「私、いらないらしいですよ。神さま」
※女性の容姿に対する侮蔑があります。ご注意。
「だっていらないと言われましたし」
神には一切の区別も差別もないのだと……。
身分の低い平民が神に気に入られ、神殿に引き取られて聖女の地位に――王子の婚約者に据えられて。
だが、王子は平民出の聖女を気に入らず。
そうしてとうとうある日――婚約破棄をした。
アンナは聖女とされた八歳から十年間。毎日毎日、一日も欠かさず働いていた。
アンナの聖女の能力は「癒し」。
それを神殿にて、毎日毎日、怪我人、病人、はては呼び出されて王侯貴族の肩凝りや腰痛まで。
朝の夜明けとともに起きて、聖女らしく沐浴、その後は神像に祈ったら朝食。その後はぶっ通しで昼食まで神殿に来る人たちの「癒し」。
昼食のあとは呼び出されて王城から貴族の家に。今日はお妃さまの腰痛から。だったらこんなコルセットしなけりゃいいのに。腹筋したら? その後はある貴族のお嬢さん家。ニキビ? まぁ、気になるだろけど、触らなきゃそのうち治るよ。好き嫌い言わず野菜食え野菜。
内心でツッコミつつ、アンナは今日も「癒し」を使う。
今日もよく働いたと日が落ちるころ神殿に帰宅したら、また沐浴して身を清めて、夜の神像への祈り。そして晩ごはん食べたらしばらくしたら就寝。油もったいないからはよ寝よ。
そんな繰り返しの日々。
ちなみに、沐浴が冷たい水で風邪引いたら「癒し」ができないとストライキした。ぶっちゃけ、ゲホッゲホッと吐きそうな咳しながら「癒し」をしようとしたら、王侯貴族に嫌がられたのを神殿が重く見なければアンナのストライキ程度では改善されなかっただろう。自分にも「癒し」はできたけど、本当にうっかりだったけどかけなくて良かった。けがのこうみょう。さいおうがうま。田舎の小難しいじいさんが言ってたの、たぶんこれ? え、ちがう?
食事も毎日かたい黒パン一切れとされては力が出ないとストライキ。これはマジで。
お腹がすいて力が出ません……ごはんを、ごはんをください……。
病気を治して貰おうと神殿まで来たら、八歳の幼女ともいえる小柄で細い子供が、ぷるぷると震えながら逆に助けを求めた。自分より遥かに具合悪そうに。
「癒し」を求めてきた信者のひとが信じられないという目で神殿のお偉方を見た。自分たちの「癒し」の寄付金という名前の代金はどこへ?
「癒し」がされないなら寄付金も無しになる。
しぶしぶだが食事も改善された。ちゃんと肉や野菜や卵、ときどき果物も。
それでも、何かと虐げられているのには変わりない。聖女の頑張りというか、「癒し」の効率を優先されただけだけども。
八歳の少女が田舎育ちで、よくわかっていなかったから、というのもあったのだが。
逆にお貴族さまの弱々しき少女であれば、お腹がすいたよぉなどとは、恥ずかしくて言えないし、咳も我慢しただろうか。
アンナも物怖じしないであれこれ言えたのもその初めの数年間だけだったが、言ってよかったと、後々何度も。
しかし食と生活の一部を良くしたとしても、神殿もやはり田舎の平民出の聖女を軽くみていた。
聖女と言えばやはり神々しく、慈悲深く、そして何より美しいだろう。
田舎育ちの赤毛のそばかす混じりのちびすけが聖女とは認めたくない貴族出身の多い王都の神殿だ。
十年も経てばそばかすも薄くなったし背も伸びたのだが。食生活改善されて本当によかった。
――まぁ、アンナはそういう扱いをされていた。
王子の婚約者にされたのは、そうしたしきたりがあったそうな。
昔々、王様が聖女を娶ったとかなんとか。それから聖女がみつかる度に、王族のお嫁さんになったのだとか。
今代のお妃さまは聖女じゃないけど。
なので聖女の結婚相手は王族だろう、と王子の婚約者にされた……アンナが頼んでもいないのに。
王族としても、不調があればすぐ治してくれる存在が身近にあれば便利。
しかしこの王子さま。
三男坊で甘やかされていたが、顔だけは良い。そう、顔だけは。
だから初めてあったアンナのそばかすのある顔に「こんなのやだ」とおっしゃった。
美しい自分の隣にたつのなら、同じく美しい存在じゃないと。
それは出会ってから十年間。
王子が顔にニキビができたとか、転んで擦りむいたとか、悲鳴を上げながらアンナを呼び出すのは、そうした時だけ。
ちなみにそんな初対面に扱いなので、アンナはまったくもって王子に興味がない。お呼びと聞くと「今日は鼻かな? おでこかな?」と、ひとりクイズをしているくらいにしか。
そんな日々が、十年間。
ある日、王子が宣言した。
「私はアンナとは結婚しない!」
と。
それはよりによって、神さまを讃える神聖な日。
さすがに今日は「癒し」のお仕事はなく、アンナも聖女としておきれいな法衣を着て、神殿のお偉方と並んでいたのだが。
祭事がほどほど進んだところで。
第三王子がやらかした。
隣に美しい少女を伴って。
「私は結婚するならこの美しく、身分も教養も高いエリアーデ嬢を選ぶ!」
それはアンナも何度かニキビや吹き出物を治してあげたことがあるから知っていた、侯爵家のご令嬢。
エリアーデ嬢もうっとりと第三王子を見つめている。本当に顔は良いのだ。顔は。
「わたくしもルード王子をお慕いしております」
「エリアーデ……!」
「ルード王子……!」
うん、双方ともに金髪碧眼の美男美女で絵になる。あの辺りだけ、花咲いてる。
王子の名前を実は今ごろ思い出したと言ったら怒られるかな、と内心そんなことを考えていたアンナだった。
「アンナのような聖女としての能力しか取り柄のない醜い女! 私はいらない!」
ふふん、て王子と令嬢がこちらをみている。
神殿にいる皆さまも、二人の美形とアンナをみて――「あー……」て顔をした。
あー……と、何とも言えなさそうな。
決してアンナは不美人ではなかったのだけど。そばかすは薄くなったけど、どこか垢抜けない雰囲気は十年前のまま。二人と並べたら、やはり差はある。
神殿に来ていた国王はいきなり始まった息子の婚約破棄に驚いていたけど、皆様と同じく「あー……」な気持ちになってしまっていた。お妃さまと他の王子たちも。
ちなみに他の王子たちには政略もあって、他国の王女さまと、国内の有力貴族の奥様がいた。第三王子も政略で聖女を、だったのだが。
ちなみに、王子はただ見た目だけで聖女を嫌っていた。もしも聖女がもう少し着飾ったら。もう少し見た目を気にして、美しくなろうとしたら。
多少は考えてやってもいいなと思ってはいた。
何せ聖女としての能力は間違いなく有能だったから。「癒し」のおかげでこの国は多いに助かっていた。
自分の大事な顔だって。
だから変な冤罪をなすりつけて国外追放とかは考えてはいなかった。彼女が毎日毎日、聖女の「癒し」で働いているのは、そこは理解していたから。
でも、隣にいる令嬢の美しさも間違いなく。自分の隣に立つならこれくらいはないと。
だから今日まで悩んでいたが、法衣を着て、多少は着飾っても――無いな、と思った故の、この婚約破棄だ。
我慢したのは自分だと王子は思っていた。
だから穏便な話し合いとかは頭から放り出していた。だからこんな場所で――。
皆が言葉を考えていて出遅れた。
息子を、弟を、叱ろうと。
聖女を慰めようと。
そして、この容姿ならふられても仕方ないと嘲笑するもの。
「私、いらないらしいですよ。神さま」
聖女がそうあっさり神像に話しかけたのだ。
その次の瞬間だった。
聖女の姿が――消えた。
それを皆がまばたきして確認しているうちに……始まった。
「……う、うあ」
顔がピリピリと痛くなって王子は思わず押さえた。ピリッとした痛みを指先で触れたところに感じれば、指先には血と――僅かな膿のような。
「わ、わァ……血、血ィ!?」
驚いて悲鳴を上げれば周りからはもっと大きな悲鳴も上がっている。
「うああ! 足が!? 足が!?」
それは王太子となる長兄。足が変な方向を向いて立って居られなくなったのか尻餅をついている。
その隣で、母が腰を押さえて声もなくうずくまっている。国王である父も。
「あああ……」
近くから泣き声が聞こえ、それが愛しいエリアーデと気がついて……。
「ひっ、だ、誰だ!?」
吹き出物だらけで赤黒い顔をしている女がいた。
「それはお前もだ……」
混乱していると、唯一何も変わっていないふうの兄――第二王子がため息をついていた。
「そうだ、兄上は落馬して足を折ったことがあったな……」
「……ああ」
王太子は弟の肩を借りて、何とか近くの椅子に腰掛ける。
「私が素人手当てするより、医師に診せた方が良いでしょう」
「そうだな。すまん……」
兄たちは混乱から回復したのか、何か解ったようだ。
父たちは腰痛のあまりに声が出ないようだが。それは下手に動かすのも危険だと、兄王子はなんとか医師を呼ぶよう無事なものたちに指示を出す。
「あ、あにうえぇ……いったいなにがぁ……」
弟の情けない声に、兄たちは――その様子に、ため息をついていた。
「お前、そんな程度で聖女に治してもらっていたのか?」
「え?」
「……後で鏡を見るんだな」
兄上の骨折は仕方なかったですと、次兄は長兄を慰めていた。弟とは違います、と。
もう皆、解った。
かつて聖女に「癒し」てもらったものが――なかったことになったのだと。
よみがえったぎっくり腰で動けない王の代わりに、王太子は急いで指揮をとる。足のせいで動けない分は、次兄が動いた。彼は、忙しい聖女様に、かすり傷程度も治していただくのは申し訳ないと、ずいぶんとできた王族だった。長兄のは大けがだったから仕方ない。
それでも、彼らもまた王族だから。
わかっていなかった。
聖女の扱いを、在り方も。
神殿の方針を多少気にかけてはいでも、長年の感覚で「そういうもの」という刷り込みは恐ろしい。
神殿とて、わかっていなかった。
そう――アンナは神に愛された存在。だから聖女と呼ばれているのに。
いままでの聖女は田舎育ちではなく、きちんとした貴族出身で。
今回初めて平民から出たのもあっただろうか。
神殿の上層部も貴族出身が多い。
皆が、聖女をきちんと、いままで通りに敬ったら良かった。
見下していたから気がつかなかった。忘れていた。
アンナがそういう、性格だということに。
幼少期の無自覚に状況を改善する性根は、いまはひっそりと内心で毒づくだけになっていたということに。
その地位に未練さっぱりないということに。
何よりも第三王子だ。
歳が近いからと彼を選んだのが失敗だった。しかし兄王子たちは歳がはなれていて、聖女が現れたときは既に政略で婚約を結んでいた。それならば、容姿も良い王子の方が聖女も喜ぶだろうとすら。
遅くに生まれた第三王子を、甘やかさずに……と、すべてがもう遅い。
すべてが、もう。
若い頃のニキビや吹き出物ならば、回復も早くて痕も残らなかっただろうに。
しかし一度に、すべてが一度に元に戻った顔は。
顔にできた度に聖女にどれだけ治してもらっていたのか。忙しい聖女に。
兄たちはほとほと呆れた。
しかし引きこもった弟より、国民が大事。
国民もまた一斉になかったことになった。
重病人を優先しているが、たかが風邪を何度聖女に治させたのかという愚かものには目眩がしたし。難病が治ったと喜んでいた幼子には、本当に申し訳なかった。
皆、一切の区別も差別もなく、なかったことになったのだと。
大人も子供も。善人も悪人も。
皆、等しく。
「それが、神の御業だったのだ……」
神の愛し子という存在だったのだ。
痛む足を引きずりながら、玉座についた王太子は、改めて考えていた。
国王は責任をとって引退した。同じく腰を痛めて長時間座るのも無理な母と、引きこもった顔だけが自慢だったもはや役立たずの弟を引き取って。
処刑されないだけありがたいと思って欲しいが、自分で割って壊れた鏡の前でぶつぶつと何かつぶやいて……鏡のように壊れた相手は、殺してやった方が救いになってしまうだろうか。
もう一人の弟ができた男で良かったと、長兄はしみじみ、自分は子育て間違いないようにしようと決意する。
あの時「あー……」となり。聖女に何かしらすぐに行動を起こさなかった自分たちも――皆、同罪なのだから。
「私、いらないらしいですよ」
聖女は神にそう報告すれば、神は「そうか」とでも頷いたのだろう。
よりにもよって、神への祭事の最中だった。その声はよく届いた。
だから、神はいらないなら返して、と……。
そうして。その国に聖女が生まれることは二度となかった。
聖女は無事、大事にしてもらえる地方に移動されました。実は朝晩の祈りで神さまと仲良し。
そばかすって可愛いのにね。
ひっそり、もっと虐待されてご飯もなかったら、もっと早くに回収されて国は神の怒り滅亡ルートだった。
そしてひっそりこっそり、こちらを読んでくださっていたらのお話が。
「聖女とはなんぞや?」https://ncode.syosetu.com/n0896il/
も、よろしくお願いいたします。風呂敷を広げたらたたむのが好き。