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第71話 盗賊ギルドへの義理を果たす

 闇の中だろうが、油で触れたものを察知できる僕だ。

 闇の中を逃げる暗殺者を、どんどん追い詰めていく。


「三分だけ待ってあげよう。降伏したまえ」


「さんぷん!? なんだそれは!」


 戸惑った声が聞こえてくる。

 かなり動揺しているようだな。

 既に彼の足元に僕の油が迫っている。


 暗殺者は恐らく、何らかの魔法か魔法アイテムで闇を見通すことができている。

 だが、たとえ闇視の力があっても、地を、壁を這いながら迫ってくる油を認識できるのか?


 答えは否である!


「ウグワーッ!?」


 はっはっは、足元に伸びてきた油に乗ってすっ転んだな。

 もう終わりだ。

 油が暗殺者の体にまとわりつき、包みこんでいく。


「ごぼぼーっ」


 軽く窒息させて、死なない程度の感じで失神させておこう。

 よし、動かなくなった。

 息、あり!


 僕は油を回収した。


「アーガイルさーん! 捕まえましたよー!」


「おお、早いな!! やはりお前を連れてきて正解だった!」


 トンッと着地する音がして、背後にアーガイルさんが現れた。

 下水を飛び越えたな?

 すごい跳躍力だし、あの程度の音しかしないのは恐ろしいことだ。

 敵には回したくないなあ。


 倒れている暗殺者に近寄ったアーガイルさんは、息を確認した。


「地上で溺れてやがる。恐ろしい油使いだな。だが、お陰でこいつが遺跡に逃げ込む前に捕まえられた。他のは殺したから、これで問題はあるまい」


 怖いことを言うなあ。

 優しくない国だ、アーラン!

 ファイブショーナンが恋しくなる。


「じゃあこれで義理は果たしたので、僕は帰るよ。野菜などはよろしく……」


「ああ、もちろんだ! うちの若いのを連れてきて運ばせるか……」


 僕は一足先に、下水道から出た。

 いやあ、体に臭いのが染み付いてしまう前に出られて良かった。

 素早く宿に戻ったものの、すれ違う人々が顔をしかめている。


 すまん……!


 宿に戻ったら、コゲタが「ご主人ー!」と飛び出してきた。

 そして近くに来たところで「きゃうーん」と言いながら逃げていった。


「ああっ、コゲター!!」


 これはいかん!

 僕は大急ぎで井戸に向かい、石鹸を使って全身をゴシゴシ洗った。

 よし!!


 服は全て着替え、臭いを抜くために洗剤に漬け置きしておく……。


 ここまでやればいいだろう!


「コゲター!」


「ご主人~!!」


 遠くからにおいをくんくんした後で、コゲタが駆け寄って来た。

 抱き上げる。

 おお、ふかふか……。


 コゲタは抱っこされながらも、しつこくくんくんやっていたが、臭いのが大体取れていたので安心したらしい。


 いやあ、コボルドと一緒に暮らすと、自分の臭いに敏感になりますね……。


 さて、まずはいつも世話になっている宿の主人とおかみさんのために、僕は料理の腕を振るうのだ。


「二人とも、今暇な時間でしょ。僕から日頃のお礼を込めて、料理を振る舞いたい。しばらくお待ち下さい……」


「えっ、ナザルが俺達に料理を!?」


「なんかこう……。駄目息子がとうとう親孝行してくれるみたいな気持ちだねえ……」


 おかみさんがホロッと来てるじゃないか。

 僕の評価低かったんだなあ!


 調理を始めることにする。

 寒天を煮て溶かし、ピーカラをすりおろしたものを加えてから冷やし……。

 鳥肉を揚げる。


 ここに、ピーカラ寒天をざく切りにしたものを乗せて……。


「どうぞ……」


「おおっ!! 揚げ鶏の上にぷるぷるした物が乗ってるぞ! なんだこりゃあ」


「不思議な食べ物だねえ……。塩は振らなくていいのかい?」


「ふふふふふ……。これから塩だけで味付けは過去のものになりますよ。全く新しい味、お楽しみください」


 僕がとても得意げなので、二人は顔を見合わせた。


「あまり奇をてらったものはちょっとなあ」


「そうよ。あたしたち、いい年だからね。あんまり食で冒険は」


「いいから食べてくれ!」


 冷めちゃう!


 ようやく、温かいうちに食べてくれた。

 フォークで押さえつけて、ナイフでギコギコ切る。

 これをフォークでもナイフでもいいので、突き刺して口に運ぶのがマナーだ。


 宿の主人は、揚げ鶏の上のプルプルを見て変な顔をした後、意を決してかぶりついた。

 その目が見開かれる。


「んっ!? な、な、なんだこりゃあ!!」


 むしゃむしゃ食べる。


「うめえ……。これ、とんでもなくうめえぞ!! 揚げた鳥が、さっぱりしてて、ちょっとピリ辛で幾らでも食えちまう……!」


「あんた、後で胃もたれするんだからやめておくれよ? うーん、美味しいって言ってもねえ。ちょっとだけだよ? ちょっとだけ……んーっ!?」


 おかみさんは一口食べた直後、猛烈な勢いで肉を切り分け始めた。

 そして寒天をガッツリつけて、パクパク食べる。

 宿の主人以上の勢いじゃないか。


 結局、二人ともあっという間に僕のオリジナル……油淋鶏もどきを食べきってしまった。

 そして、名残惜しそうに皿を見つめている。


 本当に美味しかったんだな……。

 新しい調味料の威力を思い知る。


「どうでした」


「美味かった……。いや、ここ最近食ったもので一番美味かった!! あんな味があるんだなあ……!!」


「ナザル! あんた見直したよ! ずっとフラフラカッパー級やってると思ったら、やっとシルバー級になって、いつまでこの男は責任も持たずにダラダラしてるんだと思ってたら……。あんた、こんな凄いものを作ってたんだねえ……!!」


 どうやら実はマイナスだったらしい、おかみさんの中での僕の評価。

 これがめちゃくちゃに高騰し始めている。


「また食べさせておくれ!! あと、コゲタちゃんは今まで通り預けてもらってていいからね……」


 コゲタへの好感度だけは常に高いんだよな……。

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