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第83話 ついに油煮と出会う

 かぐわしいオブリーオイルの香り。

 串焼きにあった、かすかなオブリーの残り香ではない。

 純度100%、完全無欠のオブリーオイルである。


「ご主人~!!」


 店先でコゲタがぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 僕を招いているのだ!

 どれだけオブリーを僕が求めていたか、彼は知っているからな。


 意気揚々と店の中に入る。

 すると、火に掛けられた大きな鍋を前に、難しい顔をしているおばさんと出会った。


「なんだいあんた。店は夜からだよ」


 おばさんは難しい顔をして言う。

 多分、機嫌が悪いのではなくこういう顔なのだ。


「そうでしたか。僕は遥か南方の都市アーランから、オブリーの油煮を求めて旅してきた者なのですが」


「なんだい! 見たことがないやつだと思ったら、旅人だったのかい!? 油煮をわざわざ!? ヒェ~! もの好きもいるもんだね!!」


 おばさんは難しい顔のまま目をまんまるにひん剥いて驚いた。

 面白い人だ。

 追い出される風でもないので、僕とコゲタは店の中に入り込み、「ちょっと鍋を拝見しても?」「好きにおし!」ということで許しをもらった。


 油の中で煮込まれているのは、なんとオブリーの実である。

 オブリーオイルでオブリーを煮る!?

 オブリー尽くしじゃないか。


 食べたい。

 ぜひとも食べたい。


「これは王道のオブリー煮でね。こいつに色々な具材を入れて煮込むのさ。スナネズミの肉なんかが美味いね」


「スナネズミですか」


「そうさ! 岩石砂漠を走り回るすばしっこい連中でね、いつだったかの旅人は、ネズミなんてとんでもない、ありゃあウサギですよ! なんて言ってたもんだ。こいつの肉が絶品なのさ。そのまま焼くと少々臭いが、オブリーオイルで煮込むと臭みも抜けて、肉本来の味が出てくるんだ」


「聞いているだけで腹の虫が鳴きますね……。夜というとあとどれくらいで営業を?」


「日傾いた頃合いさ。すっかり沈んでもしばらくはやってるから、暗くなる頃においで」


「喜んで」


 ということで、僕はコゲタを連れて一旦宿へ戻ったのだった。

 涼しい土の部屋で昼寝をして、夕方を待つ。


 バンキンもキャロティも動きが無いということは、暑い昼間は寝て過ごす方針のようだ。

 みんな考えることは同じだな。


 さて、差し込む日差しの方向が変わり、色合いも黄色から赤くなってきた頃。

 窓の外が賑やかになってきた。


 家々から、次々に人が出てくる。

 昼間はお昼寝の時間、夕方から夜に掛けてがこの国のゴールデンタイムなのだ。


 深夜まで騒いだり仕事をしたりして、適当に食事をして寝る。

 そして短時間で置きて、明け方から昼まで仕事をして、昼から夕方まで寝る。


 独特のライフサイクルだ。

 起きて、ウェルカムドリンクのやたらと薬臭いお茶を飲んで喉を潤す。


「うえー」


 コゲタが苦そうな顔をしていた。

 目が覚めたことだろう。


 二人で外に出ると、ちょうどバンキンとキャロティも出てくるところである。

 僕らは宿で三つ同じ並びの部屋を取ったのだ。


「涼しくなったなあ! これ、さらに涼しくなるんだろ? ってことは、防寒っぽい格好しておかねえとやべえな」


「なるほどだわ! 昼と夜の寒暖差が激しいのねー! あたしは天然の毛皮があるけど!」


 寝起きなのにキャロティは元気だなあ。

 では、夕暮れの街を練り歩こうと言う話になった。


 ヒートスの周辺は高い山などはなく、あっても数メートル程度の小さな岩の柱みたいなのがある程度。

 だから地平線が見えるのだ。


 おお、太陽がゆっくり、実にゆっくりと沈んでいっている。

 昼の暑さが嘘のような過ごしやすさ。


 昼間は無人のようであった大通りに人が溢れ、たくさんの屋台が出ている。

 声が飛び交い、物が売れる。

 笑い声や怒声が響き、あちこちで走り回る者がいる。


 ヒートスはこんなに活気がある都市だったのか。

 アーランに優るとも劣らない。


「さて、どこに行こうかしらね!」


「任せてくれ。みんなでまずは油煮を食って腹ごしらえしようじゃないか!」


 僕が宣言すると、バンキンとキャロティが目を見開いた。


「油煮……? なんだそりゃあ」


「あっ! オブリーオイルでなんか煮たやつね! 野菜だと嬉しいわ!」


 行こう行こう、とキャロティが飛び跳ねた。

 

 今の時間は、日陰を伝って移動しなくてもいい。

 人混みを縫いながら、コゲタがはぐれないように先を歩きつつ例の店へ。


「やってます?」


「昼間の旅人さんだね! やってるよ!」


 おばちゃんの元気な声がした。

 僕らの他に、地元の常連客が何人もいる。

 おっさんたちである。


「えっ、旅人がこんな場末の飯屋に!?」


「誰が場末の飯屋のおかみだい! あんたを油煮にしちまうよ!」


「ひえーおかみさん勘弁してくれ!」


 ドっと笑いが起こる。

 賑やかなところである。

 こういう空気、人によっては疎外感を覚えたりするものだろうが、僕らは違う。


 面白いか面白くないかだけで、人生の先行きを決めている三人なのだ。

 当たり前みたいな顔して、「危機感を覚えるほどアツアツのオブリーオイルが!? こりゃあ期待できるなあ……」とか言って入店するのだ。


 三人で並び、何を注文するか相談する。

 おばちゃんは注文を聞いて……。


「そっちの日焼けした兄ちゃんはスナネズミ、でかい兄ちゃんはガルダの肉、スナネズミみたいなお嬢ちゃんは野菜煮ね」


「ちょっとー! 誰がスナネズミよー! あたしはウサギよ!」


 もぎゃーっと抗議するキャロティなのだった。

 そのウサギが、この国だとスナネズミなのだ。



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