071 学園長、デレる
それから10分以上、泣きじゃくるノアをなだめた後。
ようやく本格的な話ができるかと思った矢先――
「えへへ……ゼロ、ゼロ、ゼ~ロ!」
今度は涙ではなく、満面の笑みを浮かべながら、ノアは何度もかつてのあだ名を呼んできていた。
しかも、俺の膝の上で。
「な、なあノア、ちゃんと話をするためにも一度降りてほしいんだが……」
「いやです。1000年ぶりの再会なんですよ? 話ならこのまますればいいじゃないですか」
とのことらしい。
続けて、ノアは少し口を尖らせながら不満げに呟いた。
「仕方ないじゃないですか……あの戦いの後、ゼロもスーちゃんもいきなりいなくなって……わたしがどれだけ寂しかったかゼロに分かりますか?」
「……悪かったよ」
蒼色の瞳が潤み、儚げな声で告げる彼女を見て、俺は小さくそう返した。
確かに、ノアの言う通りだ。
俺からしたら一か月弱の別れだが、ノアにとっては文字通り1000年ぶりの再会なのだ。
それを聞くと、否定しようという気はなくなる。色々と訊きたい話はあるが……とりあえずはノアの気が済むまで付き合うべきだろう。
ちなみに確認するまでもないが、スーちゃんというのは【魔導の女帝】スカーレットのことである。
プレイヤーの中で最も関わりの深い俺とスカーレットのことを、ノアはそれぞれ『ゼロ』と『スーちゃん』と呼んでいたのだ。
そんな風に考え事をしていると、ノアは不満げに頬を膨らませて見上げてくる。
「何をしているんですか、ゼロ! 頭を撫でる手が止まっていますよ!」
「分かった分かった」
夜空に輝く白銀の月のように、儚くも美しい長髪。
そんなノアの柔らかい髪に手を乗せ、俺は彼女の頭を優しく撫で続ける。
そのまましばらく時間が経った後、ノアはおもむろに口を開いた。
「その、改めて確認になりますが……ゼロも、どうしてこの時代に目覚めたのか分からないんですよね?」
「ああ、そうなる」
先ほど、ノアが泣き止んだのを確認した後、俺は彼女にこれまでの事情を簡潔に説明した。
とはいえ、この世界が元々ゲームであったことは伝えるわけにもいかないため、そこは濁しながらになった。
1000年前の邪神討伐後、俺は突如として意識を失い――気が付いた時にはもう、ゼロス・シルフィードの体に魂が宿っていた。
とはいえゼロスとしての記憶を失ったわけではない。
俺の中には確かに、ゼロスとゼロニティ、二人分の記憶と魂が宿っているのだと、そう伝えた。
それを聞いたノアは蒼色の双眸を大きく開いた。
とても信じられないのだろう。
そう俺が思った矢先、彼女は言った。
『ゼロニティからゼロスですか……それならゼロと呼び続けても問題ありませんね! やりました!』
『気にするのはそこなのか!?』
思わずツッコんでしまったが、ノアにとっては重要事項だったようで、『当然です!』と叱られてしまった。
まあ、本人がそう言うのなら俺としても文句はない。
ただ、ここで一つ気になることがあった。
(俺がゼロスに転生したのって、まさか名前が似てたから……とかじゃないよな?)
考えても答えが出ることではなかったので、とりあえず、さすがに違うだろうと結論を出しておく。
とにかく、これで最低限の情報は共有できたわけだが、ここでさらに新たな問題が出てきた。
今のノアはここ王立アカデミーの学園長で、俺は一介の生徒という立場。
さすがにあだ名でやり取りするわけにもいかず、これまで通りゼロスと呼ぶようにお願いすると、ノアはしばらく粘ったのち、『……分かりました』と不満げに頷いてくれた。
その代わり二人きりの時はゼロと呼び続けることになり、それはこちらが妥協する形で受け入れたというわけだ。
と、その辺りのやり取りはともかく。
大雑把にここまでの話を済ませ、ノアも落ち着きを取り戻した今、ようやく本題に入ることができる。
「ノア、聞きたかったことが幾つかあるんだが、いいか?」
俺の声色が変わったことを感じ取ったのか、ノアも表情を引き締める。
「はい。何でしょうか?」
「そうだな。まずはやっぱり……」
どれから尋ねるか悩んだのち、俺は一つを選び口にした。
この時代にノアがいると知って以来、ずっと抱き続けていた最大の疑問。
つまり――
「どうしてこの時代では、継承祠と継承スキルの存在が知られていないんだ?」
窓から差し込む陽光が揺らめく中、ようやく謎を解き明かすことができるチャンスがやってきた。
その問いに対し、ノアは少し目を伏せ、何かを思い出すように静かに息を吐くのだった。
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