041 侯爵の考え
「旦那様、失礼いたします」
ゼロスとディオンによる諍いが起きてから数分後。
執務室の重厚な扉が開き、エドガーが静かに入室してくる。
デュークは机に向かい、書類に目を通しながら執事長の報告を待った。
エドガーは淡々と事の経緯を説明した。
ディオンの無礼な態度、シュナを巡る争い、そして決闘の約束まで。
報告を最後まで聞いたデュークは片手で頭を抑え、深いため息をつく。
「二人が決闘するだと? お前がそばにいながら、何故そのような事態に……」
「申し訳ございません、旦那様。ディオン様の発言が度を過ぎたため、口を挟もうとしたタイミングでゼロス様に先を越されてしまい……」
「言い方が悪かったな。エドガー、お前を責めるつもりはない。全ての責任は当人同士に存在する」
デュークは立ち上がり、ゆっくりと窓際に歩み寄る。
そして外の景色を眺めながら、二人の息子の関係について振り返り始めた。
ディオンは第一夫人との間に、ゼロスはそれから約半年後に第二夫人との間に生まれた。
年齢が近いせいか、幼少期から二人は競い合う間柄だったのだが、多くの場合で弟であるはずのゼロスの方が良い成績を残していた。
たった半年とはいえ、自分の方が年上だと自覚のあるディオンが怒りと悔しさを覚えていた姿は、今でもはっきりと覚えている。
変化が生じたのは半年前。
ディオンの『紋章授与』のタイミングだった。
ディオンに与えられたのは【全の紋章】。多くの武器・魔法に対する適性と、幾つものスキルを使用可能な優秀な紋章だった。
それ以降、ディオンは少しずつ調子に乗り始めた。
乱暴な物言いが多くなり、周囲に対しても強く当たるようになる。
それでも最低限の努力は続けていたが、40レベルに到達したあたりから伸びが悪くなり、徐々にダンジョン攻略から足を遠のかせていった。
さらに拍車をかけたのが今から約一週間前。
ゼロスが【無の紋章】を与えられて以降、ディオンは一切の努力を辞めたのだ。
ゼロスとの格付けが済んだと思い込み、モチベーションを失ってしまったのだろう。
そんな怠け切ったディオンの姿にはデュークも危惧していたのだが、今回出した従者探しの試練、および王立アカデミーの入学試験を通し、甘え切った意識を切り替えてくれることを期待していた。
――のだが、現実は立場に驕るどころか、他者の従者を強奪にかかるときた。
目に余る愚行であり、本来であればデューク自ら処分を言い渡すところなのだが、ゼロスが決闘を受けたことでそれも難しくなった。
シルフィード家は実力至上主義であり、意見がぶつかった際は決闘で決めることも多々ある。その決定に対し、周囲から物言いはできないというのが慣例なのだ。
故に、一度ゼロスが決闘を受けた以上、全ては決闘の勝敗に委ねられるということになる。
そもそもここで、新たに一つ理解できない点が存在する。
デュークは再び席に戻り、椅子に深く腰を下ろした。
「そもそも、ゼロスはなぜ決闘を受けたのだ?」
ゼロスに与えられたのは【無の紋章】という、極一部の者にしか発現せず、一切の効果を持たない紋章。
さらにディオンとは紋章を獲得したタイミングが半年間違うため、大きなレベル差が存在する。
ここ数日は外に出ていたようだが、仮にダンジョンでレベル上げに励んだとして、どれだけ頑張ろうと10レベルが関の山だろう。
どう足掻いてもディオンに勝つことは不可能。
これまで見てきたゼロスの合理的な性格を考えれば、ただの売り言葉に買い言葉で決闘を受け入れるなどとはとても思えなかった。
申し出を受けたからには、何か勝つための秘策があるのだろうが……デュークがどれだけ考えようと、答えに辿り着くことはできなかった。
「……もっとも、疑問を抱くのであれば、なぜゼロスに【無の紋章】が発現したのかを考えるべきかもしれないがな」
「旦那様、それはどういう?」
首を傾げるエドガーに、デュークは続ける。
「エドガーも知っての通り、発現する紋章にはその者の適性や実力、発現時までに積み重ねてきた鍛錬の内容が大きく関わってくると言われている。その点、紋章を得るまでのゼロスは努力を怠らず、才にも溢れた存在だった。そんな者に与えられる紋章が、無能の証明であることなどありえるのだろうか?」
「確かに、私も同じ疑問を抱いたことがございます。ですが現に過去、【無の紋章】持ちが大成したという話は聞いたことがございません。スキルを獲得できない以上、仕方のないことだとは思いますが……」
「……もっともな考察だ」
エドガーは疑問をぶつける。
「旦那様は、そうではないとお考えなのですね」
「確信があるわけではない。そもそも、【無の紋章】を発現した例自体が限られているわけだしな。いずれにせよ、私が見るのは才能や努力ではなく、成し遂げた成果のみ。そうしてシルフィード家は侯爵の地位まで登りつめたのだ」
そう。たとえ才能や紋章に恵まれずとも、本物であればありとあらゆる手段を用いて高みへと登りつめることができる。
それこそがデュークの持つ信条であり、だからこそゼロスの紋章獲得時にもこう言ったのだ。
“お前に告げることは何もない”
つまり『その身で高みに登れるかどうかは、お前自身の手にかかっている。そこに私が口を出すつもりはない』――と。
「と、過去を振り返るのも程々にせねばな」
決闘が決まった以上、立会人が必要となる。
この場において、それにふさわしい存在は自分一人しか存在しない。
デュークは服装を整えると立ち上がり、執務室の扉を開けた。
「いずれにしても、私はただ決闘の行方を見届けるのみだ」
かくして、決闘の瞬間が迫ろうとしていた。
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