013 帰路
戦いが終わり、周囲が静寂に包まれる。
イルは呆然と立ち尽くしたまま、俺の方をじっと見つめていた。
「イル? 大丈夫か?」
「はっ!」
俺が声をかけると、ようやく我に返ったようだ。
「う、うん、大丈夫だよ。ただ、少し驚いちゃって……」
イルは言葉を詰まらせながら、おずおずと俺に尋ねてくる。
「ねえ、ゼロス。今のってスキルだよね? どうして【無の紋章】で使えるの?」
「……ふむ」
俺は少し考え込んだ。
【無の紋章】でスキルを使える理由――すなわち継承祠について、決して何があろうと隠し通したいわけではない。
当然、不特定多数に知らせるつもりはないが……今後はどこかのタイミングでパーティーを組むこともあるはず。
その時、メンバーに教えて強化を手伝うくらいならアリだと考えていた。
(俺の【無の紋章】が万能とはいえ、全ての役割を網羅できるわけじゃないからな)
物理的に腕は二つしかないわけだし、それは仕方ないことだ。
とはいえ、今のところはまだソロで動いた方が経験値もスキルも効率的に獲得できるため、パーティーを組むつもりはない。
現時点では継承祠について隠しておいた方が無難だろう。
となると現状、最も現実的な対応は――
「実はちょっとした裏技があってな、それで覚えたんだ」
とにかく、誤魔化す。
それに限る!
俺の説明を聞いたイルは、きょとんと首を傾げる。
「裏技? そんな方法があるなんて、聞いたこともないけど……」
「ごく一部の人間しか知らないんだ。だから、できればイルも周囲には広めないでいてほしいんだが……」
「そ、それはもちろん! ゼロスは命の恩人なんだから、君の嫌がるようなことはしないよ!」
「ありがとう。信頼してるぞ、イル」
俺は安堵の息を吐いた。
とりあえずこれで誤魔化しは完了だ。
「さて、となると次の問題はこいつらの処理だな」
俺は倒れた冒険者たちを指さした。
「犯罪者として、適当な相手に引き渡したいところだが……」
「そうだね」
頷きつつ、イルは少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「だけど四人もいるんだよね。ここから町までは30分くらいだけど、二人でこの人数を運ぶのは...」
「かなり面倒だな。ギルドから担当の職員を連れてきてもらうのがいいだろう」
町の衛兵も少し考えたが、ダンジョンで起きた事件は基本的に冒険者ギルドの管轄のはず。
とりあえずギルドに報告しておけば問題ないはずだ。
その後、ひとまず俺が見張りとしてこの場に残り、イルが職員を呼んでくることになるのだった。
約一時間後、遠くから人の気配がした。
イルが連れてきた大量のギルド職員だ。
「お待たせしました!」
先頭の男性が声をかけてきた。
「事情は聞いております。この度は本当にありがとうございました」
「ああ、あとは頼む」
職員たちは手際よく倒れた冒険者たちを収容し始める。
その間、先ほどの男性が俺たちに説明をしてくれた。
「実は彼らは以前から問題行動の多い冒険者でした。今回の件で、さすがに処分は免れないでしょう」
「やっぱりそうだったか」
「はい。それとギルドマスターから言伝があります。謝礼を渡したいので、後日冒険者ギルドまでお越しいただけないかとのことでした」
「ああ、分かった」
そう告げた後、職員たちは冒険者たちを連れて去っていく。
その直後、なぜかイルが不安そうに俺に近づいてきた。
「ねえ、ゼロス……」
「ん? どうした?」
「もしかしたらアイツら、取り調べ中にゼロスのスキルのことを報告するんじゃないかな……」
「……ふむ」
俺は腕を組んで考え込んだ。確かにありえそうだが……
まあ、犯罪者の言葉なんて負け犬の遠吠えぐらいにしか思われないだろう。
もしバレたら、その時はその時だ。
「まあ、何とかなるだろ」
「き、気楽だね……」
イルは呆れたような、感心したような表情を浮かべた。
そんな会話を交わしながら、俺たちは町へと戻っていく。
町の入り口で、俺はイルに別れを告げた。
「じゃあ、俺はこの辺りで」
「うん、今日は本当にありがとう、ゼロス。君は僕にとって命の恩人だ。この恩は必ず返すからね」
「大げさだな。あまり気にしなくていいぞ……じゃあな」
俺は軽く手を振りイルと別れ、そのまま屋敷への帰路についた。
こんな風にして、俺の転生二日目は幕を閉じたのだった。