073 正妻戦争
俺たちが低レベル用の継承祠について教えていなかったことを指摘した後、ノアは落ち着きを取り戻すように「こほん」と咳払いをした。
「話を戻しましょう。今のが、継承祠が知られていない1つ目の理由ですが、より重要なのは2つ目の方なんです」
「もっと大きな理由があるのか?」
「はい。再びの確認となりますが、ゼロは超越遺物について知っていますよね?」
「ああ、もちろん。通常のアイテムに比べて、規格外の性能を持つアイテムのことだろ?」
――超越遺物。
それはクレオンにおいて、一部のボスや魔物のみが使用できる特殊なアイテムのことを指す。
ステータスの大幅上昇や100%の魔法耐性など、突き抜けた効果を有していることが多く、代わりにプレイヤーが使用することはできなかった。
それだけ強力なアイテムなのだから、装備してみたいと考えたことは一度や二度で済まないが……超越遺物一つでゲームバランスを崩壊させかねないほどの性能だったため、当然の仕様だったと思っている。
しかし、そんな超越遺物が今の話にどう関わってくるのか。
そう考えていると、ノアは重々しい声で続けた。
「はい。そして驚くことに、邪神教は超越遺物を多く入手し活用しています」
「っ」
思わず息を呑む。
ゲームでは普通の手段で使用できなかったのに、なぜ。
(それとももしかして、この世界が現実になった影響で、普通の人間でもそれを使うことが可能になったのか……?)
俺がゼロスに転生してから、似たような変化は多々あったため、十分に可能性はあるはずだ。
いずれにせよ、あれだけのアイテムを使いこなす存在となれば、邪神教が厄介なのも納得できる。
「とはいえ、それだけでわたしたちが完全に劣勢へ立たされるわけではありませんでした。彼らは継承祠について知らず、使えるスキルに限りがあったからです」
ノアの表情が引き締まる。
「だからこそ、継承祠の情報はわたしたちだけが活用するべきだと考えたんです。このことが世間に広まれば、自分たちには1つしか武器がないまま、邪神教は継承祠と超越遺物という2つの武器を得ることになる。均衡を保つためには、今の状況を生み出し、信頼できるものだけに伝えるのが一番良かったんです」
「……なるほど」
この状況なら、確かに継承祠の情報は、これ以上ないアドバンテージとなるだろう。
そんな納得と共に、ふと新たな気付きが生まれる。
邪神教の存在を聞いた時、その歪さから、もしかしたら自分と同じくこの世界に転生させられた元プレイヤーがいて、ソイツが関わっているのかとも考えた。
しかし、奴らが継承祠を知らないのなら、まず間違いなく元プレイヤーではないだろう。
それに、だ。
新しく気付いたことは他にもある。
「……そうか、そういうことだったんだな」
「?」
「【無の紋章】についてだ。ノアがいる時代でこれだけ強力な紋章が無能扱いされているのは不思議だと思っていたんだが……そんな事情があったんだな」
継承祠について隠されているのなら、そうなってしまうのも仕方ない。
すると、ノアはどこか申し訳なさそうに視線を落とした。
「一時は、【無の紋章】持ちを勧誘しようと考えていたこともあったんです。ただ、【無の紋章】持ち自体稀有なことと、低レベル用の継承祠の存在を知らない現状、適切に成長させる方法が見当たらず……結果として今のような形に落ち着きました」
「なるほどな。ところで、【全の紋章】が優秀な扱いなのはどうしてなんだ? 継承スキルなしで考えれば確かにある程度のアドバンテージはあるだろうけど、高レベルになれば見劣りし始めると思うんだが……」
その質問に、なぜかノアはジト目でこちらを見つめてきた。
「……ゼロがいた時代はすごかったので見落としているかもしれませんが、現代ではCランクに到達できれば一人前扱いなんですよ」
「……なるほど」
Cランクまでなら【全の紋章】のアドバンテージの方が大きいということだろう。
Aランクが最低基準だったプレイヤーの頃とは違うわけだ。
「ゼロ」
そんなことを考えていると、ノアが改めて真剣な眼差しを向けてきた。
その表情には、これまでにない決意が宿っている。
「これが、今日に至るまでの経緯で……改めてゼロにお願いしたいことがあります。継承祠についての情報を多く持ち、そして何より――かつて邪神を倒した貴方の力が、今のわたしたちには必要なんです」
だから、と。
ノアは続ける。
「1000年前に続き今回も、ゼロの力に頼ってしまうようで苦しいのですが……それでも、わたしはこの世界をどうしても守りたい。どうか、この戦いにご協力いただけないでしょうか?」
緊張の面持ちを浮かべるノア。
でも、答えは既に決まっていた。
俺は彼女ほど長い時間、この世界にいたわけではない。
それでも、シュナやレーナといった大切な存在がいる。
そんな彼女たちがいる世界を、自分だって守りたいと思う。
だから、俺は迷うことなく頷いた。
「もちろんだ。今はまだレベルが低いから、戦力になれるまで少しかかるだろうけど……それでもいいなら協力させてくれ」
「~~っ! ゼロ!」
感極まった様子で、ノアが飛び込んでくる。
そのまま小さな体で、ぎゅーっと俺を抱きしめてきた。
「ありがとうございます、ゼロ! これからもどうか、よろしくお願いしま――」
と、その時だった。
ガチャリと、何かが開く音が響く。
「失礼いたします――ゼロス! 貴方の愛するお姉ちゃんが迎えに来たわ…よ…」
扉から姿を現したのは、艶やかな黒髪を靡かせた美少女――レーナだった。
そんな彼女の後ろには、赤い炎のような髪を揺らす少女、シュナの姿もある。
どうやらノアと話し込んでいる間に時間が経ち、教室での事項連絡も既に終わっているようだ。
レーナは抱き締め合う俺とノアを呆然と眺めた後、ゆっくりと口を開いた。
「どうして学園長と、私の最愛の弟が抱き合っているのでしょうか」
「詳しく説明してください」
「今、私は冷静さを欠こうとしています」
圧が! 圧がすごい!
「いや、レーナ姉さん、これは違って……」
「そうですレーナさん! わたしとゼロは、決して貴女が思うような関係では――」
「ゼロ? 愛称呼び? 私だって呼んだことないのに……!」
火に油を注いでしまったかのように、憤怒の感情が膨れ上がる。
どう説明したものか考えていた、その時だった。
「落ち着いてください、レーナさん。きっと何かすれ違いがあるんだと思います」
「っ、シュナ……!」
この中で唯一、冷静らしいシュナが、微笑みながら近づいてくる。
やっぱりシュナは信頼できる相棒だと思っていると、ふと気づく。
彼女が浮かべているのは笑顔であるにもかかわらず、尋常ではない圧が発せられていることに。
その圧は恐ろしいことに、レーナのそれを上回っているようにすら思えた。
「ねえ、ゼロス。説明、してくれるよね?」
「あ、ああ」
なぜだろうか。
少なくともアカデミーでは俺が主人で彼女が従者なはずなのに、立場が逆転したような気にすらなってしまう。
その後、俺とノアはなんとか言葉を尽くし、二人を落ち着かせるのだった。
普段穏やかな子が見せる圧の方が、一番怖いというよくあるアレです。
次回でアカデミー入学編が終わり新展開に入っていくつもりなので、こうご期待!
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