068 元世界ランク1位の無双③
かなり長めです。
「はあッ!」
「――――」
本番の幕が上がるや否や、意気揚々と猛攻を仕掛けてくるノエル。
斬撃の雨を凌ぎつつ、俺の頭の中では様々な戦略が巡っていた。
ただ勝利を掴むのが目的なら、刻錬剣術の効果が切れるまで逃げ切るのが最善だろう。
しかし、そんな小細工を用いて勝利を掴み取る気はなかった。
今、俺にとって重要なのはそんなことじゃない。
(元世界ランク1位の技量をもって――この同族を、真正面から叩き潰す!)
その決意と共に、激しく剣をぶつけ合う中、俺は静かに呟いた。
「パリィ」
「――なっ!?」
想定外のスキルに戸惑うノエル。
剣を弾かれ、奴の目に驚愕の色が浮かぶのを見て、俺は内心で微笑んだ。
「おい、何が起きた!?」
「今まで防戦一方だった【無の紋章】持ちが、ノエルの剣を弾いたぞ!」
観客席からは驚きの声が上がる。
彼らには何が起きたのか分からないのだろう。
パリィは遠目から見ただけでは、スキルによるものか偶然発生しただけか見抜けないため、今回の作戦におあつらえ向きというわけだ。
そして、もう1つ――
「続けていくぞ」
「ッ、まさか――」
俺の宣言を聞いたノエルは、咄嗟に剣を翳し防御態勢を取った。
それを見た俺は力強く剣を振るう。
そして刃と刃が接触する直前、小さく告げた。
「スラッシュ」
「ッッッ!!!」
――――――――――――――――――――
【スラッシュ】Lv.2
・剣のスキル
・MPを消費することで、斬撃を飛ばすことができる。
限られた時間内に魔力を注ぐことにより、会心の斬撃が発生し威力が33%上昇する。
――――――――――――――――――――
スラッシュは、斬撃が発生する直前の0.2秒以内に全ての魔力を注ぎ込むという上級テクニックにより会心の斬撃を放つことができる。
火力が上乗せされた斬撃はノエルの剣に命中し、そのまま奴の体を勢いよく後方に弾き飛ばした。
(――成功だな)
スラッシュ自体、本来であれば斬撃を空に飛ばすためのスキル。
こんな衆人環視の中で発動すれば、言うまでも無くすぐにバレてしまう。
しかしそれを避けるための方法が一つ存在していた。
斬撃の発生と命中までの時間ロスを極限まで減らせば、周囲からはただ、強力な攻撃が繰り出されたようにしか見えないのだ。
通常より難易度は上がるし、スラッシュ最大の利点である遠距離からの攻撃はできなくなるが……それでもこの状況なら、攻撃力上昇効果が乗るだけで十分だ。
「くっ……君は……」
服についた埃を払い、戸惑いながら立ち上がるノエルに対し、俺は悠然と告げる。
「今のは挨拶代わりの一撃だ」
俺がスキルを使えると知らない状態のノエル相手に、不意打ち気味で勝利を掴んだところで何の意味もない。
だからこそ今の一連のやりとりは防御してもらう前提で、俺の持つ力をノエルだけに明かすのが目的だったのだ。
仮にここで、【無の紋章】持ちの俺がスキルを使えるなんて卑怯な手段を使っているに違いないと主張されれば、面倒なことになるが――
「……面白い!」
そんな心配など無用とでも言うかのように、ノエルの目が強く輝いた。
奴にはしっかりと、俺がスキルを使えることが伝わったはずだ。
当然、疑問はあるだろう。しかしそれ以上の興奮と歓喜が、ノエルを突き動かしている様子だった。
ノエルは剣を構え、これまでで一番の笑みを浮かべる。
「改めて――君の全力を打ち破ることをここに宣言させてもらおう、ゼロス・シルフィード」
「ああ。かかってこい、ノエル・ファナティス」
戦闘開始から、既に100秒が経過。
刻錬剣術による能力上昇が最高値に達した中、それでも足りないとばかりに、俺たちの剣速はどんどん上がっていくのだった――
◇◆◇
ゼロスとノエルが戦いに熱中していく、その一方――
「……ゼロス」
――客席では赤髪の少女、シュナが息を呑んで戦いを見守っていた。
優勢を保っているのはゼロスだ。
敵の攻撃のことごとくを封じ、的確に反撃を浴びせていた。
しかしそれでもノエルは諦めることなく、次の手をどんどん繰り出していく。
加速する剣戟、鳴り響く金属音。
その圧倒的な光景を前にし、徐々に会場全体の空気が変わり出していた。
「おい、何が起きているんだ?」
「いきなりノエルが圧倒され始めたぞ!?」
「すごい……」
「まさか……まさか、【無の紋章】持ちが勝つのか!?」
始めはゼロスに対し怪訝かつ、反抗的な声ばかりだった観客たち。
しかし気付いた時にはもう、彼らはゼロスの実力に魅了され始めていた。
そうなってしまうのも仕方ない。何せ彼らとは違いゼロスの事情を知っているシュナもまた、思わず目を輝かせてしまうほどの戦いぶりだったのだから。
ちなみに、隣にいるレーナは終始ニコニコとしている。
「やっぱり、ゼロスはすごい……!」
いつまでも見ていたくなるような攻防。
しかし、永遠に続く戦いなどない。
2人の模擬戦はやがて、終わりを迎えようとしていた――
(強い――これが、ゼロス・シルフィードの実力なのか……!)
激しい攻防を繰り広げる中、ノエルの胸中には歓喜だけがあった。
レベルや単純な強さだけなら、これ以上の騎士や冒険者を見たことがある。
だが――だが、違うのだ。
ゼロスに感じるのは、彼らとは異なる異質な何か。
実力以上の格差。どれだけ槌を振るおうと崩すことのできない城壁のような、積み重ねた年月を感じさせる熟練者の姿がそこにはあった。
「パリィ」
「ッ、くそッ!」
その直後だった。
ゼロスはノエルの剣を下に弾き、砂塵を発生させた。
さらに、
「スラッシュ」
続けて何発ものスラッシュを地面に放つことで、大量の砂煙を巻き起こした。
観客たちからは、突然地面を切りつけたようにしか見えなかっただろう。
しかしその砂煙によって、両者の姿は完全に覆い隠される。
(目隠しのつもりか? いや、見えなくなったのは周囲からのみで、僕から彼の姿ははっきりと見えている)
「いったい、何を企んで――ッ!?」
直後、ノエルは見た。
青白い光に包まれた、ゼロスの姿を――
◇◆◇
(さあ、正念場だ)
最後の攻防を前に、俺は状況を整理していた。
パリィとスラッシュを解禁し、優勢に戦況を動かしてきたが、刻錬剣術発動中に仕留め切るにはもう一歩足りない。
決め手としてソード・ブーストを使いたいところだが、このスキルは使った瞬間、俺の体が青白い光に包まれるため発動は不可能――
それを覆すための方法が、一つだけ存在していた。
ノエルは先ほど、チャージ・ストライクを地面に放ち、砂埃を発生させることによって俺の視界から逃れた。
あれと同じことを、観客たちに向けて実行すればいいと考えたのだ。
そこで俺はノエルの攻撃を地面に向かってパリィしたのち、スラッシュで強引に砂煙を巻き起こした。
その後、ソード・ブーストを発動。
観客席からは砂煙のおかげで何も見えない。かろうじて青白い光が見えたとしても、ノエルによるものだと判断するはずだ。
「――――いくぞ」
力強い踏み込みとともに放たれた高速の剣閃が、吸い込まれるようにノエルへと迫り、その胴体を浅く斬り裂いた。
「くぅっ……!」
苦痛に悶えるノエル。
致命傷だけは避けられたようだが、このスキルの本命はここから。
体勢を崩したノエルに、怒涛の連撃を畳み掛けるのだ。
そんな決意の中、二振り目を浴びせ、続けて三振り目を放とうとした直後だった。
「いいや、まだだ――ソード・ブースト!」
「っ」
ノエルの全身もまた、青白い光に包まれる。
あのままではただやられると察し、強引に速度を上げることにしたのだろう。
その狙いは正しかった。
紙一重ではあるものの、ノエルは俺の連撃を全て回避、もしくは捌くことによって対処し始めたのだ。
にっと、ノエルの口角が上がる。
「早まったな、ゼロス・シルフィード。そのスキルを終えた瞬間が、決着の時だ!」
「――――」
ソード・ブーストの発動後、生じる0.2秒間の硬直時間を言っているのだろう。
確かにここで俺がノエルを仕留め切れなければ、後からスキルを発動した向こうだけが動ける瞬間がやってくる。
ノエルはそこで俺にトドメを与えるつもりであり、無情にも俺の剣が纏う光は、最後の一撃を告げるべく輝きを増していた。
俺がこの剣を振り切った時。
奴がこの刃を凌いでみせた時。
決着がつく。ノエルはそう考えているに違いない。
だが――――
「言ったはずだぞ、その先を見せてやると」
――――この程度、初めから俺の想定通り。
俺は剣をノエルに振り下ろす最中、力加減と角度を調整し、小さく告げた。
「パリィ」
「――ッッッ!?」
直後、俺の刃はノエルの剣を弾くどころか逆に弾き返され、空中でピタリと動きを止める。
そう。俺はパリィに失敗し硬直したのだ。
ノエルは想定していなかった事態に目を見開くも、すぐに意識を切り替え、この硬直時間を逃さないとばかりに迫ってくる。
「呆気ない幕切れだが――今度こそ、これで終わりだ!」
ゴウっと、大気を割るようにして振るわれる長剣。
白銀の刃がそのまま俺に吸い込まれようとした次の瞬間、俺は全力で地面を蹴り、横に跳んでみせた。
「――ッ!? バカな! なぜ動ける!?」
「硬直時間の上書きだよ」
当てが外れたノエルは、虚空に剣を振りながら焦燥の声を上げた。
そんなノエルに向かって、俺は奴が知らないであろうシステムの仕組みを告げる。
「ソード・ブーストの硬直時間が0.2秒なのに対し、パリィ失敗時の硬直時間は0.1秒。前者の硬直が発生する瞬間、ギリギリのタイミングでわざとパリィに失敗することで、後者の硬直時間に切り替えられるんだ」
「――――ッ!?」
両者の時間差は0.1秒に過ぎないが、このレベルにもなると、回避を試みるには十分すぎるほどの余裕が生まれる。
こんな複雑な仕組み、クレオンをやり込んだゲーマーでないと知らないし、狙って実行することもできないだろう。
だが、今回は容赦なく使わせてもらった。
それこそがコイツの望みであると思ったからだ。
「さあ、立場が逆転したな。次はこちらの番だ」
「くっ! いや、まだだ! 僕にはまだチャージ・ストライクが――」
あと一振りで、ノエルにも硬直時間が発生する。
それを嫌ったノエルは剣を高く掲げた。
先ほどと同様、チャージ・ストライクによる仕切り直しを狙っているのだろう。
しかし、
「【霞落とし】」
「ッ!!!」
放たれた斬撃が、振り下ろそうしたノエルの剣を上空に弾く。
直後、チャージ・ストライクが発動し、刃に溜めた魔力が解放。
ここまでで一番の斬撃は天高く放たれ、俺たちを覆う砂塵が吹き飛ばされた。
そうして再び、俺とノエルの姿が剥き出しになる。
そんな中、俺は硬直時間によって動きを止めるノエルを見据えながら、剣を高く構えた。
静止した時間の中、ノエルは深紅の目に輝きを溜め、ゆっくりと口を開く。
「そうか。これが、君の本気……!」
俺はそんなノエルめがけ、全力の剣撃をお見舞いする。
ノエルは満足そうな表情で、そのまま地面に倒れていった。
シーンと、場が静寂に包まれる。
俺が視線を横にやると、そこにいた審判は頷き、そして告げる。
「そこまで! 勝者、ゼロス・シルフィード!」
それからもしばらく、闘技場には沈黙が続くも――
「「「わあああああああああああああああああああああああああああ!!!」」」
誰か一人が声を上げた瞬間、堰を切ったように全員が歓声を上げる。
かくして注目の中、俺とノエルの模擬戦は、俺の勝利で幕を閉じるのだった。
完全決着!
模擬戦は終わりましたが、アカデミー入学編の本番はここからと言ってもいいかもしれません。
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