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今日はいよいよ、デビュタントの日だ。
両陛下への謁見が済んだ後、パーティーとなる。謁見の際のエスコートは父や兄など親族が、パーティーの際のエスコートは婚約者や近しい者が行うことになっている。自由恋愛が流行している昨今、このパーティーで驚く親が急増しているようだ。中には婚約者を放り出して別の者をエスコートする輩もいるとか…。それもこれも王弟殿下が変な前例を出してしまったのが悪い。隣国が怪しい動きをする中、国内の結束を強めたい王家にとって頭の痛い話である。いくら年が離れているからと言って、前国王陛下も国王陛下も王弟殿下に甘過ぎだ!王弟妃を平民から娶るなど聞いたこともない。将来のアレクシス殿下の治世に禍根が残ったらどうするんだ。側近であり、幼馴染である俺の仕事が増える未来しか見えない…。
そのため、アレクシス殿下と今回の件は綿密に打ち合わせをした。クロエの件については影からの報告も受けていたようで、おおまかな事は把握していたらしい。
まさか弟が本気でクロエを自分の婚約者だと思っていたとは思わなかったらしいが…。
キルケニー侯爵子息と同じ症状である。彼らの中心にいるヴァーベナ嬢とは洗脳の力でもあるのだろうか?念の為、その線や隣国の間者の可能性も疑ってみたが何も出てこなかった。
ただの脳内お花畑野郎共だと言うことがわかっただけだ。
まぁ、悩み多き多感な年頃に、美少女から言い寄られ、劣等感を刺激されながら「私はあなたの味方です!」と言われれば落ちなくもないのか…?
うん、レティにされたら間違いなく全てを差し出しているな!
彼らには同情するが、やり方がスマートではない。アレクシス殿下の話では、どうやらこのパーティーで婚約者(仮)にありもしない罪状で婚約破棄を突き付けるようだ。もう社会に出るのだから、もう少し頭使おうよ。我が国の貴族・要人が揃っている中で、半人前の烙印を押されるだけだぞ。というか、自分の婚約者くらい把握しろよ!
入場の際のエスコートで、何か感づいてくれればセーフ、気付かずに断罪を始めたらアウトだ。溺愛するクロエを傷つけることがあれば、アレクシス殿下がどう暴走するかわからない…。まぁ、俺もレティを傷つけられたらどうなるかわからないがな…。おそらく彼らは二度と日の目を見ることはないだろう。
入場を待つ部屋でレティと対面する。
濃いグリーンのシンプルなAラインのドレス。胸元と裾に飴色で蔦のような刺繍を施してある。背の高いレティが着ると上品で洗練された印象になる。髪の毛は片側で緩く纏められ、プレゼントしたバレッタが輝いている。うなじからのぞく計算されたような後れ毛が、清楚な中にも妖艶さを醸し出し、筆舌に尽くしがたい。開かれたデコルテには、レティの瞳と同じ色の大粒のルビーが飾られている。まさに高貴な薔薇のような出で立ちだ。あまりの美しさに感動していると、
「独占欲丸出しのドレスね、お兄様。黙って感動していないで感想でも仰ったらどうなの?」
とクロエに邪魔をされる。そうだったこの控室にはアレクシス殿下とクロエもいるんだった…。通常は一組ずつだが、今回は作戦会議もあるため同室にしてもらったのだ。
「そういうクロエも殿下の独占欲丸出しのドレスじゃないか」
クロエのドレスはブルーのプリンセスライン。内側にいくほど薄い青に変わるグラデーションは、シフォンを重ねて作られている。所々に瞬くように小粒のダイヤが縫い留められており、首元には、イエローダイヤを連ねたネックレスが輝く。髪の毛はハーフアップにされ、妖精姫の名に恥じない出で立ちである。
「殿下は褒めてくださるわ」
「そうだともクロエ!この世のどんな美も君の前では塵も同然!人の域を超えたその美しさに、いつ妖精界に連れ去られてしまうのか私は気が気でないよ!だが、私もクロエを愛する者。妖精が立ちはだかろうが、そう簡単には連れ去らせはしない!」
「だそうよ…」
殿下は跪いてクロエに愛を囁いているが、クロエの目が死んでいる。クロエも殿下を憎からず思ってはいるが、どうにも圧が強いのがついていけないらしい。愛を囁かれる恥ずかしさは、出会ってすぐにかなぐり捨てたと言っていた。
「ロイ様…。どうでしょう?どこかおかしな所はありませんか?」
レティが遠慮がちに聞いてくる。
「おっ、おかしな所なんてどこにも無いよレティ!…すごく、すごく綺麗だ」
「ありがとうございます!ロイ様も今日は前髪を上げているんですね。いつもの髪型も素敵ですが、今日は雰囲気が違うので…その…」
「エロいわよね!」
「うん、エロいな!」
「何その感想!!」
「ロ、ロイ様!男らしくてとっても素敵ですよ!!」
「レティ…」
「でも、レティ。エロいのはお兄様だけではなくてよ」
「そうだぞスカーレット嬢。二人合わせてエロいんだ」
「「え〜〜〜〜!」」
「だってお兄様のこの装いをご覧なさい。前髪を上げることで出る大人の男の色気、フォーマルなブラックタキシードにタイとチーフとカフスはレティの瞳色の真紅を使うなんて…夜の帝王と言っても過言ではないわね」
アレクシス殿下もうんうんと頷いている。
「そしてその横に抜群のスタイルを持つレティが立つのでしょう?エロい以外に言葉はないわ!」
「きっとお前達がこういった装いであることは予想できたからな…。会場の雰囲気をニュートラルに保つためにも、私とクロエは清涼感たっぷりの装いにしたのだぞ」
そう言う殿下の装いは、ミルクティーベージュのタキシードに若葉色のタイとチーフとカフスであった。
「何か、すみません」
と謝ってしまったのは自然な流れであろうか…。
「ロイド・ウィラー様、スカーレット・ミレン様、そろそろ御準備をお願いします」
案内係に名を呼ばれる。
「では、行こうか」
「はい!」
アレクシス殿下とクロエは最後の入場となるため、笑顔で送り出してくれる。気を引き締め、入場のための扉に二人で向かった。
次回、ざまぁです。