Side:火村葵 お祝いは嬉しいけれど
※火村葵視点
「サブローししょー! 唐揚げに勝手にレモンかけないでくださいっすよ! マナー違反っす!」
「今日はレモンをかけたい気分だったから問題ない。今までは葵がぶつくさ言うから自重していたが、今日は我慢しないぞ」
「そういうのは自分の皿に取り分けてからやってくださいよー!」
「今日の唐揚げはすーぱーちゃっとで稼いだ金で購入したものだ。問題ない」
サブローししょーが豪遊をしているのには理由があった。
ゆいなさんとの面会が終わって帰ろうとしたら、窓口係の人に呼び止められ、配信中に課金されたスーパーチャットの代金を清算してもらったからだ。
ちなみにスーパーチャットの取り分は、ダンジョンスターズ社が2割で探索者が8割。
2万8500円の8割で2万2800円が本日のスーパーチャットで得たお金だった。
他にも月末には再生数に応じたお金が支払われたり、企業案件と呼ばれるものも少数だけどあるらしい。
用事があると言ったサブローししょーにお小遣いとして5000円だけ渡して、その場で別れ、あたしは夕食の準備のため、先にアパートに戻ってきてたのだけど。
帰りが遅いなって思ったら、缶ビールと唐揚げを買い込んできて見事に5000円を使い切ってくれていた。
カシュ!
レモンをかけた唐揚げを口に含んだサブローししょーは、手にした缶ビールの蓋を開けると、グビグビと喉を鳴らし流し込む。
「ぷはー! うまー! やっぱ酒だ。酒。この世界の酒はキンキンに冷えてて美味い。魔法だと凍らせてしまうから、この温度は難しいんだよ!」
「豪遊して飲む酒は美味しいっすか?」
「ああ、すーぱーちゃっとを投げてくれた人々に感謝を感じているぞ! それにスライムもちゃんと処理してきたし、世界に安全が訪れたことに乾杯!」
1本目をすでに飲み切り、サブローししょーは2本目の缶ビールを空けた。
「今日2本までにしといてくださいよー。明日はゆいなさんと鍛錬っすよ」
「分かってる。分かってる。俺は酒に強いから問題ない。葵、お前も飲め! 記念すべき初討伐の日だからな!」
明らかに缶ビール1本で、すでに酔っぱらってるっすよね。
目が座ってるっすよ。
「あたしは、未成年だし飲めないっすよ。だからこっちっす」
ちゃんと、あたしの分のオレンジジュースと好物のポテサラも買ってきてる。
サブローししょーのこういうところが、地味にキュンってしちゃうんすよね。
独占したい、この推しの笑顔。
でも、サブローししょーはチャンネルの視聴者みんなのものっす。
「サブローししょー。こっち見てっす」
酒に酔ってるサブローししょーの顔をスマホで写真に収めた。
あたしだけに笑ってくれてるサブローししょー、ゲットっす! 今日はこれで満足。
また一つ、秘蔵の壁紙候補ができたっすね。
はぁー、尊い。
「葵、飲んでるか―」
「はいはい、飲んでるっすよ。サブローさんの稼ぎで奢ってもらったオレンジジュースを美味しくいただいてるっす」
「おぅ、ならいい」
サブローししょーは、いつも以上に上機嫌で唐揚げをつまみながら、缶ビールで流し込んでいく。
今日のゆいなさんとの面会で見せた不機嫌そうな顔が嘘みたいだ。
PTSDって言われるのがそんなに嫌なのかな……。
あたしの場合、子供時は田舎にいたから魔物と遭遇するってあんまりなかったし、被害も都市部よりは軽微だったけど――
サブローししょー世代って一番被害が出た世代のはず。
ネクストジェネレーション零世代って言われる年齢だし、日本の宝と言われたゆいなさんよりか上の世代。
魔物との戦闘でも常に投入され、一番酷使された世代。
生き残った零世代の人もかなりの割合でPTSDを発症してるわけで。
きっとサブローししょーも記憶を失ってるとか、記憶の混乱が見られるのは、PTSDに関係してそうなんすよね。
病院受診してもらった方がいいっすよね。きっと。
でも、サブローししょーは問題ないで一蹴するんだろうなぁ。
ゆいなさんと話し合って、酷くなる前になんとか受診とかしてもらえるようにしないと。
「なんだ? 俺の顔に何か付いてるのか?」
「付いてないっすよ」
ニコニコしていたサブローししょーの表情が急に厳しさを増した。
「おい! お前のペットのサラマンダーが、俺の唐揚げを盗んだぞ! 精霊のくせに物質を食うな! 貪欲なやつめ!」
サラちゃん、唐揚げを食べるんだ……。
サブローししょーの話だと、あたしの魔力を餌にしてるって話だった気がするけども。
「精霊って物を食うんすか?」
「普通は食わない。精神的な存在だからな! 実体化するのも精霊の力を消費するわけで! でも、そいつはそこまでして唐揚げを食ってる食い意地の張った精霊だ! 返せ! 俺の唐揚げ!」
サラちゃん、どうやらとても食いしん坊みたいっすね。
魔力に関しては、魔法を使いすぎたら相当疲れるとか言ってたけど、今回の探索ではそこまで疲れたという感触はない。
もしかしたら、サラちゃんがかなりの肩代わりをしてくれてるのかも。
だからお腹空いて、唐揚げに手を出したのかもしれないっすね。
とはいえ、もう食べちゃったわけだし、サブローししょーの機嫌を取り戻さないと。
「サラちゃん、自分のだけじゃなくて、サブローさんの唐揚げも温め直して」
コクコクと頷いたサラちゃんが、皿の上にあった残りの唐揚げを自ら吐いた炎で炙った。
「おっけー。サブローししょー、サラちゃんが温め直したんで機嫌を直してくださいよ」
「ちっ! 葵に免じて今回は許してやるが、次盗み食いしたら、存在そのものをこの世界から消滅させてやるからな!」
サブローししょーならやれそうで怖いっす。
でも、サラちゃんは聞いてなさそうで、次の唐揚げ狙ってるみたいだし。
「サラちゃんはこっち! 唐揚げはダメっス!」
サブローししょーが、あたし用に勝ってきてくれたポテサラをスプーンですくってサラちゃんに差し出す。
サラちゃんは、あたしがスプーンですくったポテサラを食べると満足してくれた。
「おい、あんまり精霊に物質を食わせるな。実体化が癖になるぞ。精霊が実体化するといろいろと面倒くさい」
「はいはい、気を付けます。サラちゃん、今日はこれで終わりっす」
コクコクと頷いたサラちゃんは、あたしの膝の上で丸まって眠り始めた。
その後、サブローししょーは2本目の缶ビールを空けたところで完全に寝てしまい、あたしがベッドまで運んで着替えさせるという事態になった。
まぁ、でもサブローさんの筋肉は今日も完璧なラインを保ってるのを確認したのでヨシとするっす。