Side:氷川ゆいな 真の討伐者
※氷川ゆいな視点
「何を言っているのか分かりませんが、今回のエンシェントドラゴン討伐は、わたくしの成果ではありません。見知らぬ20代後半の男性が、とんでもない剣技を見せ、両断したのです。お間違えないように」
わたくしの反論を聞いた父は、振り向くと不機嫌そうな顔で耳打ちをしてくる。
『ゆいな。今回はそういう話で動いている。お前も子供じゃないんだから分かるだろ。国内外には、未だにダンジョン探索反対派はたくさんいるんだ。そんな連中が、今回の事件を使って騒ぎだしたら、せっかく自然災害くらいの扱いにまで宥めた国民がまた騒ぎ出す。そうなると、うちの会社だけでなく、日本政府も危うくなる。だから、素性のよく分からん男がエンシェントドラゴンを仕留めたわけにはできない。誰もが知る最強の探索者『氷帝』氷川ゆいなが仕留めたことにせねばならんのだ』
父と日本政府はダンジョン探索反対派にこの事故を利用されないための決着点として、暴れ回ったエンシェントドラゴンすら倒せる実力を持っているわたくしという存在があるから、国民には安心しろと宣伝するつもりなのね……。
あの時の彼に言われた『未熟者』という言葉が、胸を貫き、自分の不甲斐なさに歯噛みする。
実力がない者が、功績を奪わざる得ない状況とは……。
真実を知っている彼に会ったら、なんと言って謝罪すればいいのか。
自分の気持ちとは裏腹に、父からの提案を断れば、自分と同じ力を持った『探索者』たちの待遇はかなり厳しいものになるだろうと予想ができた。
自分たち『探索者』は、『配信』という娯楽産業の仕事をこなさなければ、この世界に居場所を作れない。
特性の力を持つ『探索者』は、その他大勢の人類たちとは違うと危険視され、排斥され、やがては魔物と同じように狩られ、一人残らず消されかねない存在だった。
「父さんは、またわたくしに重荷を背負わせるつもりですか?」
腹の底から絞り出すように、父に対し僅かな抗議の意思を示す。
こちらに向き合った父は、表情を変えることなく、言葉を続けた。
「ああ、それが、『ネクストジェネレーション』となった、ゆいなたちに背負わされてる荷物だ。それくらいこちらが言わなくても分かってるだろ?」
父はいつもどおりの、父だった。
義理とはいえ娘である自分から見ても、自己利益のためにしか動かない、尊敬のしようのない男だ。
ダンジョンができたのは、今から25年前ほど前。
世界中に突如して光の柱が立ち昇り、光が終息すると、洞窟のようなダンジョンが各地に姿を現し、魔物と呼ばれる存在を吐き出し始めた。
現代兵器こそ通じたものの、ダンジョンから吐き出される魔物の数は多く、人類の多くが命を失い、数年後、文明は崩壊するかと思われた。
けれど、ダンジョンができたことで、人類には新たな力が宿っていた。
ダンジョンができた年に生まれた25歳以下の一部の人類には、超常の力が宿っていることが発覚する。
超常の力は、特性と言われ、ある者は風を自在に操り空中を飛び、ある者は人体を鋼鉄よりも固くし、ある者は人を超える怪力を見せ、様々な特性を持つ者が次々に現れた。
そういった特性の力を持った者を『ネクストジェネレーション』と呼び、魔物との戦いに投入し、世界に這い出した魔物を元のダンジョンに封じ込めることに目標にした『ダンジョン封鎖作戦』が各国で成功したのが、18年ほど前だ。
ダンジョン封鎖作戦が実施されたころの『ネクストジェネレーション』たちは、小学生になるかならないかくらいで、いろいろと賛否はあったけれど、生き残ることを優先した『オールドジェネレーション』によって多くの子供が作戦に投入され命を散らした。
わたくしも、そのダンジョン封鎖作戦に投入された『ネクストジェネレーション』の1人だった。
自分の持って生まれた特性は、相手を凍り付かせる力だ。
相手を凍らせ動きを鈍らせ、物理攻撃でとどめを刺すというスタイルで次々に魔物を狩っていった。
『氷帝』には表情を変えず笑わない女という意味もあるが、特性の力である凍り付かせる力を持つ最上級者という意味も含まれている。
ダンジョン封鎖作戦成功後、世界は復興に向け動き出し、特性の力を持つ『ネクストジェネレーション』は『探索者』と名称を変え、世界各地の『ネクストジェネレーション』を管理していた組織は、『探索者協会』に改変された。
父はもともと『ネクストジェネレーション』を管理していた国際組織に在籍しており、作戦後に日本探索者協会の会長に就任し、日本国内のダンジョン管理警備会社として自身で起業した『ダンジョンスターズ』を立ち上げた。
起業と同じくして日本政府が魔物という名称を『害獣』へ変更し、探索者たちを使い、『害獣』を生み出すダンジョンの探索を進めていった。
ただ、それも数年後には状況が変わった。
混乱期を脱し、復興期に入った日本政府は特性の力を持つ『探索者』の存在を持て余し、その対応に苦慮したことで、彼らの管理者である探索者協会と対策を話し合った結果――
探索者協会はTチューブという映像配信アプリによって、ダンジョンの探索を興行化し、娯楽として一般人に映像を提供することで利益を得て、彼ら探索者の生活基盤を整えることを日本政府と合意した。
その合意により、ダンジョンスターズ社はダンジョン管理会社からTチューブ配信アプリによるダンジョン探索配信を統括する運営会社に改変され、今みたいに探索者たちが配信するという現代の仕組みが整えられていった。
一種の隔離政策である。
特性を持っていると発覚した者は、復興中の一般社会から隔離され、住む場所は国内5か所あるダンジョン周囲に設定された特別管理地域内のみ居住可能に制限され、生活の糧を得るには日雇いの肉体労働か、探索者になって配信するしかなくなる。
聞いているだけで、吐き気のする生臭い話だが、わたくしもその後ろ暗い密約を担った一員だった。
『ネクストジェネレーション』として、特性の力を持つ探索者は、一般人との共同生活の中では、その身に宿った力によって浮き上がり、排斥されてしまう。
実際、探索者を魔物の力を取り込んだ者として嫌う『オールドジェネレーション』も多いことは周知の事実だった。
それに日本政府の支払う探索者支援金やダンジョン警備費が、復興資金捻出という大義名分のもと、いつ打ち切られるか分からない。
さらに討伐した魔物の素材が販売可能だと言っても、政府の許可なく売り捌けないので、自由になる資金源ではない。
だからこそ、探索者たちの生活の糧を担っていて、自由に資金を集められるダンジョン探索の配信興行を止めさせるわけにはいかなかった。
わたくしたちには、こうすることでしか、この世界で生きていくことができない存在なのだから……。
心の中でエンシェントドラゴンを討伐した彼に何度も謝りながら、父の意向を受け、自らが討伐者になることを決心する。
「分かりました。日本政府の調査にはそういう話だったと報告しておきます」
「ああ、頼んだぞ。わたしはこれから、会見を開かねばならんが、ゆいなは休んでていいぞ。どうせ、明日からは忙しくなるはずだ」
「承知しました」
父はそれだけ言うと、近くに設置された会見場へ向かって歩き出していった。
もう一度、討伐されたエンシェントドラゴンの死骸に目を向ける。
自分の方に向いた彼の幻影が『未熟者』と言っているような気がした。
功績を偽ることへのせめてもの償いとして、彼がエンシェントドラゴンを倒したという記録だけは、掲示板に流させてもらう。
残されたわたくしは、彼のことが闇に葬られる前に、映像記録が残っているであろう、損傷したサブの撮影ドローンの録画した映像をスマホから呼び出す。
幸いなことに、スマホの録画にはほんの数十秒間だけ映像があり、彼が一刀のもとにエンシェントドラゴンを切る動画が残っていた。
ただ、映像がかなり不鮮明ではっきりとした顔や姿は確認できないものであった。
それでも、真実をどこかに吐き出したいわたくしの気持ちが止まることはなく、会社に内緒で作った裏のアカウントから、Tチューブの掲示板に動画付きで貼り付けた。
”真のエンシェントドラゴン討伐者”
”↑動画マジもん?”
”いやいや、フェイク動画だろ! エンシェントドラゴン討伐は、我らが氷帝様が成し遂げた伝説だぞ!”
”でも、これ、座り込んでるの氷帝様だろ?”
”フェイク乙”
”通報しました!”
”いつまでダンジョン、ダンジョンって言ってんだ。あんなもの、俺らを管理しやすくするための嘘っぱちだろ”
”はい、出ました! 陰謀論!”
”日本政府ガー! 探索者協会ガー! 毎度懲りないね”
”脳が溶けた『オールドジェネレーション』だから、しょうがねえって”
”はい、誹謗中傷です! 通報しました!”
すぐにコメントが付き、動画視聴されている様子だが、動画はフェイクだと思われているらしい。
やはり、みんなもあの人の腕前を信じられないってことみたい。
でも、わたくしはこの目でしっかりと見た。
彼の実力は、世界一だと太鼓判を押してもいい。
誰か、彼の実力に気付いて。お願い、誰か、誰でもいいから……。
祈るような気持ちで、コメントが数が伸びていたTチューブの掲示板を映していたスマホを待ち受けに戻し、心労によって受けた精神的なダメージと肉体的なダメージを回復させるため、自宅に戻り休養をとることにした。