001 転生
名作VRMMORPG『クレスト・オンライン』。
通称『クレオン』は、キャラクリエイト時に選択した紋章を武器とし、様々な強敵と戦っていくアクションゲームである。
ストーリーやグラフィックのクオリティが高いのはもちろん、紋章には【剣の紋章】、【魔導の紋章】、【弓の紋章】などを始めとした10種類以上が存在し、それぞれの紋章で使えるスキルや戦い方が大きく異なる仕様となっている。
そんな自由度の高い戦闘システムが多くのプレイヤーに受けた結果、クレオンは一世を風靡する大人気ゲームとなった。
そして俺もまた、そんなクレオンにハマったうちの一人だった。
いや、ハマったというよりはむしろ、人生そのものだと言っても過言ではない。
全ての時間と労力をクレオンに費やした俺は、世界ランキングで1位を達成。
過去最大級のボスキャラである邪神とのレイド戦においても、最前線で一番の活躍を果たした程だ。
――そして、運営からその連絡が来たのは、邪神戦が終わってから数日後のことだった。
「ん? これは……運営から?」
メッセージボックスに届いていたメールを開けると、そこにはこんな内容が書かれていた。
『常日頃から当ゲームをプレイしていただき、まことにありがとうございます。
世界ランキング1位の『ゼロニティ』様に、ぜひ体験していただきたい追加コンテンツがございます。
追加コンテンツをプレイしますか? YES/NO』
「追加コンテンツ……?」
想定していないワードに、思わず首を傾げる。
運営からこういったお知らせが来たなんて話、これまでに聞いたことがない。
「もしかして、今後実装予定のコンテンツを、ランキング上位者にテストプレイしてほしいってことか?」
この文章からはそれくらいしか読み取ることができない。
いずれにせよ、俺の中で答えは既に決まっていた。
「こんな面白そうな機会を逃すなんて、ゲーマーの風上にも置けないよな」
クレオンに関わる全てのコンテンツを楽しみ尽くしたい。
俺にとって今、重要なのはそれだけだった。
ゆえに、俺は迷うことなくYESを押す。
直後、俺の体が真っ白な光に包まれ始めるのだった――
◇◆◇
(……ん? ここはいったい……)
気が付いた時には、俺は神聖な雰囲気のある一室にいた。
目の前には神官が立ち、周囲には堅苦しい服装に身を包んだ大人が多くいる。
(雰囲気からして教会か? 確かどっかの都市の教会が、こんな感じのレイアウトだった気が……)
そんな風に疑問を抱いている中、目の前の神官が大声を張り上げる。
「それではこれより、ゼロス・シルフィードの【紋章天授】を始める!」
「……紋章天授?」
紋章天授といえば、クレオンにおいてゲーム開始時に発生するイベント。
キャラクタークリエイト時に選択した紋章が、女神様からギフトとして与えられるという設定があり、それを再現するためのシーンなのだ。
紋章天授を終えると、それぞれの種類に応じた紋章が左手の甲に刻まれる。
俺が世界ランク1位を達成した『ゼロニティ』は【剣の紋章】を保有していたため、もちろん紋章は剣を象ったデザインだった。
(けど、何でいきなりそんなイベントが? というかそもそも、ゼロスってのはいったい誰の――ッ!)
その時だった。
ステンドグラスに反射した自分の顔を見た瞬間、俺の脳裏に幾つもの光景が駆け巡る。
それはゼロス・シルフィード――つまり、この世界で生きてきた俺自身の記憶だった。
(いったい、何がどうなってるんだ……!?)
日本人だった頃の記憶と、ゼロスとして育ったこれまでの記憶が混在する。
その影響か、ところどころ記憶が抜け落ちているような感覚があった。
そんな中でもはっきりしているのは、前世の俺とゼロスとしての俺、そのどちらともが紛れもなく俺自身であるということ。
そして今、俺がいるのは間違いなく『クレスト・オンライン』の世界だった。
(もしかしてこれが、俗に言う異世界転生ってやつか……?)
より正確に言うなら、ゲーム内転生だろうか。
まあ、そこはどっちでもいい。肝心なのは、俺がこうしてゲーム世界に転生してしまったという事実だ。
こうなってしまった以上、ひとまず切り替えて現実を受け入れるしかない。
そう結論を出した俺は、ゼロスの記憶を中心に思い出すことにした。
ゼロス・シルフィード、シルフィード侯爵家の次男。
二つ年上の姉が一人と、同い年で腹違いの兄が一人いる。
ちょうど今日、女神様から紋章を与えられる15歳を迎えた俺は、紋章天授のためこうして教会まで足を運んだ。
周囲にいるのは俺の家族や親戚。彼らは俺が紋章を受け取る様子を、期待と不安の入り混じった目で見つめていた。
(ひとまず、情報をまとめるならこの辺りか。そんなことよりも今は、これから与えられる紋章についてだ)
紋章。
それは『クレスト・オンライン』における最も重要な要素であり、高みを目指す上で妥協は許されない。
何の紋章が与えられるかで、今後の一生が決まるのだ。
(できれば、メインアバターで使っていた【剣の紋章】がいい。そうじゃなくてもせめて、【魔導の紋章】あたりになってくれ!)
全力でそう祈る俺の前で、とうとう神官は告げた。
「紋章天授!」
直後、俺の左手の甲に青色の紋様が浮かび上がる。
それは剣の紋章でも、ましてや魔導の紋章でもない。
俺は目を見開き、その紋章の名を口にした。
「これはまさか……【無の紋章】か!?」
【無の紋章】。
それはクレオンにおいて、プレイヤーは選択することができず、特定のNPCしか持っていなかったぶっ壊れ紋章だ。
なぜ、この紋章がぶっ壊れなのか。
その理由には、ゲームのスキルシステムが関わってくる。
ゲームにはスキルを獲得するための方法が、大きく分けて三つあった。
一つは紋章天授時に与えられる初期スキル。
もう一つは、レベルが上がるごとに獲得できる成長スキル。
そして最後の一つが、特定の条件を達成することで獲得できる継承スキルだ。
このうち最も重要なのが継承スキルだった。
この世界には数百数千の継承祠と呼ばれる場所がある。
剣や魔導など、紋章の種類ごとに数多く存在するのだが、自分の紋章と同じ系統の継承祠に行くことで新たなスキルが獲得できるのだ。
継承祠はダンジョンを攻略した先や、特定の秘境などに存在することが多く、到達難易度がかなり高い。
だが、その分だけ獲得できるスキルは非常に強力で、どれだけ多くの継承祠を巡回できるかがクレオンでの強さに繋がっていた。
その点、【無の紋章】は初期スキルや成長スキルを持たない代わり、全ての継承スキルを獲得できるという特性を有している。
プレイヤーが使用できなかったのも理解できるほど、とんでもないぶっ壊れ紋章というわけである。
いずれにせよ、この状況をまとめるなら――
「とんでもない大当たりだ……!」
俺はグッとガッツポーズする。
まだ今の状況は呑み込み切れていないが、とりあえず紋章は大当たりと言っていいだろう。
どころか、この紋章ならプレイヤー時代の強さを超えられる可能性すらある。
俺がそう考えていた直後だった。
「ハハッ! 愚弟に何が与えられたかと思ったら、まさか無能の紋章かよ! こりゃとんだ笑い話だ!」
教会いっぱいに、嘲笑が響き渡る。
振り向くと、そこには金髪の少年が立っていた。
(コイツは確か……)
ゼロスの記憶を遡るとすぐに思い至った。
ディオン・シルフィード、15歳。
シルフィード家の長男であり、腹違いの兄だ。
元々、仲がいいわけではなかったため、紋章天授のタイミングで俺を貶めようとして来ているのだろうが……
(コイツは何を言ってるんだ? 【無の紋章】は無能どころか、最強に至る可能性を秘めた紋章だろうに……)
俺は呆れながらそう伝えようとするも、それより早くディオンが自分の紋章を見せびらかしてくる。
「無能なお前と違って俺は【全の紋章】だ! これで格付けは済んだな!」
「……全の紋章?」
それはゲームでも選択できた紋章の名前だった。
初めから大量の初期スキルを取得している代わりに、成長スキルが少なく、さらには継承スキルを一切獲得できないという致命的な欠陥を有した初心者用の紋章。
リリース開始から一か月が経過した頃には、誰も使用していなかったハズレ紋章だ。
なぜ、そんな紋章をこれだけ得意げに自慢してくるのだろう?
不思議に思いつつ、ふと周囲に視線を向けたその時だった。
「……は?」
俺の視線は、ある銅像に釘付けとなった。
剣を構える男性の像。俺はその像に見覚えがあった。
というか、これは――
俺は戸惑いながら、会話の流れを切ることも厭わずディオンに問いかける。
「な、なあ、ディオン、この銅像の人物っていったい……」
すると、ディオンは戸惑った様子で眉をひそめた。
「はあ、何言ってやがる。その方は『ゼロニティ』様。邪神討伐に最大の貢献を果たした、1000年前の大英雄だろうが!」
「――――!」
それは【無の紋章】が与えられたという事実が消え去ってしまうほど、俺にとっては衝撃的な事実だった。
ディオンの発言を聞いた瞬間、ここまで朧げだった全ての記憶が鮮明になる。
そうだ、なぜ忘れていた。
ここは俺の知っている世界でありながら、知っている世界ではない。
今の俺、ゼロス・シルフィードが生きるこの時代は――
(――『クレスト・オンライン』の、1000年後の世界だ!)
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