070 ノア・ホワイトムーン
「聞かせなさい。ゼロス・シルフィード――貴方はいったい、何者なのですか?」
冷徹な声が、学園長室いっぱいに響き渡る。
その問いにはただの好奇心を超えた、俺を追及する強い意志が込められていた。
俺は窓から差し込む陽光に目を細めながら、どう答えるべきか思案する。
そんな俺の前で、ノアはさらに言葉を重ねた。
「【無の紋章】持ちがスキルを使えるなど普通あり得ません。にもかかわらず使える貴方は、まさに異端」
彼女の蒼い瞳が、一瞬だけ揺れる。
「そして何より――貴方の剣を振るう姿が、懐かしい恩人を彷彿とさせます。そんな貴方を、このまま見逃す気にはなれません」
強い口調でそう告げるノア。
その声には、どこか切実なものが混ざっていた。
「答えなさい。貴方の正体を」
その問いに対し――俺は、思わず笑みを零してしまった。
「な……どうして笑うのですか!?」
想定外の反応に、ノアが戸惑いの声を上げる。
「ど、どうしたのですかいきなり。意外な反応でこちらを動揺させようとしてもそうはいきませんよ?」
強がりを言いつつも、その声には明らかな動揺が見て取れた。
今の姿だけなら、まさに見た目相応の振る舞いと言えるだろう。
(――ああ、やっぱりだ)
そんな彼女の反応を見て、俺の中にある一つの確信が芽生える。
この世界がゲームから現実に変わり、そして1000年の時を経て何もかも変わってしまった可能性を、俺は恐れていた。
しかし――彼女は、俺の知っている通りの彼女のままだった。
俺はノアの、白い手袋に覆われた左手を見つめながら口を開く。
「その前に少し言わせてください。【無の紋章】だって、特定の条件を達成すればスキルを獲得できる。それは学園長、貴方が一番ご存じのはずでは?」
「どうしてそのことを――はっ!」
ノアは墓穴を掘ったとばかりに、両手で口を押さえる。
その仕草に、俺はさらに笑みを深めた。
「わ、笑わないでください! って、それよりも、どうしてそんなことまで知っているのか明かしなさい! 何があろうと、もう絶対に逃がしませんからね!」
右手に魔力を溜めながら、顔を羞恥心で赤く染めて叫ぶノア。
俺は懐かしさを噛み締めながら、ノアに向けて告げる。
「知っているに決まってるだろ? なにせ、【無の紋章】に悩む君にスキルを獲得する手段を――継承祠のことを教えたのは俺なんだから」
「何を、言って……」
蒼色の瞳が小さく震える。
その瞳を見つめながら、俺は遠い記憶を辿り始めた。
それは前世、俺がゼロニティとしてクレオンをプレイしていたある日のこと。
俺はとあるエルフの少女と出会った。
その少女はいわゆるNPCであり、プレイヤーには習得できないはずの【無の紋章】を有していた。
出会った当初から既に持ち前の戦闘センスと幾つものアイテムを駆使することで、スキルを使わずとも高レベルに達していた彼女。
しかし、スキルを使えないことは少女にとって大きなコンプレックスだったようで、その悩みを打ち明けられるに至ったのだ。
それを聞いた俺の行動は早かった。
その時点で【無の紋章】とは、プレイヤーが使用できず、NPCにも保有者がほとんどいない、いわゆる死に設定。
しかしその使い手と遭遇したことで、俺の中である興味が湧いていた。
彼女に継承祠の存在を教えれば、無限にスキルを獲得できるようになり、世界最強の存在へと育てることができるのではないか――と。
クレオンは自由度が高く、NPCをパーティーに入れて探索することも可能なシステムだった。
そのため俺は、時にスカーレットの協力を得るなどもして、少女に幾つも強力なスキルやオリジナルスキルを教え始めたのだ。
その最中に邪神レイドクエストが発生し、さらに数日後には運営の手でこの1000年後の世界に転生させられたため、最終的に最強化計画は達成できないまま終わったが――その少女のことは正直、俺の中で大きな心残りの一つだった。
しかしゼロスに転生して少し経った頃、俺はあることに気付いた。
姉が通い、自分も受験することになるであろう王立アカデミー。
その学園長の名が、かつての知り合いのものであることを。
だからこそ俺は、ただ世界一を目指すだけなら不要だと分かっていてなお、アカデミーに通おうと思った。
全ては、彼女と再会するためだけに。
――と、ここまで長々と思い出してしまったが、その少女の正体が誰かなど火を見るより明らかだろう。
ノア・ホワイトムーン。
彼女こそ、前世の俺にとって掛け替えのない仲間であり、弟子であり、友人だった。
そんな相手を諭すように、俺はゆっくりと答えを告げる。
「もう察しているだろうが、俺には前世の記憶がある。君も良く知っているな」
「っ! そんなこと、ありえるはずが……貴方が、あの人のはずが……」
頭のどこかでは既に理解しているであろうに、戸惑いの声を零すノア。
そんな彼女の最大の特徴である白銀の長髪を見ながら、俺は懐かしむように笑みを浮かべた。
「そういえばホワイトムーンって名字は、その銀髪から着想を得て俺が名付けたんだったな」
「――! うそ……それを知っているということは、本当に貴方がゼロニティ様……いえ、ゼロ、なのですか?」
「ああ……久しぶりだな、ノア」
その言葉を聞いた途端、ノアの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「……っ! ゼロ!」
「おっと」
感極まった表情を浮かべ、ノアが俺に飛び込んでくる。
俺はその小さな体を、優しく抱きしめた。
「ぐすっ、ぐすっ……ゼロもスーちゃんも、突然、私の前からいなくなって……ずっと、ずっと、会いたかったです、ゼロ……!」
「……ああ」
窓から差し込む陽光が、再会を果たした2人を柔らかく包み込む。
こうして俺は1000年の時を超え、かつての友人と再会を果たしたのだった。
というわけで、初期から存在を匂わせていた、1000年前にいた【無の紋章】持ちの正体発表でした。
感想欄には予想されていた方もいらっしゃいましたね。
執筆当初からずっとこのシーンを書きたいと思っていたので、すごく達成感があります! 伏線は幾つも張っているので、最初から読み直してみるのも面白いかもです!
前回までのゼロスに対する不躾な対応も、普通なら知らないはずの情報を持っている相手に対しての警戒2割、ゼロが好きすぎるあまりの暴走8割といった感じです。
ちなみに次回のタイトルは『71 学園長、デレる』。
乞うご期待!!!