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込み入った話になりそうなため、俺はスカーレット嬢を連れて品の良いカフェに入る。ここは要人も使用する信頼のおける場所だ。落ち着いて話ができる。
クロエはアレクシス殿下に連れていかれた。最初はスカーレット嬢に付いていく!と言っていたが、珍しい宝石が手に入ったと殿下から聞き、喜んで殿下の馬車に乗り込んでいた。
巷では『妖精姫』などと言われているが、本人は宝石や鉱物にしか興味の無いドワーフのような娘だ。しかも着飾ることより、その有用性の方が気になるという…。俺には理解できないが、そういった所もアレクシス殿下は好感を持っているらしい。
そんなことを考えながら、俺は運ばれてきたお茶を一口飲み、スカーレット嬢に尋ねる。
「スカーレット嬢。先程のキルケニー侯爵子息の発言なのですが…、いったい何が起こっているんです?」
「はい。どうやらキルケニー侯爵子息様は、私がご自身の婚約者だと思い込んでいるようなのです」
「……それは、また何というか。例えば、貴女が彼にそう思われるようなことをしたのですか?」
言ってて悲しくなった。お願いだから否定してくれ!
「いいえ!とんでもありません!!それに『違います』と何度も申し上げております!聞き入れてはもらえませんが…」
「聞き入れてもらえない?…彼は言語理解能力が低いのか?そうなると、キルケニー侯爵家の後継から彼は外されてしまう可能性が…」
真面目に答えていると、スカーレット嬢の方からクスクスと笑い声が聞こえる。驚いて顔をあげると、ルビー色の瞳と視線が交じる。
「失礼致しました」
恥ずかしそうに頬を染めるスカーレット嬢が尊い。可愛い。
「でも、ロイド様もそんな冗談を仰るのですね。まぁ、本人に聞かせるには酷い内容ですが…」
そう言ってまた微笑む。
……微笑む?
えっ!本当に?俺の話でスカーレット嬢が笑ってくれている!初対面から今までこんなことがあっただろうか!いや、無い!今日は記念日になるかもしれない。頑張れロイド!もう少し踏み込め!!
「綺麗だ…愛してる…」
「えっ!」
びっくりして、目をまるくしたスカーレット嬢も可愛いな…。びっくり?……えっ?今、俺はナンテイッタ?
みるみるスカーレット嬢の顔が真っ赤になる。そして徐々に俯いていく。バカバカ!俺のバカ!!踏み込み過ぎて踏み抜いてどうする!まずは『好き』を伝えてからでしょうが〜!って、そんな話してないし!どうしよう、キモいと思われたら明日から生きていけない……
「あっ、いや、違うんだ!いや、違くない!違くない。えぇ〜っと、つまり俺が言いたいのは…」
「嬉しいです!」
「えっ?」
俯いていたスカーレット嬢がまだ赤い顔をしっかり上げ、瞳を潤ませながらハッキリと答える。
「私もロイド様を愛しています」
「ホントに?」
「本当です」
「ウソ…すごい!すごい嬉しいよ!スカーレット」
「私もです、ロイド様。実は私、この婚約は政略的な意味合いとロイド様の身辺警護を兼ねての婚約だと思っていたんです。辺境の地で剣を振るうしか能の無かった私が、中央の、ましてやウィラー公爵家のロイド様と婚約できるなんて…。そんな僥倖あるわけ無いと思っていましたから…」
そう言いながら恥じらうスカーレット嬢は、この世の者とは思えない美しさだった。
「はぁ〜。でも政略結婚はわかるが、まさか身辺警護だと思っていたなんて…」
「だからロイド様とのお茶会はいつも緊張しました。敵がいつ襲ってくるからわからないという事と、田舎貴族の私が公爵家の使用人が見守る中、粗相無く振る舞えるかという事に全神経を注いでいましたから」
だからあんな塩対応のお茶会だったのか…。今さらながら、もっと早くに自分の本心を伝えれば良かったと後悔する。
「さすがに他者の目がある時は無理だが、今度から二人きりの時はもっとありのままの貴女でいてほしい。私も善処する」
「では、私のことはレティとお呼びください。親しい者は皆、そう呼びます。それに善処すると仰るなら、ロイド様も取り繕わないでください。先程、一人称は『俺』でしたわよね?」
「聞いていたのか…。では、俺も取り繕わないようにするよ。俺のことはロイと呼んでくれて構わない」
「さすがに呼び捨てにはできませんので、ロイ様でよろしいでしょうか?」
「あぁ、わかった。では、その…レティ」
「はい。ロイ様」
「これを受け取ってくれないか?」
差し出したのは、前回渡せなかったバレッタタイプの髪飾りだ。レティの凛とした佇まいを損なわないようにシンプルな作りになっている。だが独占欲をあしらいたい俺は、そこに質の良いエメラルドを上品に散らしていた。宝石に関してはクロエからお墨付きも貰っている。
「素敵な髪飾りで嬉しいです!それに…ロイ様の瞳の色ですね」
そう言いながら、はにかむレティは女神だっだ。
あぁ〜…もう、なんでそんなに可愛いの!!
今、俺は召されているのかな?今なら何でもできそうだ。
「今月のデビュタントには必ず付けて行きます!ドレスもプレゼントしてくださり、ありがとうございました!昨日届いたんですが、素敵過ぎて何時間も見つめてしまい…、侍女たちから生温い目で見られているんですよ」
「気に入って貰えたなら良かった」
「でも、当日が心配で…」
「キルケニー侯爵子息の件か?」
「いえ、それだけではないんです。エストワール殿下やカイオム伯爵子息、ピリング様までもが何かを起こしそうで…」
「第二王子殿下に騎士団長子息、教皇猊下のご子息か…。彼らに共通点はあるのかい?」
「皆さん、ヴァーベナ男爵令嬢と行動を共にしていますね」
「あの、自由恋愛布教活動家か…」
「よくご存知ですね」
笑いを堪えながらレティが聞き返す。
「まぁね。でも王族も出席するデビュタントだ。この件についてはアレクシス殿下と相談させてもらうよ」
「それがいいと思います。それにクロエにも関係がありますので…」
「何だって!?」
詳細を聞いた俺は、デビュタント当日を無事に過ごせるのか、一抹の不安が心をよぎったのである。