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第86話 アーランへの帰還

 その後も襲撃がありはしたが、漬物を運んでいる時ほどではなかった。

 荷馬車に積まれたものがオブリーの苗木だと知ると、去っていくモンスターも多かった。


「思った以上に平和だな」


「漬物、どんだけモンスターや盗賊に愛されてたんだよ……」


「ヒートスでは漬物が手に入らないからね」


 職人がうんうんと頷いている。

 希少価値が高いからこそ、盗賊はそれを狙うし、珍味としてモンスターに狙われるわけだ。

 反面、オブリーは珍しいものではないから狙われない。


 砂漠は極限環境だから、人もモンスターも生きるために必死なのだ。

 そして必死なだけだと人生が乾いてくるので、潤いが欲しくなる。

 どうやら漬物は、その潤いらしい……。


 気持ちは分かるけどなあ。


 数日掛けて、ついに砂漠を抜けた。

 いきなり気候が過ごしやすくなる。


 砂漠から出たのが初めてだという職人は、目を白黒させていた。


「昼間だっていうのに、こんなに快適なんですかい!?」


「ヒートス以外の国はこんなもんだよ。だけど、快適だからあちこちに国を作って、領土を取り合って戦争をしたりする」


「砂漠じゃ、戦争なんかしたらたちまち干上がっちまう」


 そうそう。

 生きるだけで必死な世界だからこそ、ヒートスは手と手を取り合ってみんなで生き残るために頑張っていたのだ。

 あの国では盗賊以外に、人間間の大きな争いは起こるまい。


 街道をぐんぐんと南下していく。

 砂漠を抜ければあとは早い。

 昼間に移動し、夜は野営する。


 僕らの慣れたライフサイクルで移動できるしな。

 なお、職人氏はライフサイクルが崩れてしまい、なかなか大変そうだった。


 昼間はうつらうつらして、夜に目が冴えている。

 ここはアーランの時間間隔に慣れてもらわないとな。

 ファイブショーナンなら何の問題も無いだろうが。

 あの国、昼は昼寝して夜は夜寝するからね。


「いや、すまない。昼間に起きてるというのは初めてで……」


「ヒートスじゃ、昼間は地獄の時間だからなあ」


 土作りの涼しい家の中でのんびりしているべき時間なのだ。


「荷馬車の上だけというのもよくねえよな。おい、歩け歩け」


 バンキンが体育会系っぽいやり方で職人氏に接する。

 なるほど、歩いていると気も紛れるようだ。

 体が疲れれば、夜も眠れることだろう。


「それにしても、前半気が張ってたから後半は気が抜けちゃうわねえ」


 キャロティこそ眠そうだ。

 砂漠を抜けた途端に襲撃がなくなり、旅路が実に平和になってしまった。


 行きで盗賊連中をボコボコにしたので、彼らは恐らく僕らの姿を見ただけで逃げ出している。

 全く襲ってこない。


「あーっ! ご主人!!」


 コゲタが鼻をくんくんさせたと持ったら、勢いよく振り返った。


「アーランのにおい!」


「おっ! してきたか! じゃあもうすぐだな!」


 僕ら三人はフィーリングで生きているので、アーラン近くの道筋や、その面影などはあまり覚えていない。

 街道なりに突き進むだけだ。

 だが、コゲタがいると違う!


 彼は僕ら即席パーティにとって、レンジャー職のような役割を果たしてくれるのだ!

 素晴らしい嗅覚、そしてキャロティに匹敵する聴覚。

 完璧だ。


 さらにカワイイ。


 コゲタがぴょんぴょんしながらどんどん先に行ってしまうので、僕は慌てて後を追いかけた。

 危ない危ない。

 まだまだ危険な外の世界なんだからな。


 いや、アーランの中もまあまあ危険なところは危険なんだが。

 後ろから追いかけて、コゲタをキャッチ。


 犬ほど素早くないので、コボルドは捕まえやすいな。

 僕に抱っこされて、コゲタがキャッキャッと喜んだ。


「コゲタ、一人でどんどん先に行ったらだめだぞ。一緒に行こうな」


「コゲタわかった!」


 ということで、二人で並んで進むことにする。

 アーランまでは一泊くらいするかなと思ったら……。


 夕方には到着してしまったのだった。


「こ……ここがアーラン!!」


 職人が目を見開いている。

 ヒートスと比べれば、とんでもなく大きな国だからな。


 一般的に、この世界の国は城壁に囲まれ、人々が住んでいる辺りのことを指す。

 その上で、広義の国は城壁外の畑とか牧場がある地域も含める。

 森なんかは魔の領域ということで、国からは除外されているね。


 そこから見て、ヒートスは城壁の中とオブリー畑が全領土。

 アーランは巨大な遺跡が丸ごと一つと、その上に作られた広大な王国を領土とする。


 畑を含めた広さならどっこいだろうが、パッと見の規模感だと圧倒的にこっちの方が大きく見えるよね。


「アーランは土台が丸ごと、世界最大の遺跡になってるんだ。で、遺跡の中は第一層がすべて畑になってる。第二層が牧場で、第三層は開拓中。君は第三層辺りでオブリー畑をやることになると思う」


「な、なるほど……! 穴蔵暮らしになるってことか」


「だが遺跡の中でも太陽の光が降り注ぐぞ。夜空も見える」


「なにっ!? ど、どういうことなんだ!?」


 混乱してる混乱してる。

 その辺りは後日、中身を見て実感してもらおう。


「じゃあ城門をくぐったところで、僕らのパーティは解散だ! お疲れ!」


「おう、お疲れ! いやー、半月に及ぶ旅だったな! 部屋が恋しいぜ!」


「あー、楽しかったー! しばらくはまた部屋に引きこもるわ! また面白いことがあったら誘いなさいよナザル!」


 常に自由な二人は、そう言って去っていくのだった。

 報酬とか見返りすら求めない。

 冒険が好きで冒険者やってる連中だからなあ。


「さて、じゃあ今日は僕がねぐらにしている宿に泊まってもらって、明日、第二王子のところに連れて行くから」


「第二王子!? お、俺を!?」


 あれっ、言ってなかったっけ!?

 だが、君に逃げ場はない……。

 アーランに新たな産業を生み出す一大計画の柱として、頑張って欲しい……!!



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