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次の日、クロエとスカーレットが通う学園前。
ロイドはそわそわしながら門前でスカーレットを待っていた。
「キャー!ロイド様よ!!」
「相変わらず、なんて麗しい…」
「クロエ様をお待ちなのかしら?」
「ロイド様、確かまだ婚約者を決めてらっしゃらないのよね」
「私、立候補しようかしら」
「貴方では無理よ〜」
「何ですって!!」
五月蝿い…。俺の婚約者はスカーレット・ミレン嬢一択だ。他の者が入る余地などない!
―――そう。俺とスカーレット嬢の婚約は公表していない。隣国がキナ臭い動きをしているため、王家と国防を担うミレン辺境伯家、宰相の父とで未公表を決めた。期限は、隣国の動きが落ち着くかスカーレット嬢のデビュタントまで。隣国の動きはまだ不透明だが、デビュタントは今月だ。やっと、やっと俺の婚約者だと公表できる!そして学園を卒業したら、結婚だ!
毎日、会える!なんて幸せなんだ!!
妄想の世界にいるロイドは気づかない…。幸せそうな穏やかなその微笑みに、何人もの令嬢が倒れていることを。
「…お兄様」
「あぁ、クロエか」
「その、無駄なフェロモンを止めてくださる?攻撃力が高すぎなのよ」
「えっ!??」
「無自覚とか…。これならまだ、意識してやっている殿下の方がマシね」
「私が、何だって?」
「殿下!!何故ここに!!」
「クロエに会うのに理由なんていらないだろう。愛しい私の妖精姫」
そう言ってクロエの髪を一房すくい、キスを落とすのは我が国の第一王子、アレクシス・エアスト・ミストラルである。
金髪碧眼のTHE王子の彼は、クロエの婚約者でもある。もちろん俺と同じで、殿下も婚約関係を公表できていない。今月のクロエのデビュタントでこちらも発表される。見ての通り、アレクシス殿下はクロエを溺愛している。今もクロエをからかいながら、クロエに視線を寄越す男子生徒を逐一チェックしている。学園の中に影を忍ばせ、クロエの動向を報告させているのはクロエには秘密だ。俺は王子の側近ということもあり、たま〜におこぼれにあずかっている。決して王子のようなストーカー野郎ではない!たぶん…。
「おや?向こうから来るのは、ロイドの愛しのスカーレット嬢…とキルケニー侯爵家の嫡男か」
「何っ!!」
学園の制服を見事に着こなし、颯爽と歩くスカーレット嬢。世界がそこだけ輝いて見える。隣に邪魔者さえいなければ…。スカーレットがこちらに気付く。
「ロイド様?」
「やぁ、スカーレット嬢」
「珍しいですね、学園まで来られるなんて。どうかされたのですか?……あぁ、クロエにご用でしたのね!」
「いや、今日は「アレクシス殿下!ロイド様!お久しぶりです」
俺の言葉を遮り、キルケニー侯爵家子息が話しかけてきた。思わず目を細め、鋭い視線を送ってしまったのは仕方がないだろう。アレクシス殿下が笑顔で片手を挙げるのを見て、俺はすぐに表情を戻し社交スマイルで対応する。
「久方ぶりです。先日のキルケニー家でのパーティー以来ですね」
「ロイド様に覚えていただけたなんて…光栄です!」
そう言ってヤツは頬を上気させる。
「それより帰り際に往来で引き止めてしまって申し訳ない。いい大人が駄目ですね…」
俺は、伏目がちに申し訳無さそうに答える。本心は早く帰れ!コールが鳴り止まないが。
「そんなことありません!では、またお会いできる日を楽しみしています!」
そう言って、こちらにお辞儀をする。
だが、そのまま帰ると思いきやヤツは特大の爆弾を落として去って行った。
「スカーレット!先程も言った通り、デビュタントの日の俺のエスコートは期待するなよ。だからといってドレスや装飾品のおねだりも無しだ!俺は忙しいんだ。田舎貴族は田舎貴族らしく、弁えた格好をしてこいよ!じゃあな!!」
「……は?」
思わず貴族らしくない言葉が出てしまった。だが、俺は止まれない。嫉妬心がジリジリと身を焦がす。
「スカーレット嬢、どういうことか説明してもらおうか?」
バックにブリザードを吹かせながら一段低い声を出し、にこやかに問い詰める。スカーレット嬢を怯えさせてしまったかな?などと考えている余裕は無い。
クロエとアレクシス殿下は隣で青い顔をしている。
そんな中、当の本人は小首を傾げ頬に手を当て、
「ええ。実のところ私にもサッパリわからないんです」
と、本気で不思議そうにしている。
「……えっ??」
俺の嫉妬心は一気に霧散した。