040 信頼と激昂
ディオンが何を言っているのか分からず、俺は呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。
するとディオンは何を勘違いしたのか、続けて口を開く。
「今のでは理解できなかったか? シュナ嬢は俺の従者にこそふさわしい。それを証明するために決闘を行い、俺に負けたら潔く彼女を譲れ――そういうことだ!」
「…………」
うん、何度言われてもまったく意味が分からない。
横目でシュナを見ると、彼女も困惑した表情を浮かべていた。
とはいえ、ただ放置するというわけにもいかない。
俺は深呼吸した後、ディオンに向き直る。
「ディオン、落ち着け。そんな無茶が通らないことくらい、お前だって理解し――」
「黙れ、この無能が!」
ディオンが俺の言葉を遮った。その目には怒りの色が浮かんでいる。
彼は一歩前に出て、俺に指を突き付けながら続けた。
「お前は【無の紋章】だろう? そんな役立たずの紋章を持つお前が、 【全の紋章】を持つこの俺に歯向かうな! お前はただ黙って頷けばいいんだよ!」
ディオンは胸を張り、高慢な態度で俺を見下ろす。
「お前のような無能が、シュナ嬢のような優秀な人材を従者にできるわけがない。きっと彼女は騙されたんだろう、お前の本当の姿を知らないんだ。ああ、なんて可哀そうに」
ディオンは嘲笑いながら続ける。
「そんな現状が間違いであることくらい、無能にも分かるだろう? 俺こそが彼女にふさわしい主人なんだ! お前はとっとと立場を理解して、潔く引き下がれ!」
「……お前」
あまりのも無茶苦茶な物言いに、俺の我慢も限界を迎えかけていた。
どうやってアイツに間違いを教えてやろうかと思った矢先、意外な声が響く。
「ディオン様」
透き通るその声は、俺の隣に立つシュナのものだった。
静かだが、意思のこもった強い口調で彼女は続ける。
「ゼロスはそんな人じゃありません。貴方が何もわかっていないだけです」
「っ!」
シュナから反対されるとは思っていなかったのか、ディオンは言葉を失った。
そんなディオンに対し、彼女は力強く宣言する。
「ゼロスは心優しい人ですし、だからこそ私はこの人と一緒にいたいって思ったんです。それに、ゼロスなら実力でだって貴方に負けたりしません!」
「……シュナ」
彼女の叫びが、俺の芯深くにまで響き渡る。
俺に対する敬称を忘れているが、それによってさらに、シュナが心から思っていることを言ってくれているのだと信じることができた。
そんな彼女を見て、俺も覚悟を決める。
ここまでは面倒な事態を避けるため言葉でディオンを説き伏せようとしていたが、こうなった以上、話は別だ。
今のシュナの姿を見て冷静であり続けられるほど、俺は我慢強くない。
「……は、ははは」
ディオンは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに爆笑した。
奴はそのままシュナに向かい、得意げな顔で告げる。
「はっはっは! どうやら君には見る目がなかったようだな。それともゼロスから良いように言いくるめられたのか? いいだろう、君が俺の従者になった暁にはまず、俺みずからその間違いを正してや――」
「そろそろ黙れ、ディオン」
「――――ッ」
低く、冷たい声で俺は言った。
その瞬間、部屋の空気が凍りつく。
ディオンは言葉を失って俺を見つめるも、その目に恐怖の色が浮かんでいるのが分かった。
数秒後、ハッと我に返ったようにディオンは言う。
「な、なんだ、無能のくせに随分と粋がるな。シュナ嬢をかけて決闘する気になったのか?」
俺は冷ややかな目でディオンを見据えた。
「馬鹿を言うな。何を勘違いしての発言か知らないが、そもそも俺にシュナをかけて戦う権利はない。シュナは一人の立派な人間だ。彼女の行動を決められるのは彼女自身だけ。たとえこれから俺の従者になる予定だろうと、それは変わらない」
「ゼロス……」
シュナの声に感激の色が滲む。
一方、ディオンは押し込まれたように後ずさりした。
俺はさらに続ける。
「だけどシュナの件を除くのなら、決闘自体は受けてやってもいい」
「何だと? 賭けるものがないのにか?」
「いや、一番大事なものがあるだろう――尊厳だ。俺がシュナにふさわしくないというのなら、決闘を通じてお前がそれを証明すればいい」
俺の提案を聞いたディオンの目が輝く。
「ははっ、なるほど! ゼロスにしては悪くない提案だ! だが、賭けるのがそれだけというのもつまらないが……」
「だったらこういうのはどうだ? 負けた方は勝った方に、自分の考えが間違っていたと心からの謝罪をするってのは」
「ふん、いいだろう。お前が無様に地面に頭をつける様が今から楽しみだ」
こんな風にして、俺とディオンは決闘することになった。
シュナは心配そうな表情を浮かべているが、同時に俺を信じる強い眼差しも感じられる。
そんな彼女を見て、俺は改めて決意を固める。
(さあ。身の程を知らないのがどちらなのか、証明させてもらうとしようか)
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