055 現世と前世
剣と剣がぶつかり合う鋭い金属音が、真っ白な空間に響き渡る。
一振りごとに火花が散り、まるで空気が震えるかのようだった。
『――――!』
「くっ!」
その最中、幻影が放った渾身の一振りを受け止めるも、その一撃は予想以上に重かった。
腕を伝わる衝撃に、俺は思わず歯を食いしばる。
その後も、幻影との激しい剣の打ち合いが続いた。
俺の剣を振るう腕は徐々に重くなり、汗が額から滴り落ちていく。
優勢なのは明らかに幻影の方だ。【剣帝の意志】による10%のステータス上昇は、このレベルの戦いにおいてかなり厄介だった。
(やはり、正面からの力勝負は厳しいか……)
一瞬の隙を見て、俺は一旦距離を取る。
そのまま剣を構え直すと、勢いよく魔力の籠った刃を振るった。
「――スラッシュ!」
会心の一撃が、まっすぐ幻影へと迫っていく。
だが、何も抵抗せずその攻撃を受けてくれるほど、敵は甘くなかった。
『――――――!』
僅かに遅れて、幻影も俺と同じように【スラッシュ】を放った。
二つの斬撃が轟音と共に空中で激しく衝突する。
そして次の瞬間、俺の斬撃は敵のそれに軽々と食い破られてしまった。
「チッ」
俺は舌打ちしながら、勢いの衰えた敵の斬撃を回避する。
斬撃はそのまま、背後の壁を浅く斬り裂いてみせた。
今の結果を見て分かる通り、幻影が放ったのも会心の斬撃である。
そこに【剣帝の意志】の効果が加わった結果、あちらの威力の方が高くなり、こうして押し切られてしまったという訳だ。
(やっぱり、単純な力勝負では勝ち目がないか……)
そう呟きつつ、俺は次の手を考え始める。
幻影に挑むと決めた瞬間から、当然こういった展開は予想していた。
この程度、前世で潜り抜けてきた数々の修羅場に比べれば、大したピンチではない。
(それに、今の俺にはこの手段もある)
俺は小さく微笑んだ後、再び幻影に斬りかかっていく。
とはいえ、このままでは先ほどと同様、ステータスの差で形勢はあちらに偏ってしまうだろう。
ゆえに――
(――ここだ!)
お互いに右手で剣を振り切った直後、俺は左手を突き出した。
魔力を左手に集中させ、力強く叫ぶ。
「【マジック・アロー】!」
『――――ッ!?』
直後、俺の左手から魔力の矢が放たれた。
ゼロニティは驚いたような仕草を見せるも、対応しきれず胸に矢が命中する。
小さな爆発音と共に、ゼロニティの体が後ろに弾かれた。
(よし!)
俺は内心で歓喜の声を上げる。
そして予想通り、数秒経ってもゼロニティからの反撃は来ない。
(やはりか……)
ここで俺は、先ほどのシステムメッセージを思い出していた。
『一部スキルの反映に失敗しました』
戦いの開始直前に聞こえた、あの言葉。
あれはとある事実を指し示していた。
(この試練は、幻影元はもちろん、挑戦者についても【剣の紋章】持ちしか想定されてない影響か、幻影がコピーできるのは剣のスキルに限られている。だから、マジック・アローを含めた他紋章のスキルには対応できないんだ)
一見、無理やりな理論にも思えるかもしれないが、俺はそれに確信があった。
「なにせ、それはもう前世で確認済みだからな」
前世で体験した、とあるNPCとの記憶を思い出しながら俺は得意げに呟く。
いずれにせよ、俺に勝機があるとすればこの利点を活かすしかない。
幻影に組み込まれたAIからしてまず間違いなく、近距離攻撃には近距離攻撃で、遠距離攻撃には遠距離攻撃で返してくる。
ステータスが上回っている状況ではシンプルな立ち回りが一番効果的であり、その哲学がAIにも反映されているはずだからだ。
(その点、幻影が持っている遠距離攻撃手段はスラッシュのみ。攻撃が単調になってくれれば敵の動きが読みやすくなり、今みたいに魔導のスキルでダメージを稼げるはずだ)
そう考えながら、俺は次の攻撃の準備を整えていく。
(これで勝機が見えてきた。あとはこの調子で進めていきさえすれば――)
俺の中に小さく勝利への確信が生じた、次の瞬間。
幻影が選択したのは、俺にとって予想外の行動だった。
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