Side:火村葵 配信者サブロー
※火村葵 視点
「オワッタ、オワッタヨ。サブローさんのやらかしでゲームセットっすよ……。はぁ、今月はもやし生活か」
あたししか視聴者がいなかった配信が終わり、サブローさんのシャワーシーンを盗撮したやつを壁紙にしてあるスマホをベッドに放り投げる。
推し配信者が、いろんな意味でやらかしてくれました。
まず一つ目、最弱のスライムを全魔力を使って吹き飛ばした件。
これは後で説教コース確定のやからし。
でも、魔法を使うサブローさんを始めてみたけど、カッコよかったので、推し視聴者としては満足な取れ高。
なので、ここの部分の説教はちょっぴりだけにしとこう。
2つ目、深層階の魔物であり、超高額買い取りをしてもらえるエンシェントドラゴンの素材を放置して帰った。
これも帰ってきたら、きっちりとJKであるあたしの財政状況を伝えておくことが確定。
このままだと、あたしのバイトの給料だけじゃ家賃も食費も払えなくなる。
特にめちゃくちゃな量を食うサブローさんの食費を賄うため、何か足しになればと始めた配信代は結構地味にきつい。
同接はあたししかいなかったし、視聴者からのスパチャなんて夢のまた夢。
今月のスマホローン代が払えるかな……。
こうなったら、叔母さんのところ以外でバイトをもう1個増やすか。
学校もあるけど、土日ガッツリ入れたらなんとか……。
頑張って働いたお金で、推しに貢ぐ尊さをあたしは噛みしめないと……。
ぐふぅ、でもこれは幸せなご褒美なのかもしれないっす。
3つ目、これが最大のやらかし。あの『氷帝』氷川ゆいな嬢を痛いひよっこ扱いした件。
アンチに凸られて、炎上で済めばいいけど、日本探索者協会会長とTチューブの運営会社『ダンジョンスターズ』の社長を兼務する、ゆいな嬢の父親から睨まれたら、配信はおろか、ダンジョン探索すら許可してもらえなくなる。
3つ目きっついっすね……。いちおう、Tチューブ内をエゴサしてみるっすか。
ベッドに放り出したスマホを拾うと、Tチューブのアプリを立ち上げ検索を掛ける。
次々に関連のコメントが検索欄に出てきた。
”悲報! 我らが氷帝氷川ゆいな嬢、おっさん(たぶん)に痛いひよっこ扱いされる!”
”映像がカットされ、音声しかなかったから、特定班はよ!”
”特定(*´ε`*)チュッチュ”
”絵文字使え! 顔文字だと年齢バレるぞ!”
”速報! 氷帝を痛いひよっこ扱いしたやつの配信見つけた! リンクはこちら↓”
”ナイス! 特定班、仕事早い!”
”配信の録画見たけど、クソ雑魚スライムを狩ってるだけのクソ配信だった乙”
”見た! 見た! 映像加工しすぎだろ! フォロワー稼ぎに必死なおっさん乙!”
”スライム全力おっさん、上級者の氷帝様に向かい痛い説教をしてしまった件”
”スライム全力おっさんワラタW ゆいな嬢の配信途中で映像途切れて、音声しかなかったけど、状況から見て、こいつ勘違い野郎決定!”
”スライム全力wwww”
”サブローチャンネル、笑かしてくるなw ネタ枠配信として貴重かもしれないw”
アンチが湧きかけてるし、それにスライム全力おっさんとか、サブローさんに失礼極まりない。
全裸で急に現れ、自分は勇者だって叫ぶ、ちょっと変ってる人だけど、悪い人ではないっすよ!
って言うか、サブローさんが、華麗にエンシェントドラゴンをワンパンで倒したところって配信されてない?
慌てて、サブローチャンネルの配信録画を再生する。
映像は、エンシェントドラゴンが、氷川ゆいな嬢を相手に第一階層で暴れているところで途切れていた。
グロ映像規制だ! そっか、生で見てたあたしは見えてたけど、配信中に再生規制がかかったんだ!
だから、氷川ゆいな嬢の配信も映像が切れてるって感じっすかねー。
フォローしてあるゆいな嬢のチャンネルに残る配信録画を再生する。
サブローチャンネルより前に、映像が途切れちゃって、音声だけになってるわー。
これじゃあ、あの場にいた人くらいしか、サブローさんがスライム全力おっさんじゃないって証明ができないっすわ。
でも、これでサブローさんは、まだまだあたしだけのものってことだし、それはそれでよかったのかもしれない。
顔よし、声よし、身体よしの三拍子揃った配信者になれる素地を持ってるイケメン。
見てるだけでうっとりとしちゃうから、推したいけど、推して人気になるとぐぬぬってなるやつっす。
叔母さんの経営するスーパーのバイト帰りに路地裏で、裸のままの彼に『ここはどこだ?』と聞かれ、はや半年。
記憶が混乱してるようだったし、可哀想だから犬猫みたいに連れ帰って、あたしが住んでるアパートで同棲みたいなことになっちゃってるけど、これって恋人同士って言うのかな?
いや、いや、いや、ないです! ないです!
寝てる時にお腹の筋肉に触れてみたことはあるっすけど、ただそれだけ!
推しのサブローさんとは、清い関係!
それに彼がずっと自分の本名だって言ってるシュッテンバイン=リンネ=アルベドって名前は、戸籍登録されてない。
警察署で生体IDチェックをしてもらったら、『佐藤三郎』って古風な名前で生体認証が通され、戸籍照合されたのにはびっくりしたわけだし。
だから、サブローさんって呼んでるけど、本人はとっても納得してない顔をする。
あたしはいい名前だと思うんだけどなー。
サブローさんって言いやすいし、ほら、見た目は完全に日本人の黒目黒髪なわけっすから。
それに探索者としての適性もあって、今日初めてわかったことだけど、かなり強い魔法も使えるし、剣の腕ヤバいってことも発覚した。
完璧か! サブローさんは、ダンジョン配信者するため、神がつかわした人材なのかもしれないっす。
配信の神様! ありがとうっす!
きっと、日本一、いや世界一の配信者にあたしがしてみせますから!
スマホの待ち受けにしてるサブローさんに頬ずりしていると、玄関の開く音がした。
「葵、帰ったぞー」
「サブローさん! こっちに来てっス! 今日の配信はなんすかーアレ! これから、叔母さんのところにバイト行くまでの時間、説教っすよ! 説教! ほら、ここ座って!」
「説教だと? さっきも言ったが、強さはドラゴンよりか、スライムが上だって言ってるだろうが!」
「だ・か・ら! それはサブローさんの空想の世界の話っすよね!」
「違う、違う! まずそこの認識が違う! 俺はこの世界の人間じゃないって何度も言ってるだろうが! 飛ばされたんだっつーの! ファーレンハイト王国の国王から直々に勇者に任じられたシュッテンバイン=リンネ=アルベドが俺だ! 断じて佐藤三郎なんて名ではない!」
「はいはい、佐藤三郎さん、その話いいから、こっちに来てっス!」
『佐藤三郎』と言われ、嫌な顔をしたサブローさんの手を引くと、リビングに引っ張り、スマホの録画配信を見せて、あたしのバイトの時間まで今後に向けてのお話し合いを続けることになった。