067 刻錬剣術
剣と剣が激しくぶつかり合う音が、闘技場に鋭く響き渡る。
俺とノエルの決闘は、白熱の渦中にあった。
互いの呼吸が荒くなり始めたその時、ノエルが小さく一言を発した。
「パリィ」
「ッ」
突如として、俺の剣が弾かれる。
パリィのスキルを発動されたのだ。
しかし、この時点で俺に焦りはなかった。
(これで、まず1つ)
俺は冷静に分析を続けながら、次の攻撃に備える。
するとその直後、ノエルの体と剣が青白い光に包まれた。
見慣れた光景。これは恐らく――
「ソード・ブースト!」
予想通り、ノエルはソード・ブーストを発動した。
パリィによって俺の体勢が崩れた隙を狙ったのだろう。
(――けど、甘い。パリィやソード・ブーストは剣のスキルの代表格。このくらいは初めから想定済みだ)
高速の剣技が迫るも、元からそれを読んでいた俺は巧みな動きで回避していく。
ソード・ブーストは剣速を上昇させる優秀なスキルだが、大きな弱点も存在する。
スキル発動後、約0.2秒間の硬直時間が生まれるのだ。
わずかな時間だと思うかもしれないが、剣士にとって0.2秒は永遠に思えるほど長い。
その隙に反撃を浴びせてやれば、こちらが勝てる。
そんな考えが浮かぶ中、俺は小さく眉をひそめた。
(本当にそうか? 初心者ならともかく、コイツくらいの実力があればソード・ブーストの弱点は把握しているはず。だとするなら――)
分析している最中、ノエルの纏う光がひと際強くなった。
最後の一振りが来ることを予感し、反射的に身構える。
カウンターを浴びせるべく、一定距離での回避を試みようとした瞬間だった。
「君の狙い通りに行くとでも?」
「なに?」
警戒する俺の前で、ノエルが口角を上げた。
直後、奴の握る剣が眩い光を放つ。
そして――
「【チャージ・ストライク】!」
「――――ッ!」
力強い叫び声と共に、ノエルは剣を俺ではなく、地面に向かって振り下ろした。
刃が地面に叩きつけられた結果、轟音が鳴り響き、辺りには大量の砂塵が舞う。
さらに、暴風によって俺の体は後方に吹き飛ばされた。
空中で態勢を整えた俺は、着地しながらノエルを見据える。
(そりゃ、レアスキルの1つくらい持ってるよな……)
剣のスキル【チャージ・ストライク】。
剣を振るうごとに魔力が刃に蓄積され、意図したタイミングで一振りのみ火力を大幅に上げることのできる、一撃必殺のレアスキルだ。
通常ならトドメに使うためのスキルだが、ソード・ブーストを全て躱されることを察したノエルは、瞬時に時間稼ぎに使用することを決断したのだろう。
これだけでも、コイツにかなりの戦闘センスがあることが窺える。
結果的に、俺にとっては千載一遇の反撃チャンスが無効化されてしまった。
ただ、
(――これで、3つ目)
これでノエルのスキルを計3つ、暴くことができた。
残るは1つあるかどうかだ。
もし持ちうる手がこれだけなら、こちらにも十分活路はある。
俺がスキルを使わない縛りで戦っているとはいえ、ステータスを10%上昇させる【剣帝の意志】は自動発動中。
元々の技量も合わせて考えれば、優勢なのはむしろこちらの方――
「残念だったな、ゼロス・シルフィード」
――かと思われた直後、ノエルの冷たい声が闘技場に響く。
「僕の攻撃をことごとく凌ぐ様は見事と言う他ないが……それでも、君が勝てるとすれば今の瞬間しかなかった」
「……どういう意味だ?」
「言葉にせずとも――これで分かるはずだ」
グッと、地面を蹴り迫ってくるノエル。
そのまま先ほどまでと同様、鋭い斬撃を放ってくる。
一見しただけでは、何も変わりなく見えるが――
「ッ!」
直後、気付く。
ノエルの動きが模擬戦開始時よりも速く、力強くなっていることに。
(これはもしかして……)
時間経過に伴うステータスの上昇。
俺はそれを可能とするスキルに心当たりがあった。
「――【刻錬剣術】か」
「ほう、知っているのか」
頷くノエル。
やはり予想は的中したらしい。
【刻錬剣術】。
それは発動後、10秒ごとに筋力、速度、剣の技量に補正がかかる剣のスキル。
スキルレベル1の状態だと3%ずつ上昇し、100秒経過時には最大で30%まで上昇。その後、最大強化状態が100秒間継続する。
クールタイムが長く、MPを大量に消費してしまうのが欠点だが、それをかき消してしまうほどの非常に強力な能力である。
(何はともあれ、これで4つ目。ノエルの持つスキルが全て判明したな)
パリィやソード・ブーストも汎用性の高い非常に優秀なスキルだが、やはり特徴的なのは残りの2つ。
【チャージ・ストライク】と【刻錬剣術】。
そのどちらも、戦闘が続くにつれ効果を発揮する長期戦向けのレアスキルだ。
(なるほど。これだけの実力がありながら、剣の試験で俺に後れを取ったわけだ)
短時間で結果を出す必要がある試験内容と、ノエルは相性が悪かったのだろう。
それを今になって理解する。
「と、今はそれどころじゃないか」
既に戦闘開始からは50秒が経過し、上昇率は15%を超えているはず。
こちらの優位点であった【剣帝の意志】の恩恵は既になくなった。
そしてここからさらに、その差は開いていく一方だ。
レベルや他のスキルを含め、現時点でノエルの方が優勢なのは間違いない。
こちらがスキルを封印した状態で勝つのは難しくなった。
(さて、どうしたものか……)
思考の渦に呑み込まれそうになった、その時だった。
ノエルは眉を顰め、虚しさを憂うような表情を浮かべる。
「結局……本当にこの程度だったのか? 君の本気は」
「――――」
表層に見えるのは、俺に対する深い失望感。
期待外れ、と言ってもいいだろう。
とても模擬戦で勝利を掴みかけている者が浮かべる表情ではなかった。
(……それもそうか)
昨日から今日に至るまでの、コイツの行動を思い出す。
ノエルはただ、自分より弱い相手に勝ちたいから勝負を挑んでいたわけではない。
その奥にあるのは、飽くなき強さへの探求心。
周囲の評価などどうでもいい。ただ自分だけが納得すればいいという欲求の塊。
見る人によっては傲慢だと捉えられても仕方ないだろう。
だが――俺は違う。
なぜならそれは、前世の自分自身を彷彿とさせる姿でもあったから。
「……………」
俺はゆっくりと視線を上げる。
その先には、貴賓席に座り優雅な笑みを浮かべる学園長のノアがいた。
俺と視線がぶつかっても、変わることなく余裕の笑みを浮かべるのみ。
そんな彼女を見て、俺は一つの決意を固めた。
――――――もう、いいだろう。
「ふう」
小さく息を吐き、意識を切り替える。
そして、真正面からノエルを見据えた。
「――ッッッ!?」
どうやらそれだけで、ノエルには俺の意図が伝わったようだ。
奴は警戒した様子で剣を構えると、強張った表情で睨み返してくる。
そんなノエルに向け、俺は静かに告げた。
「悪いな、茶番に付き合わせた」
「……っ、ここからはそうじゃないと?」
「ああ」
俺は方針を修正することにした。
ノエルの希望通り――真正面から叩き潰してやろうと思ったのだ。
それこそ、これまで封印していたスキルを解禁してでも。
とはいえ、何も無計画に力を振るう訳ではないない。
【無の紋章】持ちである俺がスキルを使えることについては、変わらず観客たちに明かすつもりがない。
そんな制限の中で、俺はスキルを使用してノエルと戦う算段を企てていた。
もっと言うなら、俺は今、剣士としてノエルの前に立ちはだかっている。
それに合わせて、こちらも剣のスキルのみを使うとしよう。
(今、俺が使える剣のスキルは4つ……)
【パリィ】、【スラッシュ】、【ソード・ブースト】、【剣帝の意志】(自動発動中)。
奇しくもノエルが持つスキル数と同じだ。
この中で、斬撃を飛ばすスラッシュはもちろん、青い光に包まれる【ソード・ブースト】は発動するだけで観客たちにすぐバレるだろう。
(もっとも、それでもやりようはある)
工夫次第では、それらのスキルを活用する戦い方もできるはずだ。
条件が増えたことで、先ほどよりもむしろ制限が増えたようにも思えるが……
この模擬戦をやり過ごすのではなく、ノエルを圧倒するという新たな目標が生まれたからか、思考はクリアになり集中力が格段に上昇するのを感じる。
この程度、ゼロニティが乗り越えてきた困難に比べれば大したことじゃない。
俺は改めて、ノエルに宣言する。
「来い。お前の望み通り、その先を見せてやる」
「――――ッ! それでこそだ、ゼロス・シルフィード!」
獰猛な笑みを浮かべ、斬りかかってくるノエル。
かくして、本番が始まった。
次回『068 元世界ランク1位の無双③』
決着までいきます。
普段の倍近い文字量になると思うので、ぜひ楽しみにお待ちください!