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聞いてください不動産屋さん。

 季節は春。この季節は新たな生活を始める季節でもあり、不安と楽しみが入り交じる不思議な季節だ。そんな中1台の2トントラックがアパートの前に止まった。トラックの荷台の側面には『クマさんマークの引越し屋』と書かれておりこのアパートに新しく誰かが入居するらしい。

  1人の青年がトラックの荷台から降りた。その青年は見た目20前半と若く、鼻も高くなく目も鋭くない、体も大きくなけれぼ小さくないThe普通の青年という感じだ。そう彼こそがこの物語の主人公である大松達郎(おおまつたつろう)本人なのである。

 

「ここが、童話荘か……。」

 

  新たな生活の場を見て新しい生活に心を踊らせているのかと思った。

 

 (写真で見たよりボロいじゃないか!! )

 

  がそうでもなかった。この見た目を見たら誰でもそう感じるだろう。茶色に錆びた階段に、壁の表面にはトタン板が隙間なく貼られていて、蔦が生えてまるで寄生しているかのようだ。二階建ての計6部屋あるアパートだ。

 

「ここを選んだのが間違いだったかな~。だってあんなに安かったし……。」

 

  遡ること3ヶ月前……。

 

  一人暮らし開始まであと少しだというのに中々アパートを決められずにいた。何故に決まらないかというと達郎のアパートへの要望のハードルが高いからである。1つ目に駅近で2つ目には会社に近い。3つ目には近くにスーパーマーケットがあること。4つ目はトイレは洋式。5つ目は階段がキツイから最低2階までとまだまだあるが書き出したらキリが無い。回った不動産屋の数は星の数程でもうこの街の不動産屋は完全制覇したのではと思うほど通いに通いつめた。だが、お気に入りの部屋は見つからずに焦っていた。

 

「どうする? このままアパートが決まらず実家から通うなんてなったら! 朝は早くて夜はめちゃくちゃ遅く帰る羽目になるか……。」

 

  絶望的な感情になりながらトボトボと歩いていると、見知らぬ不動産屋が目に入った。それは大きなチェーン店のような不動産屋ではなく昔から町にある『地域密着型』のようなオンボロな不動産屋だ。

 

 (最後だ……。ここで無ければ実家からの通いにしよう……。)

 

  大松はそう心の中で決めて扉を開き不動産屋に入った。

 

「すみません。アパートを探しているんですけど……ってあれ?」

 

  店の中は木製の机1つと机で向かい合って話せるように置かれたパイプ椅子2つとそれを取り囲むように店の中ぎっしりに詰め込まれた紙の資料が所狭しと並んでいた。いや、散らばっているというのが正しい。

 

 (今の時代に紙ですか……。)

 

  心の中でそうツッコミを入れると店の奥の暖簾をくぐりヨボヨボなツルツルに禿げたおじいさんが杖をついて出てきた。

 

「お客さんですか?」

 

「はい。部屋を探していまして。」

 

「では、こちらへ座ってください。」

 

  おじいさんに言われパイプ椅子に座ると、それを見たおじいさんもパイプ椅子に座った。

 

「どのようなお部屋をお探しですか?」

 

「はい、僕は春から三間自動車の大貫地区の工場に就職するんですが、その近くに家賃が安くて敷金礼金があまりなく……。」

 

  その後、大松は長々と自分の要望を話したが長すぎておじいさんは半分寝ているように見えた。

 

「……のような希望なんですが。あの聞いてますか?」

 

  達郎が要望を言い終えた頃には完全に目を閉じて鼻ちょうちんを作っておじいさんは寝ていた。

 

「もちろん、聞いておったとも。簡単に言えば安くて便利な所に住みたいんじゃろ。」

 

「はい。そうです。」

 

「2つくらい目星位ところがあるから今から資料を持ってくる。」

 

  そういうとおじいさんは立ち上がり、山積みになっている資料の中からそのアパートの資料を探し始めた。山積みになっている資料は今にも崩れそうになってどう見ても危険な状況だ。もし(・・)資料が崩れてきて本が頭に当たって、もし(・・)その本の当たり所が悪くて、もし(・・)おじいさんが死んでしまったら……!! と達郎は悪い方向に考えてしまい、達郎も一緒に資料を探すことにした。

 

  一時間探してようやくその3つ(・・)の資料が見つかった。達郎はこれで良いところがなかったら最悪だと思ってしまうほど資料探しで疲労困憊していた。

 

「まず1つ目はこちらです。駅から5分で工場からも近い12階建てのアパート、エレベーターも完備で移動も楽ちんととても評判のよい所ですよ。そしてお値段は月に2万円普通なら10万はしますよ。」

 

  階段の昇り降りがキツくて2階までと決めていたがエレベーターが着いているのなら別に何階までだろうが達郎は構わないでいた。だが気になるのはどうしてそんなに家賃が低いのかだ。恐る恐る達郎はそれを聞いてみた。

 

「この部屋には特典で幽霊が3人憑いてますよ。」

 

  おじいさんはまるで家具が着いてくるようなテンションで幽霊が憑いてると言ったのだ。しかも1人ではなく3人も。

 

「却下です!!」

 

  達郎はすぐさま却下を申し出た。新生活からシェアハウスなど絶対に嫌だと思ったのだ。しかも人ではなく幽霊と。

 

「すみません。こちらの部屋は既に契約済みでした。」

 

「そんな部屋を契約する人がいるんですか!?」

 

「はい、何やら駅が近くて安いならそれくらい我慢すると、それに事故物件には興味があるということで……。」

 

「すごい人もいるんですね……。」

 

「次はこちらです。」

 

  おじいさんが次に机に置いた資料は二階建てのアパートだ。壁はトタン板で覆われているがどこか懐かしい感じがするアパートだ。

 

「あなたの要望にあったのはこれが最後です。なんと敷金礼金なしの家賃はたったの4000円。ですけど部屋は六畳間です。それにお風呂は小さい共同浴場で共同テレビスペースもあります。」

 

 このボリュームでその安さにもう一度あの質問を恐る恐る聞いてみた。

 

「ここのアパートの203号室をご用意しましょう。こんなに安いのに特に悪い噂は聞きませんよ。幽霊も出ませんし何にも害はありません。ですが……。」

 

「ここに即決にします!!」

 

 おじいさんは何か重要な事を言いかけたが達郎は直ぐに契約をしようとした。何がなんでもこの部屋を取逃す訳には行かないという信念が大松から滲み出ていた。その後の契約も無事終わり、達郎は実家へ部屋が決まった安堵と共に帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

趣味程度です。改めて投稿しましたのでよろしくお願いします。

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