夜明けのドタバタ
朝日が東の空から昇ってきた。鳩の鳴き声が夜明けを知らせ、あたりの暗闇がだんだんと照らされて白みがかってきた。
大松は玄関の引き戸を背にし、段ボールを蓑虫のように身にまとい右鼻から鼻水を垂らしながら爆睡していた。
「あれ!部屋が違うですの!まさか酔った勢いで部屋を間違えたですの!!」
部屋の中から昨夜の女性の慌てふためいた声が聞こえ、玄関の方へ小走りの足音が近づいてきた。女性がドアを押して開けると達郎の後頭部に容赦がないドアの打撃がヒットし共用廊下に転がった。あまりの痛さに自分の頭を殴るわけにもいかず、共用廊下の地面をグーで叩き頭部の痛みを腕へと移動させようとしていた。
「ごめんなさいですの!あなたがここの入居者さんですの?」
女性はよっぽど慌てていたのか昨晩の金髪を頭の後ろでお団子にして前髪を深いところから揃えていた髪がボサボサになっており、服も右肩にかかっておらずにズレ落ちていた。女性は転がっている大松に近づき傍で屈んだ。
「そうですけど…。やっと起きていただけたんですね。」
「本当に申し訳ないですの!私はお隣に住む者ですの。それで…。」
「それで?」
「昨晩はどうやって入ったんですの?」
「まさか…覚えていないんですか?」
大松は昨晩の出来事を隅から隅までかくかくしかじかと説明をした。
「本当に!本当に申し訳ないですの!」
女性は立ち上がり深々と頭を下げた。
「大丈夫ですよ。」
大松は安心したのか腹が『グ~』という音を立てた。
「そうだ。謝罪の代わりですけど朝ごはんを食べてほしいですの。」
大松は昨日からカップ麺しか食べていなかったのでその提案に賛成した。
「私の部屋にどうぞですの。」
「お、お邪魔します…。」
達郎は今まで彼女などがいたことがなく女性の部屋にあがるのは生まれて初めてであり少し緊張していた。お隣さんの部屋は壁紙を全部白色に張り替えており清潔感に溢れている。また、小さな雑貨や壁掛け時計、テレビなども部屋にありしっかりと整理整頓されている。なんとも住みやすそうな部屋だ。達郎なかなか上がれずにいた。
「どうしたんですの?早く上がってくださいですの。」
「あ…はい。」
大松は部屋に上がった。
お隣さんはテレビ台と壁の間に立てかけてある折り畳み式のテーブルとクッションを出して大松に座って待っているように言った。大松は言葉に甘えて座って待つことにした。
「テレビでも見ててくださいですの。」
お隣さんはボサボサの髪をゴムでまとめミントグリーン色のチェック柄のエプロンを着けて調理を始めた。
大松がテレビをつけると朝の情報番組が放送されており、その中のコーナーである『今日の運勢』が始まっていた。小さい頃は運勢を信じていた達郎だが大きくなるにつれて信じなくなっていた。順番にアナウンサーが星座を発表していき達郎の星座であるうお座とさそり座が残った。
(信じてないがうお座が1位になれ…!)
「本日の最下位はうお座のあなた。今まで起きたことのない信じられない出来事が起こるでしょう。ラッキーアイテムは鮭の塩焼きです。」
達郎の願いは届かずうお座が最下位となってしまった。しかも最下位の理由が怖すぎるしラッキーアイテムもなんとも言えないものだった。『今日の運勢』を見終わったと同時にお隣さんの料理が完成したらしく折り畳みのテーブルの上に置いた。白く輝く白米に、湯気が立つ豆腐とワカメの味噌汁、しっかりと焼けている鮭の塩焼きが運ばれてきた。
(あ、ラッキーアイテムだ…。)
「どうぞお食べくださいですの!」
「いただきます!」
お隣さんは達郎の正面に座りニコニコしながら達郎を見つめる。
「すごくおいしいです!」
「お口にあって嬉しいですの。」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕の名前は大松達郎と申します。」
「私の名前はシンデレラですの。よろしくお願いしますですの。」
「シンデレラさんっていうんですね。童話の登場人物と同じ名前なんて、ご出身の国では物語の人の名前をつけるのは一般的なんですか?」
「何を言ってるんですの?私はそのシンデレラですの。こちらの世界に来るときに説明をきいてなかったですの?」
「えっ?どういうことですか?」
「大松さんも何かしらの物語から来たんですのよね…?」
二人の間に嫌な空気が流れた。