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第96話 仕事でも受けて頭を冷やそう

「うーむ、詰まってしまった」


 僕が自室で頭を抱えていると、コゲタが心配そうに足をなでなでしてくる。


「ご主人~? お散歩いく、げんきになる」


「ありがとうな、コゲタ。パスタを作ったはいいものの、やはりソースを作る意味でも、アヒージョの味の広がり的にも、どうしても一味足りないんだ」


「うーん?」


 コゲタには難しかったなー。

 だが、散歩に行けば気が晴れるというのは同感だ。

 ちょっと金に余裕があったから、部屋に引きこもってレシピのことばかり考えていたが、これは良くなかった。


 僕はコゲタを連れて散歩に出ることにした。

 ついでに冒険者ギルドを冷やかしていこう。


 アーランは一年を通して温暖だが、今頃は地球で言うなら夏のような季節。

 日がカッと照っており、日向はなかなか暑い。


 だが、海沿いだから一年中風が吹いており、それに湿気も多くない。

 日陰に入ると過ごしやすいのだ。


 下町のあちこちには屋台が出来ており、長く伸びたひさしが日陰を提供してくれていた。

 その下でちょっと休んでいると、井戸水で冷やされた飲み物なんかが差し出されるわけだ。

 小銭を払ってそれを飲んで、ついでに何か食べ物を摘んで……。


 なかなか良くできているシステムだ。

 毎年の風物詩なんだが、今年の屋台はちょっと雰囲気が違った。


 どうも、出ているものの毛色が違うぞ……?

 つるつるとしたものが茹で上がり、それに塩やハーブを掛けてみんな食べている。

 あるいは、暑くても食欲の出る辛いスープにつるつるを浸して食べている。


 あっ!

 あれは僕が広めた刀削麺パスタじゃないか!

 あっという間にアーランに広がってしまったな……。


 作るの本当に簡単だもんな。

 僕とコゲタも、パスタを食べていった。

 なんと、味が薄くないといけない犬用まであるではないか!


「ご主人! コゲタ、ぱすたすきー」


「そうかそうか! 美味しくてよかったなあ」


 尻尾をぶんぶん振って喜ぶコゲタを前に、僕も嬉しくなってしまった。

 いやあ、本当に犬っていいものですね。

 明らかに人生の幸福度が上がっている。


 冷たくて甘いお茶もいただき、気分が上がった僕。

 なんだ、僕がやったことは確実にアーランに美味いものを広めているじゃないか。

 見ろ、あのパスタを食べる親子の顔を。


 もちもちつるつるの食感に驚き、そして笑みを浮かべているではないか。

 思わぬ美味しいものを食べてしまうと、人は笑ってしまうものだ。


 甘味系を積極的に食べない人が多いこの世界では、パスタみたいなプレーンな食べ物が流行るのかも知れない。

 だが、僕はパスタの開発をことさらに喧伝するつもりはない。

 所詮、僕の前世から借りてきた知識でしか無いし、何よりもみんなが喜んで食べている姿が何よりの報酬だからだ。


 ただまあ。


「今度はちゃんとした細長いパスタを作るぞ……! あ、いや、マカロニみたいなのでもいいか。あれ? 向こうでは平たいパスタを食べてて……ラ、ラザニアのパスタが生まれてる!!」


 そうか!

 平たく伸ばしたものをそのまま茹でたらラザニアのパスタだ!

 いやあ、パスタの可能性は無限大だな……。

 新しい材料を一切使わないで作れるっていうのも大きい。


「ご主人、元気になった! コゲタうれしいー!」


「ああ! 元気になったぞ。コゲタ、ありがとうな! 僕のために散歩に連れ出してくれたんだなあ」


 ニコニコになって、二人でパスタを串焼きにしたやつをかじりながら歩く。

 おっ、ギルドが見えてきた。

 ちょっと顔を出してやるか。


「どうもどうも」


 昼過ぎという時間なので、当然ながら仕事なんか残っているわけがない。

 いい仕事は早いもの勝ちなのだ。


 案の定、お下げの受付嬢エリィがこんな時間に何をしに来たのだとでもいいたげな視線で僕を……。


「あっ、ナザルさん! いいところに来ました! 実はですね、大森林に外来種のマンイーターが出まして」


「マンイーターだってぇ!?」


 マンイーターというのは、様々な人間を喰らうモンスターの総称だ。

 で、ここで言う外来種というのは、植物タイプのモンスターだと思われる。


 自ら移動し、生物を捕食するタイプの植物型マンイーター。


「恐らくクリーピングツリーだと思われます。職人の方が一人やられまして、全員が森の外に避難しています」


「そこまでの大事なの!? それってつまり、危険度ならヴォーパルバニー以上ってことじゃないか」


「はい。アーラン周辺に出現するのが、ここ数年は一切記録がないモンスターで。対策が分からないんです。例によって、本部のゴールド級冒険者は全員出払っておりまして。帰ってきたばかりのはずのグローリーホビーズも何故かすぐに出立して」


 そのグローリーホビーズって、シズマたちじゃない?

 原因は僕だ!

 いやあ、すまんかった!


「ということで……。いつもの三人でお願いします」


「あー」


 展開が読めた!

 ニヤニヤ笑いながら、バンキンが近づいてくる。

 足元にはいつの間にかキャロティもいる。


「そういうこった。よろしく頼むぜ、ナザル」


「ナザル! あんたオブリーオイルの料理をさらに発展させたそうじゃない! あたしにごちそうしなさいよね!!」


 賑やかになってきたぞ!

 仕方ない。

 ものついでだ。

 クリーピングツリー退治を請け負うことにしよう。


「ところでナザル、コゲタをちょっと貸しなさいよ! 色々おしゃれさせてあげたいんだけど!」


「なにぃ、僕からコゲタを取り上げるつもりか!? ダメダメ、駄目ですー!」


「おお、お前ら常に余裕だなあ。俺は頼もしくて涙が出るぜ」


 そんな三人と、今回もまたコゲタを連れて軽くひと仕事するとしよう。

 


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