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060 実技試験

後書きに【大切なお知らせ】があるので、そちらの確認もどうぞよろしくお願いいたします!


「【無の紋章】持ちがどうすべきかについて、聞かせてもらっていいですか?」



 そう尋ねた瞬間、会場内の空気が凍りついたかのように静まり返った。

 沈黙が数秒続いた後、周囲からささやき声が聞こえ始める。



「おいおい、【無の紋章】がわざわざ試験を受けに来たのか?」


「スキルも使えないのに、アカデミーに入って何をするんだか」


「いや、そもそも合格できないだろ。試験の点数配分としては、実技の方が大きいって話だし……」



(……なんだか久々の対応だな)


 俺は平然とした表情を保ちながらも、内心では苦笑していた。

 さきほどの【全の紋章】ではないが、改めて周囲から【無の紋章】がどう思われているかを実感する。

 難癖をつけてくるディオンを除き、ここ最近ではあまりなかった経験だからか、逆に新鮮さを覚えるほどだ。


 試験官は戸惑った様子で手元の紙を読んだ後、こちらを向いた。


「申し訳ありません、確認が不足しておりました。【無の紋章】持ちの方も、【全の紋章】と同じく好きな試験を選択していただきます」


「分かりました」


 最後の確認を終えた後、改めて試験官が告げる。


「では、皆様それぞれの試験会場へ移動してください」



 ◇◆◇



 好きに試験を選択していいと言われた俺が向かったのは、当然【剣の紋章】用の試験会場だった。

 数十人の受験生が集まっており、中には、


「……チッ」


 こちらを見ながら、嫌そうな顔で舌打ちするディオンの姿があった。

 アイツも剣の試験を選んだということだろう。


(まあ、剣は俺もアイツも幼い頃から学んでいたし、選ぶとすればここになるよな)


 などと考えているうちに、さっそく試験が開始する。

 基本的には、アナウンスで呼ばれた者が一人ずつ試験用の訓練場に入っていき、数分経つと入れ替わりで次の受験生が入るといった流れだ。

 訓練場は複数存在するため、思ったよりはスムーズに進んでいく。


 ちなみにだが、どうやら【剣の紋章】を持たない俺やディオンの順番は最後に回されているらしい。

 そんなわけで、待たされること数時間。


『続けて、ゼロス・シルフィード。訓練場の中に入室してください』


「……ようやくか」


 一つ先に呼ばれたディオンに次いで、最後は俺の番になった。

 俺は立ち上がると、案内アナウンスに従い試験場の中に入って行く。

 試験場の中は、真っ白な正方形の部屋になっていた。


「殺風景な空間だな……っ」


 そんな風に分析していると、突如として部屋の中心に一体の案山子が出現する。

 シルフィード家でシュナの魔法を試した時、エドガーが用意してくれたものによく似ていた。

 剣や魔法の的として広く流通している魔道具だからだろう。


 そんなことを考えていると、続けてアナウンスが響き渡る。



『三分間の制限時間内にできるかぎりの案山子を斬り倒してください。一体倒されるごとに、耐久度の上がった個体が室内のランダム箇所に再出現します』



 とのことらしい。

 とりあえず難しいことはなく、案山子を倒すことにだけ集中すればいいみたいだ。


 俺は事前に支給された試験用の剣を握り、ゆっくりと息を整える。

 そして、今回の方針を整理することにした。


(試験中の様子は、監視用の魔道具で外から試験官も見ているだろうし、今回スキルを使うのは控えておこう……まあパッシブスキルの【剣帝の意志】は勝手に発動するけど、それは例外ってことで)


 ()()()()から、もうしばらくは【無の紋章】がスキルを使えることを隠そうと考えている。

 そのために今回、火力を出せるスラッシュを使うつもりはなかった。


『それでは――始め!』


 アナウンスが鳴り響き、とうとう実技試験が始まる。


「はあッ!」


 俺は力強く踏み込むと、まず一振りで目の前の案山子を両断した。

 案山子が消滅すると同時に、ランダムの位置に次の案山子が出現した。


「次はあっちか」


 俺は部屋中を駆け回り、次々と現れる案山子を一振りで斬り伏せていく。

 案山子の数が増えるにつれ、その耐久度も少しずつ上がっているようだが、現状ではさしたる違いは感じない。

 そのまま進めること、数十秒――


『全ての案山子が斬り倒されたため、試験はこれで終了です』


 ――討伐数が10体に到達したタイミングで、あっけなく終わりを告げるアナウンスが鳴り響いた。

 俺は呆れ顔を浮かべ、小さく口を開く。


「もう終わりなのか? まだ始まってから1分も経ってないと思うんだが……」


 一応、難関を謳うアカデミーの入学試験だし、難易度はそれなりのものを用意していると思ってたんだが……


 それとももしかしたら、ここまでで少しレベリングに励み過ぎたのかもしれない。

 冷静に考えて、45レベルの受験生なんてまず想定されないだろうしな……


「まあいい。とりあえずこれで、合格だけなら問題ないだろ」


 何はともあれこんな風にして、アカデミーの入学試験が終わるのだった。

次回、試験官視点です!

ゼロスの活躍を見て、果たしてどのような反応をするのか。

ぜひ楽しみにお待ちください!

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