第5話 特別報酬
「あ、サブローさん! ちーっす!」
派手派手しい服をきた若い男たちが、こちらに手を振ってくる。
「なんだ、お前らも来たのか」
「お前らって酷いっすよ。オレら客っすよ。客」
声をかけてきたのは、前にこのスーパータカミで悪さをしてたのを、俺がぶちのめしてやった連中だ。
ぶちのめしたのが縁となり、今は週に一度、戦闘指導をしてやっている。
俺の戦闘指導のおかげで、特別管理地域の警備の仕事に就けたらしく、最近では真面目に働いている。
「にしても、お前らは非番か?」
「いや、これから夜勤入りっすよ。昨日のダンジョンの事故で、ダンジョン探索反対派が騒いでるんで、夜間見回り強化です」
ダンジョン探索反対派……。
ああ、そう言えば、ダンジョン前で騒いでるやつの中に、そんな連中がいたな。
害獣というか、危険生物である魔物を放置しろって叫んでるのは意味不明だ。
あいつらには、自分たちが魔物の餌にされるって思考はないのだろうか。
一度、安全な外じゃなく、魔物が徘徊するダンジョンの中に叩き込んでやればすぐに意見を変えると思うが。
探索者協会や日本政府は、なんでそんな簡単なこともしないんだろうか。
本当に不思議でならない。
「そうか、それはご苦労なこった」
「まぁ、サブローさんの戦闘指導訓練よりか、夜勤の方が楽っす。見回ってるだけなんで」
「戦士たる者、いかなる時も油断するなといつも言ってるだろう。見回りとはいえ、油断すれば命を失いかねない」
戦士というか、ひよっこですらないやつらだが、直接手ほどきして鍛えているということもあり、連中には多少なりとも愛着がある。
だからこそ、油断からの無駄死は、できれば避けて欲しいところだ。
「承知。オレらの目標はサブローさんっすからね。見回りとはいえ、油断なんてしないっすよ。戦士たる者、常に敵の存在を忘れるな! っすよね」
「ああ、そうだ。油断するな」
「りょーかいっす。じゃあ、オレらは、夜食用のカップラーメン買いに来ただけなんで、失礼します」
「おお、そうか」
若い連中が店に入っていくのを見送ると、特売の肉を求めて買い物にきた客の行列整理に戻った。
数時間後――、昼すぎになり、特売の整理券がなくなったことを買いに来た客に告げていると、背後から声がかかる。
「サブローさん、バイトは終わりっス。はい、これサブローさんの分。お小遣いにしてもいいっすけど、大事に使ってくださいね」
手渡された紙袋の中には、紙幣が数枚入っていた。
中身を見ると、昨日倒した強敵スライムの魔核を買い取ってもらった額よりも多い。
やはり、葵が言うハイシン者になって、あの超難関ダンジョンを探索することで一攫千金を目指すより、スーパータカミで働いた方が稼げるのではないだろうか……。
だが、俺にできるのは列を整理することと、不届き者を成敗するくらいだが。
「ああ、分かっている。鷹見さんの好意を無にしない」
「じゃあ、特売品はゲットしてるっすから、他のものもついでにゲットしてくっすよ」
葵の持っていたカゴには、徳用豚ロース大容量2キロパックがすでに入っていた。
任務は達成したが、臨時収入もあったことで、さらなる食糧補給をするようだ。
葵からカゴを受け取ると、俺たちはスーパータカミの中に入っていく。
店内は特売が終了したことで、客の姿が減っており、ゆっくりと買い物をするにはちょうどいいくらいだった。
「ふむ、やはりこれが探索時の最強の携行食」
手にしているのは、包装に包まれたとても甘くて腹持ちのいい携行食。
以前、スーパータカミで臨時バイトした時に、店主の高見さんから差し入れしてもらった品だ。
ダンジョンで深い階に潜る場合、食糧の問題が発生するが、この品が十数個あれば、数日以上は潜れる自信がある。
特級魔物であるスライムが出る超難関なダンジョンではあるが、さらに深い場所を目指す際にはかならず必要になるはずだ。
「ダメっすよ。チョコバーは400円もして、高いっすから。探索する時は、ちゃんとあたしがお弁当作りますって」
チョコバーをカゴに入れようとした俺の手を葵が止めた。
「弁当では、数日も潜れないぞ。それに自分の金で購入するので、問題あるまい」
「ダメっすよ。無駄遣いっす。ダンジョンに持っていくおやつは300円までっす」
「おやつ!? 違う! これは携行食であり、非常食でもある! 断じて、おやつなどではない!」
「はいはい、そうっすね。でも、ダメっすよ。戻しますよー」
「ダンジョン探索に必須の物品だぞ! 1本、1本だけは頼む!」
「チョコバーはダメっす。でも、これならいいっすよ。これ300円以内で腹持ちもいいし、長期保存できるっす!」
俺から分捕ったチョコバーを棚に戻した葵が、にこやかな笑みを浮かべて金属の缶を差し出してくる。
か、乾パン! あの味気ない、ボソボソのパンとは言い難い品を買えと言うのか!
たしかに腹は膨れるし、保存は効くようだが、あの味と水分を持っていかれる感じはきつい。
「か、乾パンは――」
「好き嫌いはダメっすねー。サブローさんの保存食はこれに決定っと」
葵はためらいなく乾パンの缶をカゴに入れた。
「あとは、もやしと、お野菜、調味料も切れたやつ補充して――サブローさん、行くっすよ」
カゴの中の乾パンを見つめ、がっくりと項垂れた俺は、葵に腕を引っ張られていった。
「あら、サブローさん、元気ないわね。葵ちゃんに無駄遣い怒られたのかしら?」
総菜コーナーに来た時、調理室の方から鷹見さんが声をかけてくれた。
「皐月叔母さん、だってサブローさんがチョコバー買おうとしたんすっよ。ありえなくないっすかー」
「あらあら、葵ちゃんはもうサブローさんの奥さんみたいねー」
「サブローさんの奥さんだなんてー。言いすぎっすよ」
冗談でもやめてほしい。
葵が妻となったら、常に口うるさく自分の生活に口出しされる。
いや、今もされているわけだが、今以上にとなれば、さすがに戦士の俺であったとしても耐えられる気がしない。
「鷹見さん、そんなことを葵に言わないでくれると助かります」
「はいはい、お口にチャックしとくわ。あー、あとこれは特別報酬ね。揚げたてだから、熱いわよ」
差し出されたタッパーには、揚げたての唐揚げが詰め込まれている。
いい匂いだ! 今日の昼飯は唐揚げになりそうだな……。
これは、早急にアパートに帰らねば! 冷めてもおいしいが、揚げたてはなるべく早く食べた方がいい気がする。
「鷹見さん、ありがとう。ありがたくもらっておく。葵、買い物はもういいか?」
「はいはい、我慢できないっすね。これだから、サブローさんは――。すぐに清算してきますから、待っててくださいっす」
俺からカゴを受け取った葵が清算を済ませるのを待ち、すぐにアパートに戻ることにした。