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第75話 美少年、来たる

 アーガイルさんから融通してもらった野菜などを用いて、日々料理に精を出す僕である。

 冒険?

 そんなものは料理が一段落してからでよろしい。


 最近はギルドの酒場と、ドロテアさんのお宅を行ったり来たり。

 徐々に魚醤も市場に流通し始め、僕はこれが一番マッチする料理を大々的に発表するべく準備を重ねていた。


「なんとかナザルさんに冒険者としてのお仕事をさせたいんですけど」


「ふむふむ、なるほどね。では私にいい考えがある」


 エリィの相談にリップルが乗ったようだ。

 嫌な予感がする。

 リップルはどこかに向けてサラサラと手紙をしたためた。

 どこに出したんだ……?


 その答えはすぐに分かる。


「ナザルさん! いえ、師匠! お久しぶりです!!」


 前よりもちょっと覇気のある物言いとともに、彼がやって来たのだ!

 少しだけ伸びた背丈。

 胸を張って歩く様と、全身から醸し出される謎の魅力。


 彼を見たりすれ違った者達は、みなポワーンとなった。


「あっ、び、ビータ!! どうしてここに!」


「リップルさんからのお手紙をもらいまして。師匠が冒険者として伸び悩んでいるから、今度はぼくに助けてほしいと……!」


 なにぃーっ!!


「リップル、きちゃまー!」


「はっはっはっはっは! ずっと屋内にいても体に悪いだろう! ナザルもまたそろそろ、足を使って町中を歩き回ったらどうだい」


「くそー、これが僕を外に連れ出す作戦か。確かにビータが冒険者ギルドにいたら、他の冒険者たちが仕事にならなくなる……。前よりもギフトの威力上がってない? 出力調整出来てないんじゃないか?」


「さあ……? 家族は平気なんですが、最近通い出した私塾では他の塾生たちがやたらとぼくに優しいです……」


 そりゃチャームされてるんだよ。

 仕方ない。

 料理もちょっと行き詰まってきていて、揚げ物から抜け出せなかったところだ。


 気分転換も兼ねて、ビータと街を練り歩くとするか。

 いよいよ夏真っ盛りとなってきたアーランの街は、日向を歩いているとすぐに汗ばんでくるくらいだ。


 僕のように日差しに強いタイプならいいが、ビータのように真っ白な肌だと赤くなってしまうだろう。


「日陰を行こう」


「はい、師匠!」


「なんで師匠なんだ……?」


「ナザルさんは、ぼくに将来冒険者になるためにどう気持ちを持つべきか、そしてどのように生きていくべきかを示してくださいました。私塾の先生に聞いたら、そういう人物こそが人生の師なのだと」


「余計なことを言うやつがいたな!」


 僕は弟子ができてしまったらしい。

 何の弟子だというのだ。


「とりあえず、日傘を奢ってあげるからこれを差して歩いて。強い日差しは肌の天敵だ。君のチャームの威力が落ちかねない」


「ありがとうございます、師匠」


 ビータがニッコリ笑った。

 僕はふんふんと頷くだけだが、背後にいた店の主人と女性客がクラクラーっとなってその場にへたり込んだ。

 とんでもない威力だな、チャーム!


「ビータ、僕は君の能力はもっと制御されるべきだと思っている。垂れ流しすぎだ。いや、前も垂れ流していたんだろうが、あの時のビータはもっと背筋も猫背で自信なさげだったからな……」


「はい! 師匠の教えを受け、歩むべき道が定まり、ぼくは日々を勉学と訓練に費やしています! それでぼくはこうして、背筋を伸ばして生きていけるようになったんです!」


「そりゃあいいことだ。つまり僕が君のリミッターを外して、強力なギフトを解き放ってしまったわけだな! 責任を感じる~」


 なるほど、リップルが僕に彼の対応をやらせるわけだ。


「対策ができるまで店の中はダメだな。外を歩き回ろう」


「はい! 何か新しいインスピレーションを探すんですね!」


「インスピレーション……?」


「師匠は、新しいお料理を研究されてると聞きましたが」


「ビータにまでその話が届いてたのか。いかにも。最近縁があって、国から支援を受けて寒天料理や油料理を作っているんだ。だが、マンネリでね」


 道を歩きながら、ビータに思いの丈を話す。

 リップルに相談するのはなんとなく気恥ずかしい。

 エリィはなんか向いてる方向が違う。

 ドロテアさんは話をしてると甘やかしてくる。


 ここはニュートラルな感じがするビータがいいだろう。


「うーん。師匠はどういうところで詰まっているんですか」


「揚げ物だな。僕は油使いだ。だから、油を用いた料理で揚げ物をメインにしている。だが、やはり揚げて何かを掛けるという組み合わせだけではワンパターンな気がしてきて……」


「ぼくはそれでもいいと思います! 師匠の揚げてくれた鳥は美味しかったですし! きっと、油そのものが美味しいんですね!」


「ああもちろん。僕の油は飲めるんだ」


「やっぱり! 油に味付けしたらそのままごちそうになりそうですよね!」


 僕の脳裏に電撃が走る────!!

 そ、そ、そ、それだーっ!!


 立ち止まり、自分を見てわなわなと震えている僕に、ビータは不安を覚えたらしい。


「し、師匠……?」


「ビータ! 凄いぞ! とんでもない発想の転換を口にしてくれた! 僕は! 油は揚げるものという常識に囚われていたのだ!! そうだ! 僕の油をさらに美味しくして、そのものを食べさせる料理を作ればいい!」


「やった! 師匠が元気になった! ぼくは嬉しいです!」


 二人で道の真ん中で快哉を挙げる。

 うん、リップル。

 この二人だとブレーキ役がいないぞ!




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