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第73話 我がドーナッツをご覧あれ

「ナザルさん、何気に荷物を持ってきてますね?」


「うん、寒天の素と砂糖をね……」


 屋敷の使用人が現れて、僕とエリィを通してくれる。

 そして、呼ばれるまでしばし待て、と玄関で待機。


 この玄関が広いんだ。

 僕の部屋が三つくらい入る。


「私の実家が一軒入る玄関ですよ」


「べらぼうに広いよね。流石王族」


 二人でぼーっと玄関を眺める。

 あちこちに、大理石らしきドラゴンやグリフォンを模した調度品があり、絵画なんかも飾られている。

 金持ちの家~って感じだ。


 僕の前世だと、これくらいの家はテレビで見ることがちょいちょいあった気がする。

 だが、この世界だと大変珍しい。

 王太子の家はもっと大きいのだろうし、宮殿はさらに大きいのだろう。


 やっぱ金持ちは違うな。

 そんな事を考えていたらだ。


「殿下がお呼びです。こちらへ」


 使用人の人に招かれた。

 高価であろう絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。


「あ、あ、足元がふかふかする」


 エリィが戦慄していた。

 僕だって緊張しているぞ。

 ひと踏みできる範囲で一体幾らするんだこれは。


 大陸最大の王国、アーラン。

 その王家ともなると、持っている財力も桁違いなのだなあ……。


 通されたのは、突き当たりにある部屋だった。


「殿下、油使いナザル殿をお連れしました」


「通してくれ!」


「はっ!」


 扉が開けられ、僕らが中に通される。

 その中は、まあ豪華としか言いようがない光景が広がっていた。


 廊下の絨毯よりも明らかに高価そうな、色とりどりの刺繍が施された巨大な絨毯。

 壁面にはずらりと、モンスターの首が剥製となって並んでいる。

 これらは歴代の王子が仕留めたものらしい。


 そして、さらに本棚。

 印刷技術なんかないこの世界では、本は一冊で小さな家一軒ぶんくらいの価格がする。

 それがぎっしりと詰まった本棚が、四つある。

 つまり、価値的にはここに住宅街が一つあるようなものだ。


 ええい、王族の生活の豪華さを語るのはこれくらいにしておく。

 なぜなら、そんなもので腹が膨れないからだ!


 それに、第二王子デュオスは爛々と輝く目で僕を見ているではないか!


「ナザル……! 私がお前を呼んだ理由は分かっていよう」


「ええ、存じ上げております」


「面白い料理を作ってくれるのですよね……? 殿下から聞いております……!」


 奥方もいる。

 娘さんもいる。

 一家勢揃いで、僕を待っていたのだ!


「では皆さん、厨房を借りてもよろしいでしょうか」


「好きにするがいい。私は今回……毒見を付けない!!」


 デュオス殿下、堂々と宣言する!


「あなた!? そこまで彼を信用して……」


「毒見なんかされたら、冷たい菓子がぬるくなってしまうものね」


 娘さんはよく分かってらっしゃる。

 僕は厨房へ向かい、そこでコックたちにどの食材があるかを確認した。

 寒天を溶かし、用意された果実を使用する。


 見た目は青白いホオズキ。

 その名はアンドゥーンと言う。


 これはハーブの一種で、香り付けに使われるものだ。

 味はちょっと苦い。

 本当に香りしか取り柄がないのだ。


 だが香りは本当に素晴らしい。

 清涼感のある花の香りである。

 そして、この苦みは井戸水でキンキンに冷やすとかなり和らぐ。


 これを寒天に溶け込ませ、砂糖をこれでもか!というくらい使う……!


「おお……なんという砂糖の量!!」


「健康に悪そうだ」


 第二王子のシェフたちが戦慄している。

 それはそれとして、寒天が珍しいようで、みんな興味津々だ。


「ナザルさん、私も手伝うことありますか?」


「あっ、エリィも来てたのか。じゃあこっちで生地をこねてくれ。パン生地に砂糖をガッツリ混ぜて揚げる」


「ドーナッツ作るんですね! お任せください!」


 彼女は腕まくりすると、手を洗った後、もりもりと生地を練る。

 これを見て、シェフたちが自分たちも行けるぞ、と参戦してきた。


 エリィと並んで、猛然と生地を練る。

 僕は寒天をコトコト煮る横で、大鍋に油を入れて大いに熱した。


「ドーナッツを入れてくれ! シェフのお一人、井戸水用意して! 寒天を冷やす! エリィ、菜箸! あ、そういうのがまだ無いんだっけ!? トング!」


 ということで、厨房で僕らは大いにバタバタした。

 格闘戦は長時間に渡る。

 待ちくたびれたか、奥方と娘さんがそーっと覗きに来た。


 そして、漂ってくる猛烈に甘い香りに、二人が陶然とした顔になる。


「お前たち、お茶も用意しておきなさい。絶対にこの香りにはお茶が合うわ!」


「お砂糖もたっぷりね!」


 分かってらっしゃる。

 僕は完成したドーナッツを器に積み上げると、井戸水で冷やしている寒天の容器を丸ごと運ぶことにした。

 シェフたちが協力してくれる。


「殿下はずっとつまらなそうな顔して暮らしてらっしゃったんです。それが外遊から帰ってきたら、なんだか目がキラキラしてるじゃありませんか。これが殿下のキラキラの素だっていうなら、俺達も協力しますよ!」


「ありがたい! 後でレシピを教えるので……」


「ではお礼にこちらからも、うちが使っている卵の仕入先に紹介を……」


「本当ですか!? ありがたい!」


 正しくウィンウィンの関係。

 じりじりとしながら待っていたデュオス殿下は、僕が姿を現すと、パッと表情を輝かせた。


「待っていたぞナザル!! ああ、とてもいい香りだ……!! たとえ毒が混じっていても、私はその香りの中で死することを後悔しないだろう! 美食バンザイ!!」


 凄いテンションだ!

 奥方と娘さんが、物凄く驚いて殿下を見ている。

 普段はこんなはしゃぎ方しないんだろうな。


 だが、これもまた、ずっと隠れてた第二王子の本当の顔なんだぞ。

 それでは味わっていただこう。


 僕特製ドーナッツと、スイーツハーブな寒天のマリアージュを!

 まあ、ぶっつけ本番なんですが。



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