深夜の来訪者
「もうこんな時間か…。」
大松は引っ越しの荷物を段ボールから取り出す作業を中断してスマホのロック画面の時計を見た。時計は19時になっていた。どうやら引っ越しの片づけに夢中になっており時間を忘れていたようだ。達郎の晩御飯は18時から食べだすのが普通で少し遅い時間帯になっていた。
「今日は晩御飯の準備も買っていないし、カップラーメンでも食べるか…。」
大松はこんなこともあろうかと事前にカップ麺の準備をしていたのだ。もちろん用意したカップ麺はお気に入りの味である『地獄の激辛担々麵』味だ。段ボールを探してカップ麵は見つけたが肝心のあれが見つからない。それはお湯を沸かす電気ケトルだ。
「あれ~どこにしまったかな?」
段ボールを開けても開けても電気ケトルが見つからない結局すべての段ボールを開けてしまった。その結果、荷物の隙間や衝撃吸収の為に入れていた新聞紙やプチプチが部屋中に溢れてしまい引っ越して早々に6畳キッチン&トイレ&風呂付きの部屋がゴミ屋敷と化してしまった。結局最後に開けた段ボールの奥深くに埋もれておりカップ麺を作るのにまさかの体力消耗をした。
「結構疲れたな。」
そう呟きながら達郎は電気ケトルを持って立ち上がり、床に散乱している荷物やゴミを踏まないようにすぐ近くのキッチンへ向かった。キッチンと言ってもガスコンロ二つに流し場一つ、持参の小さい冷蔵庫一つというこじんまりとした物になっている。水道の蛇口を捻り電気ケトルに水を入れてセットした。
さすがは大手の電気ケトルあっという間にすぐにお湯が沸いた。CMの歌どおりだ。カップ麺にお湯を入れて待つこと3分。やっと晩御飯が完成した。
大松は麺からではなくスープから飲んだ。この喉に突き刺さるような辛さとスパイシーな香りこれがたまらないんだよな~!大松はよっぽど腹が減っていたのか直ぐに全てを食べ切ってしまい次に眠気が襲ってきた。
「今日は早いがもう寝るか…。」
大松は風呂に入らずに荷物とゴミを部屋の隅に寄せて予め出しておいた布団を床に敷いた。そして歯を磨いて眠りに着いた。
『ゴンゴン!!』『ゴンゴン!!』
入口のドアを力強く叩く音で大松は飛び起きた。
(今は何時なんだ?)
部屋は真っ暗だった為電気を付けてスマホで確認した。時計は午前2時を示していた。
「ご…午前2時…。不吉だ…。」
『ゴンゴン!!』『ゴンゴン!!』
またドアを力強く叩く音が聞こえた。大松は不動産屋さんは幽霊は出ないと言っていたが何かを言おうとしていた所を自分が即決したことを思い出した。
(まさかご近所さんがめちゃくちゃ怖い人とかじゃないだろうな!?)
達郎は布団の横に転がっていたハエたたきを持った。ハエたたきでは頼りないが無いよりマシだと思いながら玄関へと向かう。
恐る恐るドアスコープを覗くとそこには顔を真っ赤にした西洋の顔立ちをした女性が立っていた。
「あれ?ヒクッ!鍵を刺しているのにどうして開かないんですの?ヒクッ!」
どうやら酒を飲んで酔っ払っているようで部屋を間違えているらしい。
達郎は怪しい人ではないことを確認してハエたたきを自分の後ろに隠し、ドアを開けて部屋を間違えていることを伝えようとした。
「すみません。お部屋をたぶん間違えていると思いますけど…。」
「あれ?ボーイさん?どうして私の家にいるんですの?」
その女性は大松を押し退けて部屋に侵入してきた。ドアスコープから覗いただけでは分からなかったが、金髪を頭の後ろでお団子にして深いところから前髪を揃えて水色のカチューシャをしていた。肌の色は白くまるで雪のような美しさだ。それは御伽噺の中から登場してきたような女性だった。だが、上下ボロボロのねずみ色のジャージを着ていて服装が釣り合っていない。
「お布団を敷いておいてくれたんですの!?とても嬉しいですの!?」
「あのお部屋を間違えてますよ。たぶん隣の部屋かと…。」
「では、ボーイさん帰っていいですの。寒いからお気をつけて。」
「あの…!!」
大松はその女性に部屋から押し出されてしまった。『カチッ』と鍵がかけられる音がした。
(まずい!このままだと引っ越した初日から野宿だ!!)
4月の夜と言えどもまだまだ寒い中であるため下手したら凍え死んでしまつかもしれない。
「開けてください!!部屋を間違えていますよ!」
「…。」
全力で呼びかけるが反応がない。どうやら女性は寝てしまったようだ。
大松は諦めて部屋の外にあったダンボールで身を包みドアにもたれかかって寒さに凍えながら朝を待った。
あらたな登場人物です。どうですか?最初の印象は?