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069 対面

 渾身の一振りを浴びたノエルが、ゆっくりとその場に崩れ落ちていく。

 気絶こそすれど、【アブソーブ・テリトリー】の効果によって怪我は負っていない様子だ。

 その後、審判が俺の勝利を告げると同時に、闘技場内は大きな歓声に包まれた。



「うおおおおおおお! マジか!? 【無の紋章】が次期剣聖に勝ったぞ!」


「何が起きたんだ!? 砂煙のせいで、最後の方はほとんど見えなかったが……」


「とにかく番狂わせだ! 信じられねぇ!」



 試験の結果では俺の方がノエルより上であったものの、何かの間違いだと主張していた観客たち。

 そんな彼らも、どうやら今の模擬戦を見て考えを改めたようだ。

 ふと視界に入ったシュナやレーナはというと、これでもかと得意げな表情を浮かべている。

 

(とりあえず、無事に終わってよかったな)


 この様子だと、俺がスキルを発動したことは彼らにバレていない。

 実力を見せつけられたことで、難癖をつけられる機会も減るはずだ。

 ノエルには後から色々と誤魔化す必要はあるかもしれないが、ひとまずは及第点といったところか。


 そんなことを考えていると――


「素晴らしい戦いでした」


 その声が、遥か頭上から降り注いでくる。

 見上げると、そこには浮遊する白銀の少女――ノアの姿があった。


 彼女はそのまま軽やかに舞台上へ舞い降りると、俺に笑みを向けてきた。


「ゼロス・シルフィードおよびノエル・ファナティス。お二人とも、よくこちらの期待を超える激闘を見せてくださりました。在校生、上級生ともに大きな刺激となり、アカデミーはますます発展していくことでしょう」


 言い終えた彼女はくるりと観客席を見渡し、続けて告げる。


「皆様。今一度、わたしたちに素晴らしい戦いを見せてくださったお二人に称賛の拍手を!」


 ノアの言葉に従うように、再び歓声と拍手が巻き起こる。


 そんな中、ノアはゆっくりと俺に近づいて来た。

 そして、耳元に顔寄せてきたかと思うと、


「この後、学園長室に来ていただけますか? ()()()()()()()()()


「――――」


 わずかに目を見開く俺に対し、ノアは軽やかな笑みを浮かべる。

 俺は少し逡巡した後、小さく頷いた。


「分かりました」


「はい、それではまた」


 そう言って、ノアは再び貴賓室へと戻っていく。

 その後、残された全ての工程を終え、入学式は無事(?)に終了するのだった。



 ◇◆◇



 入学式後。

 本来であればシュナと合流して教室に向かう流れだが、俺は彼女に軽く事情を説明し、そのまま学園長室に向かった。

 重厚な扉の前で深く息を吸い、数回ノックする。


「ゼロス・シルフィードです」


「入ってください」


 透明感のある声が応える。

 許可を得た俺は、ゆっくりと扉を開けた。


 そこには、まさに学園長室に相応しい空間が広がっていた。

 天井まで届く背の高い書架には、古い革表紙の本が整然と並ぶ。

 アンティーク調の重厚な家具が部屋に歴史の重みを感じさせ、大きな窓からは柔らかな日差しが差し込む。

 そして部屋の奥で大きな椅子に座るノアの姿は、闘技場で見た時以上の威厳を放っていた。

 

「よく来てくれましたね、ゼロス・シルフィード」


「いえ……それで、ご用件は?」


 少し間を置き、ノアは口を開く。


「まずは改めての感謝と称賛を。突然ではありましたが、余興に協力してくださりありがとうございました。実はたまたま、昨日の貴方とノエル・ファナティスとのやり取りをここから目撃していました。加え、他の新入生から試験結果に対する疑問の声が出ておりまして……諸々を解決するのに、これ以上の対応はないと思ったのです」


 窓から下を見ると、確かに合格発表が行われた場所が見える。

 ……かなりの距離はあるし、やり取りを見るのも聞くのも難しいように思えるが、それを追求するのは野暮だろう。


 そんなことを考えている俺の前で、ノアはゆっくりと椅子から立ち上がった。

 そしてゆったりとした動きでこちらに近づいてくる。


「そして貴方は見事、こちらの期待に応えてくださりました。これで今後、貴方とアカデミーに対して批判的な声を上げる者は少なくなるでしょう」


 ここでノアは笑みを深める。

 その表情には、どこか意味ありげな色が混ざっていた。


「ええ。本当に素晴らしい戦いぶりでした。【剣の紋章】を持たずして、あれだけの剣を振れる人はそういないでしょう」


「それは、どういたしまし――」


「ですが、それ以上に素晴らしかったのは……やっぱり、()()()()使()()()()()()()ですね」


「――――」


 一瞬、部屋の空気が凍りつく。

 思わず言葉を詰まらせる俺に、ノアは笑みを消し、冷たい氷のような蒼色の目で睨みつけてきた。


「【無の紋章】持ちがスキルを扱えるなど……()()()()()()()()()()()()


 その声音には、これまでの優しさは微塵も感じられない。


「上手く隠し通したつもりかもしれませんが、このわたしを欺くまでにはいきませんでしたね」


 そしてそのまま、彼女は言い放った。



「聞かせなさい、ゼロス・シルフィード――貴方はいったい、何者なのですか?」



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