074 長い一日
俺とノアはまず、シュナとレーナを落ち着かせるべく言葉を尽くすことにした。
俺は幼い頃、偶然にもノアと出会ったことがあり、その再会を喜び合っていただけ――そう説明したのだ。
もちろん、これは事実とは異なる。
だが、俺の正体を明かすわけにもいかないため、やむを得ない判断だった。
「そんな話、聞いたことがないわね。ゼロスの過去なら全て把握しているつもりだったのに……」
レーナが怖いようなことを呟く。
その後も適当に誤魔化し続けていくと、疑うような視線はあれど、何とか2人を納得させることができた。
これ以上深く踏み込まれないようにするべく、俺はすぐに次の話題を切り出す。
「ノア、2人にもさっきの話をある程度伝えてもいいか? 今後のことを考えたら、今のうちに情報を共有しておいた方がいいと思うんだ」
ノアにそう確認を取る。
今さらなので、敬語ではなく普段通りの口調で。
すると彼女は迷うことなく頷いた。
「もちろんです。それにレーナさんは、既に対策組織の一員ですからね」
「え? そうだったのか?」
思わず声が上がる。
とはいえレーナの実力を考えれば、それも自然なことかもしれない。
「ふぅん。何の話をしてるかと思えば、そのことだったのね」
レーナ本人も得心がいったように頷く。
何のことか把握していないのは、この中でシュナだけだった。
「ねえ、ゼロス。その対策組織って何のこと?」
「ああ、実はな……」
俺は改めてシュナの方を向き、邪神教について説明を始めた。
そして、自分が協力を要請され、手伝うつもりでいることを告げる。
「危険なことも多いだろうし、シュナが嫌がるようなら巻き込むつもりはない」
「むぅ、ゼロス」
そう告げた途端、シュナは頬を膨らませて怒り出した。
「ゼロスが言ったんだよ。私が必要で、これからもずっとそばにいてほしいって」
「っ!?」
なぜかレーナが小さく息を呑む。
それはさておくとして、シュナが言っているのは数日前、俺が一人で【剣帝の意志】を獲得しに行った時のことだろう。
確かに俺はシュナに対し、そんなことを告げていた。
「その時からもう決めているの。どんなことがあってもゼロスと一緒に頑張るんだって。置いていこうとしても、そうはいかないから!」
「シュナ……ありがとう」
「うん!」
その言葉に、改めて心からの感謝を伝える。
するとシュナは、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながらも、満面の笑みで頷いた。
ちなみにその横では――
「ふ、ふーん、すでにそこまで進んでいたというのね……けれどまあ、覚悟については認めてあげなくもないわ」
――と、何やら不思議なことを呟いている様子だったが、それはひとまず聞き流すことにしておいた。
何はともあれ、既にレーナが対策組織の一員であったことが判明し、シュナが俺と一緒に協力してくれることも確定。
今後について、具体的に話し合う流れになったのだが……
「実は、特別急いですることはないんです」
ノアがそう切り出す。
「というのも、他の対策組織の面々は現在任務中でして。わたしはアカデミーの入学式のため、レーナさんはゼロに会うためだけに帰ってきたという状況なんです。前回のようなことになるのも面倒だったので、仕方なく許可を出しました」
「当然よ。紋章天授に続き、記念日を共に過ごせないなんて地獄だもの!」
「……ああ、アレのことか」
以前、レーナから届いた手紙について思い出す。
あの手紙には確か、俺の紋章天授に同席するため、パーティーメンバーと一夜を通して戦ったと書かれていた(結局、肌が荒れたとかで実際に来ることはなかったが)。
手紙の後半には、俺が【無の紋章】を獲得したと知り、学園長に直談判(戦闘を含む)してでも会いに来ると書かれていたが、俺の想定通りノアがしっかりと食い止めてくれたのだろう。
で、さすがに二度も同じ事態になるのはアレなので、今回は特別に許可を出したと……相変わらず何をやってるんだこの姉は。
常識では測れない存在がいるのだと衝撃を受ける傍ら、ノアが口を開く。
「ですので、彼らが戻ってくるまで、ゼロとシュナさんには普段通りの生活を送っていただければと。ただし……」
レーナの鋭い視線を受けて言い直した後、ノアは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「対策組織に紹介するのに現状のレベルでは少々物足りなくて……できる限りでいいので、レベル上げにも時間を割いていただけないでしょうか?」
「ああ、分かった。いずれにせよ、アカデミー生活の傍らでダンジョン攻略とレベル上げは続けるつもりだったからな」
「お願いいたします」
俺の返答に、ノアは満足げに頷く。
それから幾つかの確認事項を済ませ、この場は終わりを迎えることとなった。
◇◆◇
数十分後。
俺とシュナはこれからお世話になる寮に辿り着いた。
入学試験で優秀な成績を残した俺は、最上位の翠嶺館に部屋を用意されているとのことで、目を見張るほどの壮麗な建物が目の前に現れる。
「ここで、これから生活することになるわけか……」
「すごく綺麗で立派な建物だね」
その後、寮長の案内を受け、俺たちは用意された部屋にまで移動する。
基本的には貴族が生活する寮なだけあり、中には従者と二人で泊まれるだけのスペースが確保されているとのことだ。
部屋に入る前、俺は改めてシュナに向けて挨拶する。
「それじゃ、改めてよろしく頼む」
「うん! あれ? でも、従者用の部屋はどこにあるんだろ?」
「? この中だろ」
「――へ?」
なぜかシュナの表情が、みるみるうちに赤みを帯びていく。
「え、えっと……この部屋で、一緒に……?」
「ああ。広いだろ? 中には従者用の部屋もちゃんと――」
「ひゃっ! そ、そんな、まだ心の準備が……それに、寝る時も一緒だなんて……」
「さっきから何をそんな慌てて……まさか」
慌てふためくシュナを見て、やっと気づく。
正確には部屋の中に、しっかりと従者が泊まれる別室のスペースがあり、プライバシーはしっかりと守られているのだが……
なぜかその知識が抜け落ちていたシュナは、同じ部屋で生活し、もっと言えば寝室まで同じだと勘違いしてしまったようだ。
「待て、違う。ちゃんと別々の部屋が――」
「ぜ、ぜぜ、ゼロス!? これはさすがに急すぎるというか、もっとちゃんと順を追ってじゃないと困るっていうか……も、もちろん、嫌なわけじゃないけど……」
「――全然聞いてないな」
誤解を解こうとする俺の言葉も空しく、シュナの動揺は収まる気配を見せない。
結局、勘違いを解くのには思いのほか時間がかかることとなった。
何はともあれこんな風にして、長い一日が終わる。
そしてこれから、王立アカデミーを拠点とした新しい日々が始まるのだった。
今回でアカデミー入学編終了。
次回からはまた新章に突入していきます!
今後のストーリーについてですが、ダンジョン攻略が8、学園生活が2、くらいの塩梅で進めていく予定です。
基本的には第一章のようなスキル集め&ダンジョン攻略が中心になっていく予定なので、ぜひ楽しみにお待ちください!