066 模擬戦開始
数分後、俺とノエルは闘技場の中心で向かい合っていた。
他の新入生たちは客席に座り、興奮した様子で俺たちを見つめている。
(なぜこんなことに……)
俺は内心で溜息をつきながら、この状況に至った理由を考えていた。
あり得るとしたら二つ。その一つを確かめるべく、ノエルに尋ねてみる。
「まさかお前、公爵家の特権を利用してアカデミーに何か働きかけたんじゃ――」
「これは望んでもいない機会だ。全ては彼女の……女神のおかげに違いない」
「…………」
俺の言葉など耳に入っていないかのように、ノエルは浮かされた表情で客席にいるレーナを見ながら、祈りを捧げていた。
というか、女神って何だよ女神って。
(……うん、このバカがそんな根回しをするはずがないな)
とりあえず俺は考えを改めた。
しかしそうなると、残る可能性は一つ。
俺はチラリと、客席の一番高い貴賓席にいるノアに視線を向けた。
「…………(ニコリ)」
彼女は俺の視線に気付くと、小さく笑みを浮かべた。
その表情には、何か得体の知れない雰囲気が漂っている。
……やっぱり、そういうことなのだろうか。
「……はあ」
正直なところ、ここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだ。
だが学園長の指示である以上、昨日のようにはいかない。
俺は深く息を吸い、気を引き締めた。
観客席からは、ノエルを応援する声が多く聞こえてくる。
中には、【無の紋章】持ちの不正を暴いてやれ、という暴言まで交じっている。
いきなりここからダーク・スラッシュでも放てば驚かせられるだろうか。
あまりにも気分が乗らないため、思わずそんな考えすら浮かんでしまうが――
「が、頑張ってください、ゼロス様!」
「……シュナ」
そんな中、シュナの応援が聞こえてきた。
ノエル贔屓な雰囲気の中、声を上げるには抵抗があっただろうに、彼女の声は力強く、俺の胸に強く響いた。
ちなみに、シュナの隣にいるレーナはと言うと、
「ふふん、今からここにいる全員が、私のゼロスに度肝を抜かれるのが楽しみだわ」
と、あくどい笑みを浮かべている。
姉らしからぬ表情に(いや、ある意味ではレーナらしいか?)、思わず苦笑してしまう。
「……仕方ない、やるしかないか」
俺は諦め、改めてノエルと向かい合った。
奴の目には、昨日から変わらぬ闘志が宿っている。
「ようやく君の実力を確かめることができるな」
ノエルの声には、期待と興奮が混ざっていた。
「……う~ん」
その言葉を受け、俺は少し考え込んだ。
戦うことは受け入れたが、スキルを使うかどうかという最大の問題が残っていたからだ。
(この模擬戦が明日なら、事情は変わったかもしれないんだが……)
本気を望んでいるノエルには悪いが、今回はスキルなしで戦うことにする。
とはいえ、シュナが勇気を出して応援してくれた手前、負けるつもりはない。
「それじゃ、準備はいいか?」
審判を務めるのは、青みがかった黒髪が特徴的な男性講師。
他にも緊急時に備えた講師は舞台袖に待機しており、そのうちの一人は魔導のスキル【アブソーブ・テリトリー】を使用していた。
以前ディオンと決闘した際に父デュークが使っていたのと同じ、一定範囲に張られた結界内で受けたダメージを無効化するスキルだ。
これで遠慮なく戦えということらしい。
そしてとうとう、その瞬間が訪れる。
「それでは――――始め!」
審判の合図が鳴り響いた直後、真っ先に動いたのはノエルだった。
「ハアッ!」
その動きはまるで猛獣のよう。
力強い踏み込みと、鋭い剣筋。
光る刃が、俺めがけて勢いよく迫ってくる。
しかし、
「よっと」
「――ッ⁉︎」
俺はそれを恐れることなく、素早く身を躱した。
かすかな風圧が頬を撫でる。間一髪だったが、十分に対応可能な速度だ。
「今のを躱すとは、想像以上にはやるようだな」
ノエルはそう告げると、続けて連撃を放ってくる。
それらを全て回避しながら、俺はノエルの動きを分析し始めた。
クレオンの対人戦を決定づけるのは、レベル差とスキルの有無。
まず大前提として、レベル差が離れすぎていれば勝つことは難しくなる。
その点ノエルはというと、今の踏み込みに加え、剣の試験のクリアタイムが俺より遅かったのを鑑みて、レベルは45~55程度の範囲に収まるはずだ。
そして、現状の俺のレベルは46。
(レベルだけなら恐らく俺よりも高い。とはいえこの程度なら十分に対応可能――問題はスキルの数と種類だな)
【剣の紋章】持ちが成長スキルを獲得するのは、15レベル、35レベル、50レベルと続く。
ここに初期スキルがあることを考慮して、ノエルが持っているスキルは3か4つのはずだ。
戦いながらその中身を暴くことが、勝利への秘訣となる。
(かなり面倒ではあるが……それでも継承祠による継承スキルがないから数には限りがあるし、クレオン時代の対人戦よりは何倍もマシだ。こちらがスキルを使わずとも、やりあうのは不可能じゃないはず……)
そう思考している最中、ノエルの剣が再び迫ってきた。
俺は咄嗟に剣を構え、相手の一撃を受け止める。
金属と金属がぶつかり合う鋭い音が、闘技場に響き渡った。
鍔迫り合い状態の中、ノエルは赤い目を鋭く尖らせ俺を睨みつける。
「様子見はここまでだ――君の本気、見せてみろ!」
かくして、模擬戦は加速していくのだった。
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