残りの3人が取り囲む。エストワール殿下もリリア嬢も得意気な顔をしている。周囲の良識ある貴族たちの眉間のシワが目に入らないらしい。
中央まで来ると、リリア嬢はぎこち無くお辞儀をした。上位貴族に囲まれているから粗が目立つな。それを「良く出来た」と言わんばかりに見守る4人の薄ら寒いことよ。
するとおもむろにエストワール殿下が叫ぶ。
「今日この佳き日に、皆の者に伝えておかなければならない事が「アレクシス・エアスト・ミストラル殿下!クロエ・ウィラー様!ご入場です!」
「何っ?!」
本来、王族の発言を遮るのは不敬なのだろうが、そこはアレクシス殿下の許可を貰ったのだろう。案内係の今日一番の美声が響く。自分たちが一番最後の入場者だと思っていたエストワール殿下達は、固唾を呑んで最後の入場者を見た。
アレクシス・エアスト・ミストラル第一王子殿下とクロエ・ウィラー公爵令嬢の入場である。洗練された所作、完璧なエスコート、流麗なお辞儀…。どれをとっても先程の第二王子殿下たちの入場とは比べ物にならない。アレクシス殿下の纏う王族としての覇気に、クロエの纏う国母になり得る慈愛のオーラ…。一流とはこういうモノだと見せつけられたようだった。
自然と拍手が沸き起こる。先程、俺とレティの婚約に難色を示していた貴族からも、
「王家と公爵家でも婚約関係を結んでいたのか…」
「これは国外からの脅威に一体になって立ち向かう!という意思表示だったのか」
「我々も力を合わせようではないか!」
と、想定通りに好感される。
さて、彼等はどうする?
視線を送るとエストワール殿下が再び叫んだ。
「クロエ!!私からの寵愛が得られないからと言って、兄上にエスコートを頼むなど…。そんなにも王子妃になりたいのか!恥を知れ!!お前の見え透いた駆け引きなどに誰が乗ってやるものか!!」
ヤバイ…。アレクシス殿下の機嫌が急降下している。あれは人を殺す目だ…。死んだなエストワール殿下。
「スカーレットもだ!田舎貴族は田舎貴族らしくしていればいいものを…。厚顔にもロイド様にエスコートを頼むなんて!まったくつり合っていないのがわからないのか!!お前との婚約など破棄だ!!」
キルケニー侯爵子息も負けじと叫ぶ。
うん、粛清しよう。
俺とアレクシス殿下の異様な雰囲気を感じ取ったクロエが、手に持った扇子を開きエストワール殿下に応じる。俺とアレクシス殿下は扇子を開く音に冷静さを取り戻した。危ない危ない…。
「エストワール殿下。私は一度もあなたの寵愛を請うた覚えは無いのですが?」
「何を馬鹿なことを!お前はここにいるリリアに酷いイジメを行ったそうではないか!私とリリアの仲を妬んでな!」
「どこにそのような証拠が?」
「リリアがそう言ったんだ!被害者の証言があるんだ!言い逃れできないぞ!!」
カイオム伯爵子息が吠える。
「そんなものは証拠とは言えませんわ。私は物的証拠や第三者の証言を求めているんです」
クロエ、心底面倒くさそうだ…。
「それなら僕が証言しよう」
そう言ってピリング教皇猊下子息が前に出る。
「3ヶ月ほど前、放課後の教室で教科書をビリビリに破られ、びしょ濡れのリリアがいたんだ。可哀想に…リリアは泣いていたが、その時には気丈にも誰にやられたかは絶対に言わなかったよ。2週間前にはもっと危険な事が起こった。授業終わりに誰かの叫ぶ声がしたんだ。僕は慌てて声のする方に向かったら、中央階段の下でリリアが倒れていた…」
「だから何ですの?」
「命の危険を感じたリリアは言ったんだ!階段から落ちる時、ミルクティー色の髪色の女生徒が走り去るのを見た!とね」
「バカバカしい…」
クロエが特大のため息をつく。確かに、決定的証拠でも無ければ、結局本人の証言だからなぁ。
「そんなっ!クロエ様、あんなことをしておいて恥ずかしくないんですか?確かにエスト殿下と仲良くなった事は申し訳ありません…。でも!政略結婚なんて悲しすぎます!王族だって一人の人間なんです!真に愛する人と結ばれるべきなんです!私は…男爵令嬢と身分は低いですが、エスト殿下を愛する気持ちと支え合いたいと思う気持ちはクロエ様には負けません!」
「リリア…なんて優しいんだ!そなたこそ私に相応しい!」
…おい、一人の人間だと?王族とそれ以下を同等に扱うなよ。そんな世界なら王族なんて要らないじゃないか。彼等の肩には全国民の運命が乗っているんだぞ…。それを…
『茶番だな(ね)』
「ロイド!クロエ!何だと!」
エストワール殿下が叫ぶ。
「茶番だと言っているんです。特に最近の国外情勢が怪しい中で、王族の存在意義も、その肩に乗っているであろう重責もわからないとは…。エストワール殿下は王子教育を真面目に受けられたのですか?」
「まったくお兄様の仰る通りですわ!王族とは誰にもおもねることの無い存在。支え合うなど生温い事を…。国にとってより良い選択肢を選んでもらう為、身を粉にする覚悟も無いとは…」
「それにアレクシス殿下に万が一の事があれば、エストワール殿下が次代の王なのですよ?お分かりですか?」
「ストップ!ストーップ!!」
『アレクシス殿下…』
「二人の忠臣ぶりは良く分かった。まずロイド。私はそんな簡単に死なないから」
「失言でした」
「次にクロエ。身を粉にするとか…そこまでの自己犠牲精神は私も求めてないから。アドバイスは欲しいが、私が一番求めているのはクロエの愛という事を忘れないでね」
「失礼しました」
クロエ真っ赤だな。思わぬ所で本心をさらけ出してしまったからな。
「兄上…これはどういう事ですか?」
俺達兄妹の勢いに押されたエストワール殿下が、涙目で聞いてくる。
「どうもこうも、クロエは私の婚約者だよ。5年前からね」
「「「「「えっ???」」」」」
「それにキルケニー侯爵子息。スカーレット嬢も同じく5年前からロイドの婚約者だ。どうしてこういう間違いを犯すのか理解できないが、君の婚約者ではないことは確かだ。それにミレン辺境伯は国境の要だよ?君が田舎貴族と馬鹿にしていい存在ではない。正直な話、現時点でキルケニー侯爵家よりミレン辺境伯の方が私にとっては優先順位が高い。この意味、お分かりだね?」
「そっ、そんな…」
キルケニー侯爵子息が青い顔をして呟く。ミレン辺境伯、物凄くイイ顔してるな。対して、キルケニー侯爵は息子と同じで顔面蒼白だ。これは廃嫡決定だな。
「まぁ、何にしても私は気分がいい。思いがけず照れ屋な婚約者から大きな愛を貰ったからね。取り敢えず君たちには謹慎が必要だと思うから、この会場からご退出願おう。今後の事はまた追って沙汰する。それでいいですよね?陛下」
「はぁ…。アレクシス、お前に任せる」
「御意。では騎士団の皆さん、よろしくお願いします。そうそう、ヴァーベナ男爵令嬢。君のやったことは全て影が見ていたよ?」
「えっ!?」
「私はものすご〜く婚約者を溺愛しているんだ。しかし学園は卒業済だし、公務もあるからね。心配性の私が、あんなに可愛いクロエを無防備な状態で学園に置くわけナイでしょ?」
「ヒィッッ!!」
今日一怖いな。ストーカーめ。しかもクロエもばっちり聞いているぞ。身から出た錆だからな、自分で何とかしてもらおう。
あと1話続きます。結局裁いたのはアレクシスでした。