第94話 パスタ出現?
この世界、麺類が無いなと思っていたのだが。
小麦粉はこねて焼いてパンにする。
あるいは揚げてドーナッツというのは僕が最近広め始めている料理方法だ。
これのためには植物性の油が必要になるため、今のところドーナッツは大変高価である。
何せ、油が絞れる植物は、遺跡の農園でも少量しか作っていないからだ。
近くに大森林があるから、獣脂が山程とれるので、油はこれを使うのが手っ取り早いからね。
だが、最近はアーランにヘルシー志向の波が広がりつつある。
人は油なくしては生きられない!
では、その油を胃もたれしないヘルシー油にできないものか!
答えの一つは提示した。
オブリーである。
これは後日、一般に出回るだろう。
もう一つの答えは、油を絞れる花から採るものである。
この花の育て方がまだ確立されておらず、絞れる油は希少。
潤沢に油を出現させる僕の貴重さが分かるだろう。
それはそれとして……。
油は獣脂から摂取するしか無いこの世界においては、自然と油そのものを食べる料理が少なくなる。
つまり……。
「ペペロンチーノが食べたい……」
いや、贅沢を言えばナポリタンとか食べたい。
だが、いろいろなものが欠けているのだ。
今あるのは、ピーカラとオブリーオイル。あとはアーランに潤沢なハーブ。
これだけあれば、ペペロンチーノの再現が可能なのではないだろうか!?
そこで僕は気づいたのだ。
この世界、麺がないんじゃないか!?
衝撃に打ちひしがれる僕。
その足を、コゲタがポムポムしてきた。
「ご主人! げんきだして!」
「おおコゲタ! 分かった、元気を出すよ!」
コゲタを高い高いしたり、もふもふしたりしながら考える。
パスタが無い。
どうして発展しなかったのか?
小麦粉を茹でる水が確保できなかった……というわけではあるまい。
前世の世界での麺類は、紆余曲折あって誕生したのだろうが、こっちの世界はたまたま、麺類が誕生するような流れが無かったに違いない。
麦の粉は、練って焼くか揚げるかだからね。
こういう行き詰まった時に相談すべき相手は一人なのだ。
そう!
「ドロテアさーん!」
「あら、ナザルさん!」
出迎えてくれたドロテアさん、何かをもぐもぐ食べていた。
「うふふ、食べながらでごめんなさいね。ナザルさんから分けてもらったオブリーオイルで、ドーナッツを揚げていたの。くせになっちゃうわね、この美味しさ」
「そうでしょうそうでしょう。でも食べ過ぎると太るからほどほどに……」
「あら、私は食べても太らないのよ?」
「こんにちは!」
「あらー、コゲタちゃん! よく来たわね。おばちゃんと遊ぶ?」
おばちゃんと呼ぶにはあまりにも若すぎる容姿のドロテアさんなのだった。
尻尾につけて引っ張りまわせるおもちゃを、コゲタがくるくる回りながら追いかけている。
なんだか楽しそうな。
「それでナザルさん、相談ってなあに?」
「実はですね。麺類というのについてなんですが」
「めんるい?」
「麦の粉で作る、こういう細長い茹でた料理で」
「まあ! 麦を茹でるの!? 確か、パンにする生地を熱湯に落としてしまったら、もちもちむちむちの塊が出来てしまってどう食べたらいいか困った、みたいな話はあるわね。それ以来、粉を練ったものは水に近づけないのが鉄則なのよ」
なーるほど。
事故的にできた麺の種みたいなものだが、その場にいた人間には冒険心が無かったのだ。
だからここで麺が産まれる芽が摘まれたに違いない。
「それですよ、それ! そのもちもちむちむち、塊だとちょっと扱いに困るかも知れませんが、細く切ったものをそういう形にしたらまた違ってくると思いませんか?」
「ふぅん? うーん、ちょっと想像ができないわ。……そうだ! ナザルさん、試しに作ってくださらない? いつもみたいに、調理器具は自由に使ってくださって構わないわ」
「いいでしょう! やってみせますよ!」
ギルマス邸は、ドロテアさんの趣味なのか料理器具が一通り揃っているのだ。
今回は、スープを作るための鍋を使わせてもらう。
底が深いし、たっぷりと湯を溜められそうだ。
湯を沸かしながら、僕は途中までパンを作る要領で粉をこねていく。
そしてこれを麺に……。
待て。
麺ってどうやって作るんだ……?
僕は料理が得意な方ではない。
最近ドロテアさんに習って、やっと作れるようになったところだ。
……むむむむ。
では、こうだ。
なるべく薄く、ナイフで削ぎ落としていこう。
これはパスタと言うか、刀削麺!!
まあいいか……。
かん水は使ってないし、パスタもいろいろな形があるしな……。
僕が削り出す不思議な塊に、ドロテアさんが目をキラキラさせている。
「初めて見るお料理だわ! ナザルさんのやり方、セオリーに則っていないからどうなるか分からなくてとても楽しいのよね」
「この世界の料理のセオリー、結構保守的なもんなんですね」
「それはそうよ。私も目覚める前の話だからよくは知らないけれど、アーランの遺跡で食料環境が改善するまで、食うや食わずが当たり前だったそうだもの。食べられるもので冒険する人はいないわ」
なるほど、可能性の追求は、食が満ちてきた今だからこそできるというわけか。
では僕が切り開く他あるまい。
僕は刀削麺めいたパスタを沸騰するお湯の中に落とし込んで行った。
ちょこちょこ味見しながら、茹で上がり方を研究する。
これがなかなか難しい……。
形も不揃いだしな。要修行!
ここらへんでいいだろ、という頃合いで鍋をザルに開ける。
お湯を切った後、僕はオブリーオイルを発生させてぶっかけて、ここに塩とハーブとピーカラで味を整えた。
実にシンプルな料理だ。
オブリーオイルの力技で乗り切るものと思ってもらっていいだろう!
「さあ、召し上がれ! あ、僕も食べます」
「楽しみ……!」
ということで、実食!
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