第18話 全部サブローのせい
「消えた!?」
「こっちだよ!」
姿を現した仁が、繰り出した拳をひよっこがギリギリとかわす。
「嘘、早いっ!?」
「一撃目を外したんで、オレ、サブローさんにしごかれるの確定!」
もちろん、俺の戦闘術に2撃目はないので、後でしっかりとしごかせてもらう。
だが、プラーナをまとった仁の攻撃をかわせるか。
意外とひよっこの実力を過小評価してたのかもしれんな。
仁は再びひよっこの前から姿を消す。
「早すぎて、目で追えない」
「こっちだよ! おかめちゃん!」
「!?」
仁の声に気付いて振り向いた時には、拳が腹にめり込んでいた。
「くはっ。嘘でしょ……」
「嘘じゃないって。サブローさんが教えてくれるプラーナを正しく使えれば、凡人のオレでもこれくらいはできるってことっすよ」
ひよっこは拳を受けた腹を押さえ、膝から崩れ落ちる。
コメント欄には『暴力反対! チャンネル登録解除します』とか『サブローなんで助けんの』といった批判的なものが一斉に流れていく。
素人は黙っとれ。
戦士として戦ってる者に性別の垣根はない。
男だろうが女だろうが、戦士として戦うことを決めた者の真剣勝負を茶化すな。
ひよっこや葵が戦士として戦うことを望めば、俺も全力で応じるつもりだ。
「わたくしは……この20年何をして……」
日本の宝と言われたSランク探索者が、一般人の男に2撃で戦闘不能にされた。
この結果は、ひよっこのせいではない。
戦う術を知っている者と知らない者との差でしかないからな。
ひよっこが、プラーナや精霊を介した魔法を使えるようになれば、仁たちよりも確実に強くなる。
下手をすれば、この世界で俺の次に強くなる可能性がある人材だ。
本人が戦士として戦場に戻る気があるならというのが大前提だがな。
ひよっこが社長業を続ける気なら、プラーナの講義だけにしておくつもりだ。
「おかめ、まだ終わってないぞ。立て。次、誠がいけ」
「おっす!」
のろのろと立ち上がったひよっこに、仁から交代した誠がTシャツを脱いで上半身裸になった。
プラーナをまとった誠の右腕が10倍に膨らむ。
仁は速度を上げることに特化し、誠は筋力を上げることに特化したプラーナを使う。
コメント欄は『あり得ねぇ』とか、『腕太男』といったものが流れた。
誠が渾身の力を込めた拳で地面を殴ると、拳圧で吹き飛んだ土砂や石がひよっこに向かって大量に降り注いだ。
ひよっこの全身に石や土砂が当たり、運動着は一気にボロボロになった。
「はぁはぁ、こんな力を人が使えるなんて……。今までの常識ではありえない」
運動着をボロボロにされたひよっこが、血と土埃で汚れた顔を手で拭う。
「プラーナすごいっすね……。探索者の身体強化系の特性なんて置き去りにする力っすよ。こんなにすごい力が存在してたなんて……」
隣で見学していた葵から感嘆の声が漏れだした。
「サブローししょー、仁さんとか、誠さんとかって特性持ちですか?」
「さぁな。特性持ちだったかもしれんが、本人たちも知らんらしい。だが、あったとしても微々たるものだろうな。次、隆哉はおかめに攻撃させてやれ」
「おいっす。おかめちゃん、かかってこいやー」
誠の代わりに前に出た隆哉は、ひよっこに木刀を投げると挑発するように手招きした。
地面に転がった木刀を手にしたひよっこは、そのまま隆哉の脇腹を狙って斬撃を放つ。
「っ!?」
木刀は隆哉の黒く変色した腕に阻まれ、粉々に粉砕された。
「鋼鉄化!? でも腕以外ならっ!」
ひよっこは拳で隆哉の顔面を狙ったが、今度は顔の肌が黒く染まる。
拳を打ち付けたひよっこから悲鳴のような声が漏れた。
「くうぅ」
「ドンドン、来てもらっていいっすよ。ほら、ほら」
隆哉は挑発するようにひよっこの前に顔を出す。
何発かひよっこが殴ったが、拳の痛みに耐えかねて降参を示すように両手を上げた。
「はい、おかめちゃん。おつかれっしたー。プラーナを使うサブロー軍団と戦ってみてどう思ったっすか?」
撮影どろーんを引き連れた葵が、ひよっこにタオルを渡し、インタビューを始める。
「これまでの身体強化の特性の常識が覆りました……。彼らは本当に強いし、わたくしはとても弱い」
仮面で表情こそ窺い知れないが、声の調子から自らの実力のなさを知り、絶望している様子が感じられた。
秀でた師匠に鍛えられていたら、ひよっこももっとマシな戦士になれたはずなんだがな。
「たぶん、全部サブローさんのせいっす。おかめちゃん落ち込まないでくださいっす」
葵の発言を契機に、コメント欄には『全部サブローが悪い』というものが流れた。