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072 邪神教

継承祠グラント・ポイントがなぜ知られていないのか――その理由を説明する前に、話しておかなければならないことがあります」


 ノアは俺の膝から降り、窓際まで歩みを進めた。

 その表情には、先ほどまでの嬉しさは微塵も残っていない。


 彼女は振り返り、蒼色の瞳でじっと俺を見つめる。


「ゼロは、邪神教という存在を知っていますか?」


「邪神教?」


 聞き覚えのない単語に小首を傾げると、ノアは真剣な表情で頷く。


「はい。かつてゼロたちが倒した邪神の復活を目論む集団です」


「――――!」


 その瞬間、俺の脳裏に一つの記憶が蘇った。


 邪神――それはクレオンにおける最大規模のボスモンスターであり、人々の悪意が集まることで生まれる化け物。

 数千年から数万年に一度、発生するとされていた存在だ。

 俺やスカーレット、そして他のプレイヤーたちが協力し、何とか討伐に成功はしたものの……それほどまでに強大な敵だった。

 そんな存在を意図的に復活させようとしている集団がいるとは、かなりの衝撃だ。


 ただ、少し気になることがある。


「ソイツらが邪神の復活を目論んでいるって話だけど、邪神は何もしなくてもそのうち復活するんじゃなかったのか?」


「はい、その通りです。なので彼らの目的は、ただ邪神を復活させるのではなく、その時期を早めること……そのために世界各地で意図的に悲劇を引き起こし、人々の悪意を集めているんです」


 ノアの声音に、抑えきれない怒りが混じる。


「わたしが彼らの存在に気付いたのは、今から300年ほど前のことです」


 ノアは遠い目をして、その時のことを語り始めた。


「邪神討伐後、ゼロを含めた強大な力を持つ人間たちが突如として姿を消し、人々はゼロたちが邪神を倒すために女神様が遣わしてくれた英雄なのだと考えました。邪神は悪意の集積体であり、復活が迫るだけで世界各地に異変が発生しますが、その討伐により世界は平和を取り戻しましたから」


 そういえばクレオン時代、邪神関連クエストといった、世界各地で発生した異変を解決するクエストが多々あった。

 邪神を討伐したことで、それらもなくなったということだろう。

 そして、その邪神討伐に最も貢献した前世の俺(ゼロニティ)が、英雄として崇められるようになったわけだ。


「しかし、そんな平和も永遠には続きませんでした」


 窓の外を見つめながら、ノアは続ける。


「300年ほど前から、世界中で少しずつ不自然な被害が出始めたんです。わたしが調査に当たっている中で、邪神教の存在が浮かび上がってきました。邪神の復活を目指す過程で傷つけられる人々を見たわたしは、ゼロたちが守ってくれたこの世界のためにも、彼らの目的を阻止することにしました。しばらくは龍族の知り合いなど、一部の長命種と共に対処に当たっていました」


 ()()()()()()()()()()、と聞き、脳裏に一人のNPCが浮かび上がる。

 しかしそれを尋ねるより早く、ノアは「ですが」と続けた。


「それだけでは限界があると判明したんです。具体的には、数が足りません。邪神教は年々、その数を増やしていきました。それに伴い一人一人の実力は下がっているとはいえ、数があまりにも多すぎて、私たちだけでは対処できなくなりました。他の実力者に頼もうにも、邪神討伐以降、世界全体で強さを求める傾向は薄れていき……それ自体は喜ばしいことなのですが、このような状況下では却って問題で、なかなか実力ある協力者を探し出すことはできませんでした」


 ノアは机に戻り、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「そこでわたしは、昔から親交のあったアレクシア王国に相談を持ちかけ、王立アカデミーを設立することにしたんです。表向きは才能のある者を育てる学び舎として。そしてその実は、邪神教に対抗するための精鋭を育てる場所として。見込みのある者だけを引き抜き、適切な指導を行い……時には彼らに継承祠グラント・ポイントの存在を教えていったんです」


「……なるほどな」


 おおまかな経緯は把握できた。

 俺たちが邪神を討伐した後、一時的に世界は平和になった。

 強さを求める必要性が減った影響と、もともとプレイヤーと一部のNPCしか知らなかったこともあり、継承祠グラント・ポイントを知っている者は年々減っていった。

 それが、この時代に継承祠グラント・ポイントが伝わっていない理由だったのだ。


 しかしここで、新たな疑問が生じる。

 

「一つ訊いてもいいか?」


「はい、もちろんです」


「王立アカデミーを設立するまでの流れは分かったけど……その後が少し気になって。そんな回りくどいことをしなくても、継承祠グラント・ポイントについてはアカデミーに通う全員に教えればよかったんじゃないか? 低レベルの時にしか獲得できないスキルがあるのもそうだけど、そもそも継承スキルがあった方が成長スピードも速いはずだろうし」


「…………」


「えーっと、ノア?」


 しかしその問いに、ノアは意外な反応を示した。

 頬を膨らませ、不満げな表情で俺を見つめてきたのだ。


 予想してない反応に思わず彼女の名前を呼ぶと、ノアはそのまま俺を追求するように口を開いた。


「それには2つほど理由があります。まず1つ目――そもそもわたしは、低レベル用の継承祠グラント・ポイントがどこにあるのかも、出現条件も知りません! ゼロもスーちゃんもそんなの教えてくれなかったじゃないですか!」


「…………あ~」


 俺は思わず納得の声を漏らした。

 そういえば出会った当時から、ノアのレベルは高かった。

 そのため俺やスカーレットが教えたのは、高レベル用かつ偏った継承スキルが貰える継承祠グラント・ポイントばかり。

 本当は他にも色々と教えたかったのだが、その前に邪神討伐レイドがやってきたわけで……


(こんなことなら、できる限り教えておくべきだったかもな)


 当時からこのような事態になると想像できるわけもないので、仕方がない話ではあるのだが……

 俺は思わず、そんな感想を抱いてしまうのだった。

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