042 意趣返し
決闘の準備を整えている途中、シュナが申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。
「ごめんね、ゼロス。私のせいで決闘することになって」
「いや、決闘を受けたのは俺の判断だし、そもそもの発端はディオンのせいだ。シュナが謝ることじゃない」
そう返すと、シュナは安心したように微笑む。
その直後、何かを疑問に思ったのか彼女は小さく首を傾げた。
「ありがとう、ゼロス。ところで、お兄さんの実力ってどれくらいなの? ゼロスと同じ試験を受けるってことは、紋章を得てから半年以内なんだよね?」
「数日前に聞いた話だと、40レベルを既に超えているって言ってたな」
「……思ったより高いんだね」
そう呟く彼女の声には驚きの色が混じっている。
俺は肩をすくめながら説明した。
「シルフィード騎士団の数人を護衛に雇って、安全にレベルを上げていただけだ。経験や技量はそこまでだろうし、多少のレベル差があろうと十分に勝てる」
「そっか。それにお兄さんはゼロスがスキルを使えないと思い込んでるし、そこの油断をつけば――」
「……いや、実は今回、スキルを使うつもりはないんだ」
「――え?」
シュナは驚きと困惑の入り混じった声を上げた。
そんな彼女に対し、俺は発言の意図を話していく。
「今の状況で俺がスキルを使って勝った場合、後からディオンにマジックアイテムを使用したんじゃないかと難癖をつけられる可能性がある。アイツは【無の紋章】持ちがそんなことできるはずがないと信じ込んでいるからな」
そして、もう一つの大きな理由がある。
俺としてはこちらの方が本命だった。
「それに、アイツに本物の敗北感を与えるには、スキルを持たない相手に負けたと思わせる方が都合がいいからな」
「……ゼロス」
シュナは戸惑ったような、困惑したような声を漏らした。
まあ簡単にまとめると、スキルどうこうに関係なく俺がディオンを圧倒すればいいという、ただそれだけの話だ。
「それじゃ、そろそろ向かうとするか」
「う、うん」
俺たちは話し合いを終えた後、決闘の舞台である鍛錬場に移動するのだった。
数分後、俺とシュナは鍛錬場に到着する。
すると既にディオンがやってきており、彼は馬鹿にするような視線を俺たちに向けてきた。
「ははっ、逃げずにやってきたのか。無能にしては殊勝な心掛けだな」
「…………」
無言で聞き流した直後、重厚な足音が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはデュークとエドガーがいた。
デュークは俺とディオンを見た後、ゆっくりと口を開く。
「話はエドガーから聞いた。此度の立会人は私が務めさせてもらう、いいな?」
「はい、父上」
「ええ、もちろんです」
俺たちの返事を聞いたデュークは軽く頷くと、左手を高く掲げた。
手の甲に刻まれた【魔導の紋章】が眩い輝きを放つ。
そのまま彼は告げた。
「アブソーブ・テリトリー」
デュークがそう唱えた直後、眩い光が球状に放たれ、そのまま鍛錬場の約八割を包み込んだ。
それを見た俺は感嘆の息をつく。
(そうか、父上はこのスキルを使えるのか……)
魔導のスキル【アブソーブ・テリトリー】。
『クレオン』にも登場した上級スキルであり、一定範囲に張られた結界内で受けたダメージを無効化するという、強力な性能を有している。
吸収できるダメージ量に限度はあるものの、非常に優秀なスキルだ。
アブソーブ・テリトリーはその性質上、ゲームでは防御魔法として――特に大量の格下と戦う際、よく使用されていた。
とはいえ吸収できるのはダメージだけで、衝撃や硬直時間まで消すことはできなかったため、そこをどう解決するかがプレイヤーの判断に委ねられていたわけだ。
いずれにせよ、決闘を行う上でこれ以上に適したスキルは存在しない。
吸収できる量に上限があるとはいえ、現時点の俺やディオンとデュークのレベル差は大きいため、さしたる問題ではないだろう。
そう感心する俺の前で、デュークは説明を続ける。
「この結界内で致命傷を負うことはないため、存分に武を振るうとよい。だが、痛みが消えるわけではないため用心せよ。決闘の勝敗は一方の降参、もしくは気絶をもって決めさせてもらう」
俺は静かに頷いた。
ゲームの時とは違い現実となったこちらの世界では、衝撃だけでなく実際の痛みまで襲ってくるらしい(ゲームでは痛覚設定を調整できた)。
その部分だけは注意しておく必要があるだろう。
(……もっとも、それを聞いて喜んでいる奴もいるみたいだけどな)
決闘開始直前、ディオンが意地の悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。
彼は煽るような態度で口を開いた。
「おい、無能。最後に言い残しておく言葉はあるか? 痛みで無様に気絶する前に、聞いておいてやろうと思って……いや、お前のことだ、気絶させるまでも無く痛みに怯えて降参してくるか。はっはっは!」
そう言いながら、ディオンは自分の立ち位置に戻ってくる。
(何がしたかったんだアイツ……)
呆れながらも、俺は一つ息を吐いてディオンの様子を窺った。
俺が守護者の遺剣を腰に携えているのに対し、ヤツは一つも武器を持っていない。
その代わり、手には収納指輪が光っていた。
収納指輪とは、俺が以前から使用している収納袋の上位アイテムだ。
収納袋がいちいち手を出し入れする必要があるのに対し、収納指輪は念じるだけでアイテムを手元に呼び出せる。
大量の武器を使用する【全の紋章】使いにとっては必須アイテムとも言えた。
扱いとしては通常の武器と同等であるため、デュークは何も言わず、俺としても特に文句がなかった。
(そっちの方が、よりはっきりと実力差が分かるだろうからな)
俺は黙ったまま、冷静に構えを取った。
全身の筋肉に力を込め、いつでも動けるよう準備する。
緊張感が場を支配する中、デュークの声が響いた。
「では、始めよ!」
その瞬間、ディオンは収納指輪から弓を取り出すと素早く構えた。
「無能ごとき、近付く間もなく一瞬で倒してや――」
「――――――」
ディオンの言葉が終わる前に、俺は全力で駆け出していた。
地面を蹴る音すら聞こえないほどの速さで、ディオンとの距離を一気に詰める。風を切る音だけが耳に残った。
そして、
「どこを見ている?」
「――え?」
ディオンが驚きの声を上げた瞬間、俺の拳が彼の顔面に炸裂した。
骨を打つ鈍い音と共に、ディオンの体が宙を舞う。
時間が止まったかのような一瞬の後、彼の体は勢いよく吹き飛んだ。
「ぐはっ!」
ディオンの悲鳴が響く。
彼の体は何度も地面を跳ねた後、最終的にはうつ伏せの状態で止まった。
「お、お前、いったい何を……」
痛みで顔を歪めながら、ディオンは呻く。
奴の目には、まだ状況を理解できていない戸惑いの色が浮かんでいた。
俺はそんなディオンを見下ろすように立つと、冷たい声で告げた。
「殊勝な心掛けだな。まだ決着がつく前から、頭を下げてくれるなんて」
「ッ! 貴様ぁ!」
ディオンの目に怒りと屈辱の色が浮かぶ。
これが俺にとっての宣戦布告。
こうして、本格的に決闘が始まるのだった。
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